定刻通りに、15:40に日本を離陸した飛行機は、同日の10:00に、定刻より少し遅れてロスへ到着。 コートが必要な日本と違って、今私が着ているような、かっちりとしたクリーム色のノースリーブワンピースに、萌黄のカーディガンを合わせただけの格好でも、日中なら十分に過ごせるのがロスの気候。 そんな感じだから、空港内を行き交う人達の格好を見ていると、なんとなく行き先が量れるから面白い。 「ケリ、大輝が来ましたよ」 トーマに声をかけられ顔をあげると、サファイアカラーのサマーセーターと黒の細身のボトムを着こなした大輝がこちらへと向かって来ていた。 初めて会った時、黒曜石のような人だっと思った印象は全然変わらない。 漆黒の髪と、その瞳が、どこまでも高潔で美しい、クロヒョウのような、しなやかな男性。 ―――そう。 敢えて、あの頃から変わった印象をあげるとるすなら、もう青年とは呼べない、逞しい男性の雰囲気が足されたこと。 「お帰りなさい、ケリ」 そう言ってほほ笑んだ大輝。 その手には、見目冷たいジュラルミンケースが握られている。 コレを見ると、ロスに着たという実感が強くなった。 「ただいま、大輝。ごめんなさい、休暇は完全に返上になっちゃったわね」 「あなたもでしょう?」 「ふふ」 「――――トーマ、ご苦労様です。こちらを」 私に対する穏やかさを一瞬で打ち消して、大輝は切れそうなほどに鋭い目線をトーマに向け、手にしていたジュラルミンケースを差し出した。 無言でそれを受け取ったトーマは、間髪入れずにロックの解除に取り掛かる。 「使用許可証と登録IDは中に入っています」 「わかりました」 「ホルスターはこちらで判断してスタンダードタイプを車においてあります」 「助かります」 カチリ、とケースが開かれる。 トーマは、自身で作った限りある死角の中でケースから素早く一丁の拳銃を取り出し、安全装置を確認した後、ウエストに挟み込んだ。 ジャケットのボタンを留めると、外見からは何もわからない。 「・・・ケリ、あまり見ないでください」 苦笑いするトーマに、私はハッとする。 「ごめんなさい、なんだか、久しぶりだから」 ロスでは見慣れた光景だったけど、日本では無縁だから、もうすっかり記憶が褪せていた。 「これも平和ボケって呼べるのかしら」 複雑に苦笑した私に、前を歩いていた大輝が、肩越しに振り返って目を細める。 「いいことだと思います。あなたが安全な場所にいる証拠です。安心しました」 濡れたような黒曜石が真っ直ぐに私を見つめてきた。 「・・・ありがとう」 大輝のこういう眼差しには、いつも胸が温かくなる。 『次に恋をするなら、相手は絶対に大輝よね』 理佐子にそう言われたことをふと思い出した。 "あの頃"は、自分を保つのに精一杯で、誰かをそんな風に受け入れることが微塵も出来なかった。 『あなたを、僕では支えられませんか――――――?』 (あれからもう、4年も経つのね・・・) 先導する大輝の後ろ姿を少し眩しい思いで見つめる。 「行きましょう、ケリ」 その、過去のエピソードを知るトーマに、促すように背中を押され、 「――――ええ」 軽く頷いて、私は久しぶりのロスの空気の中に飛び込んだ。 ―――――― ―――― 今年32歳になるという、ブルネットの豊かな髪が美しいマーガレット・ヨハンは、調査会社に在籍するミステリー・ショッパー。 ミステリーショッパーとは、一般のお客様の振りをしてサービスを受け、顧客の目線からそのサービスクオリティを調査し、報告をあげてくれる人の事で、依頼主はそのサービスを提供する側の管理者というケースがほとんど。 待ち合わせ場所だったホテルのロビーに入ってきた私に気づくと、何年か前に会った時と変わらない笑顔で手をあげて、それからふと、表情を曇らせた。 【・・・?】 見ているのは私の服装のようで、 【・・・どこかおかしい?】 【ケリ。それじゃあダメね】 【え?】 はっきりと言われて、自分の姿を見下ろした。 少し固めの生地のワンピースとカーディガン。 そんなに目立つ格好じゃない。 マーガレットの服装も、爽やかなブルーのシャツに白のレースカーディガン、白のジーンズという格好。 【・・・?】 困って立ち尽くす私に、マーガレットはため息交じりに助け舟を出してくれた。 【質が良すぎ。まずは買い物が先ね】 【え?】 【目指すは中の下。その恰好じゃあ、アンテナにかかってVIP待遇受けちゃうわ】 【そうなの?】 【そうなの! 意外と持ち物に目が効くわよ、あの店長】 【そう・・・だったわ】 そこが、いい方向に働けばと思って、店長に抜擢した。 【ほら! そんな顔しないの。いざ出陣よ】 私の背中を叩き、そのままスルリと腕を絡めてきたマーガレット。 【今日はスタッフ勢揃いだから、あなたの知らない世界が見れるわよ】 【・・・】 創業から大事に育ててきた"Aroma"が、経営拡大と共に多忙になった私の手を離れ、いつのまにか形態を変えていた事実。 なんだか、ルビが知らない内に"大人"になっていた時のことを思い出した。 女性を優しく甘やかすルビを見て、ケヴィンを反面教師にしているのだと悟った時、嬉しく思うのと同時に寂しさも湧いた。 複雑で、悲しかった。 "Aroma"だって子供と一緒。 でも育て方を間違えて、ちょっと道を踏み外したらしい。 それは、親である私の責任。 【躾けのしなおしね】 微笑みながら言った私に、マーガレットも同じように笑って、深く頷いた。 |