息子のルビと日本に来たのはおよそ3ヶ月前。 マンションが確保できる2週間前までは、トーマとウェインを含む4人でずっとホテルのスイートに滞在していた。 ルビが生まれてから15年と8ヶ月。 ほとんど離れた事はなかったけれど、日本に居住を移す事を切っ掛けに、私は身を引き裂かれるような決断をする。 "ルビと別々に暮らす事" そんな考えに至ったのには色々な要素があって、 自分で決めた事なのに、ホテルを引き払う時は号泣で、 呆れたような困ったような顔をしたルビは、ドアマンの赤面をものともせずに、私の涙を何度もキスで拭ってくれた。 最初の1週間くらいは、買い物をしたりする機会が多かったから頻繁に会っていたけれど、 それから昨日までの1週間は1日数回のメールのやり取りと、寝る前のお休みコール。 たったそれだけで、お互いの顔を一度も見ていなかった。 だから、今日の再会は本当に久しぶりだったのに――――。 ジョニー企画のあのハタ迷惑なスカウトのお陰で貴重な時間の一部がブルーな思い出に塗りたくられてしまった。 「ケリ? 大丈夫?」 クッションを抱いて、ソファの上で 心配そうな顔で私を見下ろすルビ。 テーブルには、ルビ特製のパエリアがまだ残っていて、銘柄が違うワインの空きボトルが4本。 うち2本は、私がほとんど1人で空けちゃった。 「うん。大丈夫」 笑ってみせると、ルビも笑顔を返してくれた。 薄茶の瞳が、愛しそうに私を見つめている。 夜も更けて、間接照明しかない室内では、彼のクリーム色に近い金髪も、少し濃い栗色に見える。 その容姿に、ツン、と。 切ない思い出が蘇ってくる。 ――――ああ、本当に、悲しいくらい、あの人にそっくり―――。 ルビは無言のまま私の隣に座ると、膝枕に導いてくれた。 「ルビ―――?」 「寝てていいよ。後でベッドに運んであげる」 「・・・ん」 ルビの太腿の体温を頬に受ける。 その暖かさと、アルコールが誘う心地良さ、そして、私の前髪を弄ぶルビの指の感触――――。 躊躇する間もないほどに、私は一瞬で睡魔に呑みこまれていた。 ふわり、ふわり。 酔った私の頭の中は、夢と現実との狭間を飛ぶように行ったり来たり――――。 『今日、会ったよ、天城アキラ』 ルビの、声。 どうでしたか? これは、ウェインの声・・・。 『エントリーに添えられていた写真より、実物の方が数段良かったよ』 貴重ですね。あなたのお眼鏡に適う相手 笑いが混じっている。これはトーマ。 『どうでもいいけどね。"俳優"って時点で、例の件からは予選落ち』 俳優・・・、アマギアキラ? クスクス、と。 またトーマの笑い声。 本気で探すつもりですか? 『別に探す気はないよ。ただ、排除はする』 ルビ・・・ 名前を呼びながらの、ウェインのため息が聞こえた。 『ケリに相応しいかどうかは、僕が決める。それ以外の奴は・・・』 何となく、語られている事の内容が分かった気がした。 ――――ルビ。 ライフルを持って、"あの人"を撃った時のあなたの泣き顔が、今でも私の脳裏にゆらゆらと現れる。 "あの時" あなたは、きっと、私以上に傷ついていたはず。 ごめんね。 もう私は大丈夫よ。 あなたのあの時の決意。 私を守ってくれたあの美しさを裏切らないように、ちゃんと自分で歩いていく。 "あの一発"の引き金を引く事によって、もう偽りだと分かっていた幻の愛に縋る私を、強く揺さぶって目覚めさせてくれた。 だから、大丈夫。 もう大丈夫よ――――。 『おやすみ、ケリ』 ルビの吐息を耳元近くで感じたのが、酔い落ちた私の、その日の最後の記憶――――。 |