小説:ColorChange


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まずは始めてみませんか?
《 Acting.by ケリ 》


 私が初めて恋をしたのは保育園のとき。

 相手の男の子が転校していったことで終止符がうたれたその初恋は、小学校3年生になるまで続いていたから、その切ない気持ちはなんとなく覚えている。

 それは、見つめただけの、"ピュアな自分の事"だけが思い出に残る淡い初恋―――。


 次に恋をしたのは中2のとき。
 相手は1学年先輩。

 初めてのキスと、喧嘩と、そして初めての別れを経験した。
 愛しくて、哀しくて、どの思いをした時も必至だったけれど、――――――実は、20年近く経った今、相手の顔がはっきりと思い出せなかったりする。

 ・・・記憶の老化?

 考えたくないかも。
 せめて同級生なら、卒業アルバムで確認できたのに――――。


 その恋が学生時代の最初で最後。
 高校を卒業するまではバイトと勉強に勤しんで、恋愛にはまったく縁がなかった。
 というより、時々、告白をしてくれた男の子はいたけれど、"高校卒業後は留学"という目的にとって換わるほど、私の心に波紋を投げた相手がいなかったという事。

 多分、ここで恋愛経験値をほんのちょっとでもあげることが出来ていれば、私ももう少しは、"まともな結婚生活"が送れたのかもしれない・・・。


 私の名前はケリ・ エム
 もう長年そう名乗っているし、名刺やクレカのサインも社会的に権利を得ているのは間違いないので、ラストネームは省略。

 元夫との結婚生活はおよそ13年。
 離婚して、もうすぐ3年。

 35歳になっても、結婚した19歳の時と何が変わってるかだなんて、私自身にも説明なんかできない。
 確かに色んな経験を積んで考え方やライフスタイルに変化はあったけれど、"私"という存在がその年齢に合わせて変貌したなんて実感は全くない。

 お肌の張りとか、

 髪の艶とか。

 現実的に若い頃よりはケアが必要になったとは思うけれど、"私"自身は、成人式を迎えた頃と何も変わってはいないつもり。

 日本に生活の基盤を移して3ヶ月。
 このまま穏やかに時間が過ぎて、これからもずっとこんな風に――――――、なんて願う今日この頃。


 11月もあと2週間ほどで終わり。

 外出先に合わせてウェブで見つけた初めて訪れるヘア&ネイルサロンは好印象のクチコミが多かったお店だけあって、雰囲気は最高。
 茶色をベースにしたジェルネイルのチップをつけてもらい、平行して髪の毛の先を少しだけレイヤーでカットしてもらい、
 薦められるままメイクも施されて、胸のあたりで揃えられた黒髪には、アレンジで少しだけカールを入れてもらった。

 「いかがですか?」

 手鏡を持って後ろ姿を確認させて、担当した女性美容師が私に真っすぐ聞いてくる。
 テクニックも、予想以上でまさに当たりくじを引いた気分。

 「ありがとう。素敵」

 思わず満面で微笑んだ私に、

 「ありがとうございます。お客様、お肌が綺麗だから楽しかったです」

 鏡越しに微笑み返し。

 「ふふ。その言葉もありがとう」

 私は立ちあがり、レジでクレカを提示した。
 お会計も驚くほど優しくて、幸せは、こういう事にこそ湧き出るように感じる事ができる。
 自分を磨いているこの感覚は好き。
 女子力がUPした気分で、これからの運気に良い予感が上々。

 うん。
 幸せに楽しい!

 「ありがとうございました〜」

 私は、表通りに面した出入り口の自動ドアを、浮き上がったフィーリングと同じくらいの軽い足取りで潜り抜けた。

 外に出た途端、もう秋のものじゃない冷たい風が頬に当たる。
 冬の匂いが混ざった都会の空気。

 自動ドアが閉まると、溜まった今度は溜まった風が私の髪を攫い、不意に差し込んだ太陽の光に目を細めた。
 大通りの歩道から3段ほど高い店構えになっているこの場所からは、人の行き交いが良く見える。


 土曜の午後。
 時々、規則性を持っているかのように動くランダムなはずの人の流れの中に、個性的であり、かつ一貫性を持つ曖昧なバランスの未成年達の群れ。
 学生の頃は私もこんなふうに、目の前の楽しみが幸せに換算されてこの群れの中でそれなりに輝いていた。



 もちろん、今だって十分に輝く意欲は失っていないけれど、
 形作られてカットされ、磨かれた大人の輝きは、天然の 裸石 子供達 の存在感には敵わない。
 これからどんな風にだって、カット出来て磨く事ができる原石達。

 一人ひとりに、未知の未来が溢れている。

 そんな事を考えながら見つめている人の波が、今の私にはどうしようもなく、眩しく感じられた――――。


 「ケリ」

 ふと、眼下から名前を呼ばれて顔を向ける。

 目をやった先には2人の長身の男。
 スーツ姿に、向かって右側のウェイン・ホンは黒、左のトーマ・カミドウは薄茶の薄手のコートを着ている。
 コートの色と、2人の髪の色はまるでシンメトリー。
 黒のコートのウェイン・ホン(28歳)は明るい茶色の真っすぐな髪と、同色のヘーゼルの瞳が切れ長に光り、手強い印象を与えるチャイニーズ系カナディアン。 

 薄茶のコートを着たトーマ・カミドウ(27歳)は、黒い髪と瞳の、ボストン出身の日系人。

 そんな2人なのに、表情は対照的。
 トーマが私を見つめる眼はどんな時でも包容力抜群で、ウェインはまるで、娘の非行を咎めようとする父親のような厳しい目線を送ってくる。

 「・・・やだ、ウェイン、怒ってるの?」

 肩を竦めてそう告げると、ウェインの眉根が一段と中央に寄った。
 トーマがクスクスと笑う。

 「違いますよ。ウェインはただ、あなたから目を離した事に猛省中なんです」

 「違います」

 ウェインが空かさず否定した。

 「ケリ、あなたの迂闊さに呆れているんです。行きましょう、視線を感じる」

 そう言って差し出してきたウェインの手に、私は仕方なく手を重ねた。

 「ウェインったら。ここはアメリカじゃないんだから、もっと平和な日本を楽しみましょうよ」

 煩そうに応えながらも、それでも拒否はせずにエスコートされるまま階段を下りる。
 日本ではあまり見慣れない光景なのか、通行人の中には、そんな私達の様子に顔を赤らめて立ち止る人もいた。


 「トーマ、彼は?」

 私は辺りを見回した。

 「あちらですよ」

 トーマに示された方を見る。
 50mほど離れた向こうで、かなりの数の女の子に遠巻きで囲まれている男の子。

 クリーム色に近いふんわりとしたブロンドの髪。
 トパーズのように輝く瞳。
 甘い端正な顔立ちと、優しい言葉しか知らなさそうな、ふっくらとした唇。
 スマホを触る度に瞬く薄茶の睫が、光をこぼすような美少年。
 久しぶりに目にする、その姿。

 「ル、」

 名前を呼ぼうとして、けれどそれは、一瞬の出来事で遮られた。

 「え?」

 多分、そこに路駐していた白いバンから出てきたのだと思う。
 2人の屈強な男が彼に近づいたかと思うと、両脇から抱えるようにしてあっという間に連れ去ってしまった。

 「えっ!?」

 突然の出来事に、周囲の状況が走馬灯のようにゆっくりと映る。
 私の声が何よりも俊敏に反応したように感じられた。
 それくらい、コマ送りのように刻まれる景色。

 「チッ」

 ウェインの舌打ち。

 【しまった!】

 英語で叫んで駆け出すトーマ。
 ウェインが辺りを警戒しながら私の腰に腕を廻してくる。
 俊足のトーマが叩くようにその白いバンのスモーク窓に触れたのと同時に、素早く走り去ろうと鳴いたタイヤ。

 次第に遠くなるそのエンジン音。


 「うそ―――」

 足元が崩れそうになる。


 何―――?

 誘拐―――?

 どうして―――?

 ここは日本なのに―――!?



 「ケリ!」

 座りこみそうになった私の身体をウェインが抱き支えてくれる。
 それでも私のつま先はこんにゃくみたいに位置取りが覚束ない。
 あんなに明るかった胸の内が一瞬で悲しみに浸食されて気分は真っ青だった。

 その時――――。

 「きゃ〜」
 「今のってジョニー企画の拉致部隊よね!」
 「やっぱり練習生候補ってコト?」
 「どうりで! やばかったよね、美形度」
 「デビュー決まってるのかな〜?」

 耳に聞こえてきた入れ替わり立ち替わりの黄色い声。

 "拉致部隊"?

 "ジョニー企画"?


 冷静に、なってみる。
 目を閉じて、過ぎたシーンを思い出す。

 (あ――――!)

 男達の腕に、腕章があった――――――?

 "拉致部隊"

 "ジョニー企画"

 そう書かれた腕章が、確かに腕にはめられていた。


 大丈夫。
 願望からの、都合のいい記憶のねつ造じゃない。
 とりあえずはホッと息をつく。

 「ケリ」

 私の元に駆け戻ってきたトーマが居た堪れない表情で口を開いた。

 「すみませ、「トーマ、大丈夫よ」」

 敢えて言葉の途中で制した。
 私の背後についていたウェインがすぐにスマホを取り出して操作を始める。

 「GPSでトレースします」

 「ええ、お願い」

 少しだけ笑って見せて、トーマの手を求めて握る。
 無言のままそれに応えてくれたトーマは、もう片方の手も持ち寄って私の掌を挟むように癒してくれる。

 久しぶりの緊迫状態に、腰が抜けそうになった。
 こんな事、日常的に実施してるとしたら、心臓に悪すぎる。
 これが日本での主流のスカウト方法なのかしら?
 だとしたら、随分と酷い話。

 「アメリカならひと儲けできちゃうわね」

 私の独り言を拾って、

 「裁判を起こすのなら法務部に連絡しますよ」

 トーマが真面目にそう返す。

 「まさか」

 肩を竦めて笑った私に、ウェインも安心したように目を細めた。








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