小説:ColorChange


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これで終わりでいいですか?
《 Special-Act.by 藤間 》



 今年のイブの天気は曇り。
 明日はホワイトクリスマスになるんじゃないかというほどの冷え込みに、ボクの彼女である藤崎瞳はバスの中でも興奮を隠せない様子だった。

 ジョニー企画ビル1Fのエレベーターで7Fに出社する瞳を見送り、ボクは運転担当のカカシと待ち合わせをしている地下駐車場へと階段を使って足を進める。

 「あ、おはようっす」

 カカシは既に送迎用の白いバンの傍で待機していて、

 「おはよ」

 ボクの返答も待たずに運転席に乗り込んでいく。
 別に機嫌が悪いとかじゃなく、気を使わず、マイペースなだけ。これがカカシだ。
 ボクがシートベルトを装着したタイミングで、

 「それじゃあ、出発するっすよ」
 「よろしく」

 カカシのいつも通りの流れるようなハンドルさばきで、左右がスモーク処理されたバンはクルクルと地下を廻って地上に出た。

 「昨夜はどうだったんすかね。TVでは派手に報道してたっすけど」
 「遠一さんの話だと、試写会には間に合わなかったらしいよ」
 「まじっすか? アキラさん、それだけが楽しみって言ってたっすよね。残念だったっすね」

 ははは、と遠慮なく笑うカカシに、ボクもつられてクスリと笑う。

 昨夜はハリウッドスターであるケヴィン・モーリスが主演する映画のジャパンプレミアで、個人的に招待状を送られたアキラさんはそのパーティに出席した。
 招待状を持っていない遠一さんは当然ながら会場には入れず、結局ロビーで待機して時間を潰していたらしい。

 「あ、忘れるトコだった。そのホテルに先に寄ってもらえるかな?」
 「なんかあったっすか?」
 「今朝アキラさんからメールが着て、フロントに忘れものを預けてあるらしいんだ」
 「了解っす」

 クリスマス・イブの影響なのか、朝から混雑を極めた主要道路のせいで思ったよりも時間をかけ、やっとホテルに到着した。
 正面の道路周辺は、昨夜の喧騒が嘘のように報道陣は退けていて、恐らくはケヴィン・モーリスのフアンであろう何人かがホテルのガードマンに睨まれながらうろついているくらい。

 バンはゆっくりとホテルの敷地内に入り、乗降用スペースに一時停止。

 「じゃ」
 「注意されたら一周して廻ってくるっす」
 「了解」


 渋滞は計算に入っていないから、急げるところで急いだ方がいい。
 ボクは足早に回転式ドアに身を入れた。
 シンプルでいて厳かな雰囲気を漂わせるフロントの前に対応待ちで立っていると、1分もしない内にフロントの裏から新たな顔ぶれが登場してきた。

 うち1人の男性がボクの方へと真っすぐやってくる。

 「お待たせいたしまして申し訳ございませんでした。どのような御用でしょうか?」

 胸の金色のネームプレートにはフロントマネージャと刻まれている。
 30歳前後に見える、「仁尾」というらしい彼は、目を細めながらボクに尋ねた。
 「あ、あの、昨夜フロントに忘れものをしたらしく、預かってもらっているらしいんですが・・・」

 「さようでございますか。確認させていただきますので、お客様のお名前と、昨夜ご依頼いただいた方のお名前もお伺いしてよろしいでしょうか?」

 「ボクは藤間と言います。あの・・・持ち主は―――――」

 アキラさん、自分の名前を名乗っているのだろうか? それとも遠一さんの?
 こういうホテルは、一度間違うと後がややこしそうだと思う。
 アキラさんに電話して確認した後に答えた方がいいんだろうか?

 判断がつかずにいるボクの表情を読み取ったのか、それとも何か想定済みだったのか。
 仁尾さんは、

 「少々お待ち下さい」

 と言ってフロントの中に戻って行った。

 誰かに電話をかけ、その途中でチラリと視線がボクにかかる。
 何度か頷いた後、フロントのバックヤードに消え、

 「お待たせいたしました」

 戻ってきた彼の手には、抱っこサイズの紙袋があった。

 「藤間様、恐れ入りますが答合わせにご協力いただけますでしょうか?」

 「え?」

 「お荷物を受け取られるであろう方の携帯番号下4桁をおっしゃっていただけますか?」

 「えと・・・」

 ボクはコートのポケットからスマホを取り出して連絡先一覧から番号を確認し、4桁の数字を告げる。

 「承りました。こちらがお預かりしていたお荷物です」

 「あ、・・・どうも」

 アキラさんがそういう段取りにしておいたのかもしれない。
 袋を受け取ると、中身が歪なものである事が分かる。


 鞄・・・?
 戸惑った顔をしただろうボクに向かって、仁尾さんは穏やかな笑みで一礼した。

 「藤間様、どうぞお気をつけて」

 「あ、―――はい」

 背を押されるようにして歩き出す。
 回転式ドアからホテルの外に出ると、白いバンは未だ無事にそこに駐停車していた。

 「お帰りっす。それっすか?」
 「ああ・・・」

 「どうかしたんですか?」
 「いや、中身、多分鞄だと思うんだけど・・・、アキラさんがこんな大きな鞄持ってるとこ、見た事ないからちょっと不思議で」

 「ああ、確かに、アキラさん携帯と現金かカードがあればいいって感じっすよね? 遠一さん・・・もあんま変わんないっすよね」

 そんな話をしながらも、ボクがシートベルトを装着すると、バンは直ぐに発進していた。



 ――――――
 ――――

 10年前にアキラさんが建てた、自室のあるこのマンションの事は、ジョニー企画の中でもトップシークレット。
 地下駐車場へ入ったタイミングでアキラさんの携帯を鳴らし、目の前のシャッターをやり過ごして右の一般駐車場へ一時的に進入。
 シャッターが上がり切るのを待って、カカシはハンドルを左に切りながら、バックでそこにバンを乗り入れた。
 この先の直角はこのバンで曲がる事は難易度が高いから、そのまま行き止まりで停車。
 上がったシャッターを前にして、左側にはアキラさんのパーソナルスペースへ上げるためのエレベーターが見える。
 その手前の駐車場を彩る赤と黒の高級車はいつ見ても格好良い。

 乗る時間がまったくなくて、ほとんどオブジェと一緒だと笑うアキラさんが少し気の毒になる事もあるけれど・・・。

 エレベーターが降下してくるのがランプで知らされた。
 ボクは助手席から降り立って、後部席のスライドドアを開けて待つ。

 「・・・え?」

 エレベーターの扉が左右に開いた時、ボクは思わず声にしていた。
 漆黒の冬の装いに身を包むアキラさんの隣に、ぴったりと腰を抱かれた1人の女性。
 肩を過ぎた黒髪を時々アキラさんの唇に揺らされて、その度に、すっぴんに見える顔が幸せそうに笑みを映す。
 コートの下は間違いなくフォーマルなロングドレス。
アキラさんと恋人繋ぎをしながら、それでも足りないのか、2人の腕はしっかりと絡み合っている。

 「ケリ、さん」

 幾つかの事がストンと落ちてくる。


 だから遠一さんは、急に今日の使用車を"バン"と指示してきたんだ。
 忘れ物のあの包みも、ケリさんのバックなら納得できる。

 ケヴィン・モーリスの元妻だとういう彼女なら、昨夜のプレミアに招待されていてもおかしくないし・・・。


 「おはよう、藤間君」

 少し躊躇いながらも、大人として挨拶をしてくれるケリさん。

 ・・・あれ?

 この女性(ひと)、こんなに美人だったっけ?

 姿勢や雰囲気は綺麗な人だとは思っていたけど、こんなにハッとするような美人タイプじゃなかった気がする・・・。


 「・・・あ、おはようございます」

 「藤間」

 アキラさんに声をかけられ、ショック療法のおかげか、珍しく勘が働いたボクはその意味を察する事が出来て、助手席から包みを取り出した。

 「取ってきました」
 「ありがとう」

 お礼を口にしたのはケリさんで、

 「朝から悪かったな」

 ボクから包みを受け取ったのはアキラさん。
 先に車に乗るようケリさんを促して、守るように、アキラさんが後から乗り込んだ。

 「・・・」

 スライドドアを閉めて、助手席に戻ろうとすると、カカシと目が合う。
 親友になれそうなほど、意思の疎通ができている気がする。

 これは・・・"ある"かもしれない。


 ジョニー企画、最大のイベント。


 ジョニー企画の礎を築いた看板俳優として、そして、浮名は流しても不落の独身俳優と謳われた、天城アキラの、


 "結婚" ―――――――



 うわ・・・、

 単語にするとリアル感が出てくる。


 「先にケリのマンションに寄ってくれ」

 「了解っす」


 アキラさんとカカシのやり取りが遠くに聞こえるほど、心拍数が上がってきた。

 なんだか緊張してくる。


 これは、樋口さんに報告した方がいいんだろうか?

 “アキラさんのマンションにケリさんが”

 いや、遠一さんが把握しているんだろうから、そこはいいのか?
 いや、でも些少の事でも報告するよう、事務所には誓約させられているわけだし・・・。


 「ケリ、近いうちにまたゆっくり出来る時間を見つける」

 「・・・はい」


 後部座席の温度が上がる度、ボクの思考は混乱を極めていった―――――。








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