小説:ColorChange


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まずは始めてみませんか?
《 Acting.by アキラ 》


 都心から少し離れた撮影スタジオ。
 一仕事を終えた俺は、藤間と一緒にエレベーターで1階まで下りた。
 建物の出入り口を見守るように複数の女達が見える。
 裏口から走ってきたスタッフの一人が、搬入口にも何人かいることを報告してきた。
 俺の場合、アイドルと違ってそんなに派手な出待ちはないが、ファンの間でちょっとした"切っ掛け"が噂され、密かに期待されているらしい。


 "アキラの目に留まれば一晩の相手に指名してもらえる――――"

 実際、25年間の芸能生活の中で、一目で気に入った女性を"お持ち帰り"したことは何度かある。
 そこは大人の男と女の目線の駆け引きで、それが本人の自覚無き悪意によりリークされるかどうかは一か八かだが、

 これまで、俺はその無謀な賭けに負けた事がない。
 トラブルはなかったし、我ながら女を見る目があると思う。

 ただし、そんな冒険を楽しんでいたのは20代半ばの一時の事で、ここ10年はその辺りに手は出していない。
 けれどファンの間では、未だに誰かがその幸運を拾っては俺とのひと時を楽しんでいると、そう信じられているらしい。

 確かに、「始める」とも「止める」とも、合図があったワケじゃないからね。


 「正面に車つきました」

 藤間に声をかけられ、俺は歩き出した。

 前身に垂らしていたマフラーをコートの合わせの中に隠してからボタンを留める。
 コートのポケットから携帯を取り出して時間を確認すると13:21。

 まだ陽は高いのに、太陽の差し込む気配はない。
 冬の匂いが濃い、薄暗い天気だ。

 「今日は余裕ありますから」

 藤間が時間を気にする俺の所作に気付いて説明する。
 返事は特にせずに、俺は携帯をポケットに戻した。

 押してガラスのドアを開けると、小さい歓声が幾つかあがった。
 近所迷惑にならない所が、俺のファンの質を教えてくれる。

 「いい子達だ」

 「アキラさん!」

 過去の噂を遠一から知らされている藤間は、戒めるような目線を向けてきた。
 まだ紫の変色が効いている唇の端が下がっている。

 (だから、しませんって)

 藤間の、無駄とも呼べるその警戒体勢に苦笑するしかない。



 今日は迎えは黒のセダンだった。
 藤間が急ぎ足で俺の先を行き、こちら側を向いている左後部席のドアを開けてくれる。
 ふと、道路の向こうに一人の人物を見つけた。
 煙草を携帯灰皿に押し込んで、俺にタイミングを合わせる様子が窺える。
 予想通り、俺が車内に乗り込むのとおよそ同時に反対側のドアが開けられた。

 「ごっくろうさん♪」

 そんな口調で、車体を揺らして転がるようにシートに座り込んできた男はニヤリと笑う。

 「遠一」

 「よ」

 俺のチーフマネージャーの遠一はじめ。
 今日の服装はアロハ柄のスウェードのシャツに紫のジャケットで、いつも以上に派手な配色だ。
 藤間と運転席のカカシが「おつかれさまです」と会釈で応えていた。


 「機嫌いいな。なんかいい事でもあったか?」

 悪戯っぽく笑って俺が尋ねると、遠一は得意気に「ふふん」と鼻を鳴らす。

 「知りたいか?」

 その表情に一物を感じ、俺は思わず手で制した。

 「―――いい。それより、」

 「何だよアキラ。ここは演出してアゲのとこだろ?」

 「いい。それより、年末のスケジュールどうにかしろ。俺を殺す気か?」

 「あぁっ? 仕方ねぇだろ。年始に公開の映画あるし、新春の特別ドラマと春のドラマ。・・・ってかさ」

 ぴたり、と。
 言葉だけではなく、その動きも止めた遠一に、俺は怪訝な顔を隠さなかった。

 嫌な予感。


 「―――何だ?」

 「悪いけど、今のスケジュールに一つデカいの差し込む」

 「はいっ!!??」

 叫んだのは、俺じゃなかった。


 「冗談ですよね、遠一さん。無理ですよ! 絶対!」

 助手席で、セカンドマネージャの藤間がモバイルPCを取り出した。

 「はい残念。そのままオンラインスケジュールで確認しようね」

 ニヤニヤ顔の遠一に、後ろ姿なのに耳から読み取れる顔色の悪い藤間。
 俺もため息しか出せない。

 「ほんとに冗談だろ。マジ死ぬ」

 「うんにゃ。お前はゾンビ化する。いや、しろ! 社命だ!」

 「は!?」

 意味深な遠一の眼差し。
 俺は、サングラスを外してそれを受け止めた。


 「とお、いちさん・・・これ・・・」

 前方からの、藤間の微かな呼びかけ。
 俺と一緒にいる仕事中は大抵、冷静・無表情ぶっている藤間が、スケジュールの内容を見ただけでこれだけ声を震わせる要因を、俺は現時点で1つしか思いつかなかった。


 「うそだろ?」

 思わず吐き出すように呟いて笑い、確認をしてみたくなる。

 「マジで?」

 「 本気 マジ で」

 遠一は、滅多に見せない真剣な顔で頷いた。

 「おめでとう、アキラ。ジュエリーブランド"Stella"のイメージキャラに正式に決まったよ。これで、向こう3年間、お前は無条件に世界の仲間入りだ」

 本懐を遂げたような遠一の態度に、俺は思わず、喉仏を上下させていた。



 ジュエリーブランド"Stella"は、一般的な知名度は低いがジュエリー界ではクオリティ重視の老舗ブランドとして富裕層相手に細い長く息を続けていた。
 ただし、1990年に入った頃から追求する理想と需要のバランスが取れなくなり、技術者の流出や顧客離れを余儀なくされて規模を縮小。
 2000年に入ってからは風前の灯火たる儚さでひっそりと存続し、まるで時代に殉職を望むかのような企業に堕ちていた。

 ところが5年前。

 屋台骨がぐらぐらする中、伝統に固執して新風を甘受できなかったオーナーが急逝。
 大黒柱消失で総崩れ寸前のところを、アメリカの投資会社が即買収。
 それからたった1年で、"Stella"は最盛期を凌ぐ勢いで時代に躍り出た。

 新しく就任したCEOの下、『クオリティ重視の老舗ブランド』という昔看板を活かしつつ、 客層 ターゲット を中階級に変更。
 新生"Stella"を名乗る際、当時、清純の代名詞だったハリウッド女優をイメージキャラクターに起用した。

 キャッチフレーズは"Re-born"

 同時期にタイアップで公開された彼女の映画は激しいSEXシーンが見どころで、可憐な百合の花弁が散らされ、どす黒く咲き誇る薔薇の美しさに変貌する物語。

 まさに"生まれ変わる"

 アイテムは"黒真珠"

 黒い真珠に輝く星は、まさに夜空の"Stella"をイメージさせ、あっという間に世界中を浸食し、ジュエリー業界のシェアを独占するブランドになった。


 新生"Stella"の初代イメージキャラクターを務めた女優は4年で契約終了。
 現在はフランスのスーパーモデルが2代目を務めているが、どうやら契約更新はないという噂を聴きつけて"Stella"に独自にアプローチを開始した。

 それが、うちの統括マネージャの樋口さん。
 周囲からは揶揄的な批判も多かったが、挑戦の結果、今勝利を掴み取った。


 「あ〜!!! もう今日は飲み明かすか!!」

 叫ぶような遠一の歓喜の声。

 「無理ですよ。夜中までスケジュールびっしりです」

 「藤間〜、気ぃ利かせてさっさと調整しろよ」

 「やれとおっしゃるならやりますけど」

 「! ・・・イヤ、いい」

 珍しく動揺して言い詰まった遠一に、俺は思わず吹き出した。
 まだ俺のマネージメントを始めたばかりの頃、藤間は、遠一の「ハワイにでも行こうぜ」という軽口を真に受けて"本当に"1週間の休暇を調整をしてしまった。
 その後、この遠一が数日間に渡って各所に頭を下げ続けた事は今でも酒の席で肴になる。

 ふと、遠一が俺の顔を覗き込んできた。

 「お前、嬉しくないのか?」

 「まさか。嬉しいよ」

 即答した俺。

 「いいか〜アキラ。この事件の要点は、破格のギャラでも世界的に知名度アップってとこでもない。ハリウッドスターやスーパーモデルを押し退けてお前が選ばれたって事が重要なんだよ」

 「そうか?」

 「そうだよ!」

 「わかった。ちゃんと嬉しいよ。あとで祝杯でもあげとく」

 「おう。今日くらいは女とゴシップ撮られても、文句言わず守ってやるよ」

 女、と言われ。

 "彼女"を思い出す。
 それだけで、淡い想いが胸の内を占める。

 (クス。重症だな―――)


 「なんだ? お前、新しいのできたのか?」

 俺の顔色を読んだ遠一。

 「まさか。そんな暇ないよ。おかげさまでね」

 「ふーん?」

 訝しげな顔で俺を観察し、すぐに車窓の外観に気付いて運転席のカカシに声をかけた。

 「おい、ここらで降ろせ」

 「こんな住宅街で?」

 カカシが慌ててハザードを点けた。

 「あ、この件、"Stella"からの公式発表までトップシークレットだぞ。じゃあな」

 車が停止するや否や、誓約を聞きもせずドアを開けて飛び出して行く。

 本当に、台風のような奴だ――――。








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