小説:ColorChange


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これで終わりでいいですか?
《 Acting.by ケリ 》



 「年末年始は何か予定があるのか?」

 「ううん。久しぶりの日本だし、特に誘われている予定はないわ」

 並んで座った車内で、アキラに握られた指に優しい愛情を感じながら応えていると、ライアンがホテルのフロントに預けてくれていた紙袋が不意に震えだした。

 トーマはアキラと居るのを知っているから、ルビかもしれない。


 「アキラ、電話いい?」

 「ああ」

 手を離し、

 「藤間、今日のスケジュール見せて」

 「あ、はい」

 私から何気なく距離を取ってくれる。
 紙袋を開き、取り出したバッグの中から携帯を出した。

 着信中、理佐子・マイヤー

 「理佐子・・・?」

 少し胸騒ぎがした。

 【もしもし?】

 『ケリ! やっと出たわね! これで出なかったら本宮のホットラインにかけるとこだったわ』

 焦りを含んだ息切れと、安堵を含んだため息が短い中に入り混じる。
 私が想像する以上に切羽詰まった状況だと聞こえた。

 【何かあったの?】

 厳しい口調になった私に、アキラがチラリと目を向ける。

 『また裁判を起こされたわ』

 やっぱり・・・。

 【どこ?】

 『ロス本店とニューヨーク』

 【ニューヨーク?】

 『・・・ケリ、ロスには反応しないのね?』

 さすが、長年ビジネスで付き合ってきた理佐子というべきかしら。
 私が漏らした言葉を読んでピタリと反応する。

 【ごめんなさい。まだ言ってなかったけど、ロスは想定内だったの】

 『ニューヨークは?』

 【まったくの想定外。状況を確認してすぐに手をうつわ。裁判所から召集命令がきた時間は?】

 『今から17分ほど前よ。終業ギリギリにバイク便で来たのよ! 信じられる!?』

 【理佐子。相手弁護士の作戦に乗せられているわよ】

 『・・・分かってる』

 【訴訟内容は?】

 『サービス差別によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料請求!』

 以前、大輝が気にしてた多発している小のトラブルと同じ内容。
サービス業にとっては有名税みたいなものだけれど、それでも、”Aroma”は頻度が高すぎる。

 ・・・あの人、うまく渦中に入れているかしら。


 【不安にさせてごめんなさい。大輝に連絡をとってすぐに折り返すわ】

 『分かった。携帯電話は二度と放さないで!』

 【了解。また後でね】


 通話を切ると、私はアキラを見た。
 裁判は時間との勝負。
 招集されるのは寝耳に水で、その時点で既に相手方にリードされている状況だから、こっちは形振り構ってなんかいられない。

 「ごめんなさい。トラブルがあって、電話が続くけど構わない?」

 「ああ、・・・大丈夫なのか?」

 「大丈夫になるように頑張るわ」

 笑いながら、既に発信ボタンを押していた私に、アキラも目を細めた。

 「あんた、俺が見た事ない顔してる」

 言いながら、アキラの指が私の髪を耳にかけてくれる。

 「・・・もう」

 それだけで、支えられているような気になるのは、

 「うまく運ぶといいな」

 「――――ありがとう」

 もうすっかり、アキラという存在が私の一部になっているのだという事。
 改めて握られた手の温もりが、何よりも幸せを齎してくれる。
 繋がっているという安心感と共に――――。

 その間もコール音がしばらく鳴って、電話はやっと繋がった。

 『Hello?』

 「!」

 女性の声に驚いて、慌てて携帯に示された名前を見た。

 発信先は篠場大輝。
 間違いはない。
 履歴からかけてるんだから、間違えるはずもないけれど・・・。

 【えっと・・・、ごめんなさい、大輝に替わってもらえるかしら?】

 『・・・やだ、これ大輝の電話ね? 寝惚けてて・・・ごめんなさい』

 【いいえ】

 『すぐに替わるわ。少しだけ待っててもらえる?』

 【・・・ありがとう】


 対応を聞くと秘書ではないみたい。
 でも、女からの電話だというのに余裕があって、さすが、大輝が選んだ女性だと思った。
 どこかで聞いたような声だと思ったのは・・・、共通の知り合いはそういないし、きっと気のせいね。


 『ケリ?』

 大輝の声が聞こえて、日本語に戻す。

 「大輝」

 『すみません、昨日から"一応"休暇を貰っていたので、気を抜いて携帯から離れていました』

 強調された"一応"の言葉に苦笑する。

 「ごめんなさい。私の確認不足だわ」

 『いえ、何かありましたか?』

 「ロス本店とニューヨーク支店よ」

 『!』

 それだけで、大輝には状況が呑み込めたらしい。


 『すぐに手を打ちます』

 「クリスマス前なんて、タイミングが悪かったわね」

 ロスはまだ23日。

 『お互い様です』

 耳を擽るような、優しい大輝の笑い声。
 法務部のジェネラル・カウンセルとして、休暇は、"有って無い"ようなものだ。

 「ニューヨークは誰にさせる?」

 大輝はニューヨーク州の弁護士資格を持っていないから表立って弁は立てない。

 『ダニエルを向かわせます』

 「分かったわ。それじゃ」


 通話を終えたと同時に、アドレス帳から名前を検索する。
 マーガレット・ヨハン。

 『Hello?』

 【私よ】

 『ああ、聞いたのね?』

 【ええ】

 『あなたの想像以上に、ロスは寂しい事になってるわよ』

 【・・・そう】

 『報告書は作ってあるから、メールで送るわね』

 【ありがとう】

 『ロスの担当は?』

 【篠場大輝】

 『わお、大物』

 【ねえ、NYの事は把握してる?】

 『ああ、NYは完全に便乗よ。双方の原告を結んでる姉妹がいるのよ。ラストネームが違うから気をつけて』

 【ありがとう】

 『じゃあね』


 マーガレットとの通話を切ってすぐに大輝にかけ直すと、5分も経っていないのに移動中の車の中だった。

 「大輝? 私。NYは便乗よ。原告側に血縁同士がいる。ダニエルと情報共有して」

 『・・・ケリ。仕掛けましたね?』

 「人聞きが悪いわよ。実情の調査中に事態が発生しただけ」

 『そういう事にしておきます』

 「NYは派生だからスタッフのケアに留めるわ。ロス本店は人事で現行体制を解体する」

 『わかりました。そちらの問題には法務部から担当をつけます』

 「ええ。よろしく」


 次は着信履歴から理佐子へ発信。

 【理佐子?】

 『ケリ』

 【――――詳しくは自宅に戻ってから説明するけれど、ロスの体制を解体するわ。数日内に人事を発令して新年に備える】

 『営業は?』

 【新規予約の受け付けは見送りましょう。まずはロスのサービス実情を把握しないと】

 『分かったわ。備品の入れ替えとか、何か理由をつけてストップする』

 【ええ。大輝から連絡がいくわ。訴訟対策はいつも通りに詰めておいて】



 私は車窓の景色に意識を向けた。
 クリスマスの混雑なのか、思うように信号を進めていないようだけど、私のマンションに近づいている事は確か。

 【多分――――、20分後にはWebの会議室に入れるわ】

 『了解』

 【それじゃ】


 携帯をバッグに戻し、緊張を解くように深く息を吐くと、アキラがギュッと手を握り直してくれた。

 「大変そうだな」

 気遣うような声音に、私は肩を竦める。

 「年に2〜3回。ほとんど年中行事ね」

 私の言葉にアキラは驚いた様子で目を見開いた。

 「そんなに多いのか?」

 「うちはマッサージが主流だから事故はほとんどないの。この業界では恐らく少ない方だわ。――――でも」

 今度の問題は、スタッフの進退が絡んでいる事。

 「・・・」
 「・・・」

 私はアキラを見つめた。
 その藍色の瞳の動きに、彼は私が何を伝えようとしているのか、予測したのかもしれないと察した。



 「私―――、これからロスに行ってくるわ」



 告げた途端、アキラの嘆息が車内に響く。

 「アキラ、ごめんなさ、」

 「・・・ケリ」

 私の言葉を遮って、アキラが耳元に唇を寄せた。
 アキラの吐息が耳を刺激して、ビクリと体が反応する。

 クク、と悪戯っぽいアキラの喉の音は、不機嫌になったのかと思った私を思いっきり裏切る反応で・・・、


 「――――なるべく早く返って来いよ」

 脳内にジリジリと甘く響くアキラの囁き声に、

 「アキラ・・・」

 胸が痛いほどにキュンとした。
 いい大人に、こんな甘い疼きを覚えさせるなんて、本当にこの男性(ひと)は・・・。

 想像容易いこれまでの遍歴に、やっぱり嫉妬の心が身をもたげる。

 ほんの少しでも離れる事に、寂しさと不安を持っている事を、伝えたいような、伝えたくないような―――――、複雑な心境。



 「言っておくが」


 耳たぶを唇に挟まれる。
 アレキサンドライトのピアスを舌先で持ち上げられる。

 「あんたのためだ」

 「・・・え?」

 どういう意味? と首を傾げた私に、アキラはニヤリと笑う。


 「帰国したら、離れていた日数分、あんたを抱く」

 「・・・」

 「3日なら3回。5日なら5回」

 「アキ、ラ・・・」


 私の頬にチュッと音を立ててキスをして、アキラは笑った。

 「自分の身が心配なら、なるべく早く帰ってくるんだな」

 そう紡ぐアキラの顔は、女性からみても瑞々しい妖艶さを纏っていて、もしも車内に藤間君や運転手さんがいなければ、その胸に頬を埋めて体温を感じたいと思う。


 「笑い事じゃない。本気だからな」

 「ふふ。―――――はい」

 「もし1週間過ぎたら、しばらく俺のマンションから出られると思うなよ」

 「・・・はい」

 「年を越えたら俺がロスに押しかける」

 「え!?」

 反応したのは、私達の会話に耳を澄ませていたらしい藤間君だった。


 「それから」

 「クス、まだあるの?」

 さすがの私も苦笑して応えると、

 「これが一番大事」


 そう言って、アキラの指が私の髪を優しく梳いた。

 「気をつけて行って来い」

 「・・・」

 呆気に取られて、微動もできなかった。

 ああ、この男性(ひと)は―――――、

 愛されていろと、容赦なく私にぶつかってくる。

 素直に頷けば、もっと幸せを感じられる事もあなたが教えてくれた事。


 「―――――はい」

 私は、満面の笑みでアキラの深い眼差しを見つめ返した。








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