「こんにちは」 俺をしっかりと見上げた彼女の唇が、そう言葉を綴った時、 ああ、――――こっち派なのか・・・。 リキッド系か、それともグロスをのせているだけか。 光沢がある唇。 好みから外れていた現実に少し残念な気持ちと、反面、その光沢が 本当に俺は、どうかしてしまったのかもしれない。 「―――はじめまして、天城アキラといいます」 「はじめまして。ケリ・Mです。お会いできて光栄ですわ」 俺が求めた握手にすんなりと応じてくる。 確かめるように握ると、柔らかな手の感触。 冷やりと感じるその手の体温とは相反して、彼女の、ケリの漆黒の眼差しは一瞬のうちに俺の内側を燃やす息吹を秘めている。 触れた部分から、じんわりと熱が上がってくるのが分かった。 「俺の事を、知ってるんですか?」 「もちろん」 唇を笑みにした彼女は、俺が戸惑うほどに身を寄せてきて、声を潜めた。 「もうすぐ、世界的な認知度を得る方ですもの」 「―――」 香りがのぼってくる。 甘くて、少しスパイシーなオリエンタルの風。 彼女の、匂い―――。 「ふふ」 ケリの指先が、耳を飾る大振りのピアスを弾いた。 べっ甲を使ったオンシジュームシリーズ。 "Stella"の人気ラインの一つだ。 俺と"Stella"の関係を知っている? ――――――まあ、いいか。 「・・・驚きました。関係者ですらまだ"一部"のみの極秘事項ですよ?」 「鼻の効く友人が多くて」 首を傾けて悪戯っぽく微笑む彼女。 自分の魅力を良く知っている女だと思う。 「"ケリさん"と呼んでいいのかな? 良ければ、発表後にでもぜひ祝ってもらえませんか? あなたのような美人をエスコートできたら、ちょっとは度胸もつきそうだ」 「ケリで構いません」 お手本のような笑みを象った唇から、彼女は綴った。 「ぜひ、いつか」 ゼヒ、イツカ つまり――――、 完全にスルーされたな。 あくまでビジネスライクな答え。 「いつか、―――ね」 ぽつりと呟き、俺はスッと顔から表情を消した。 次に会えたら、この胸に湧き上がってくる独占欲を言葉にして、彼女にそのまま伝えてみようと決めていた。 目の前に居る、焦がれた存在。 確かめるように手を伸ばし、ケリの黒髪を無造作に一房、掴む。 「――――え?」 ケリが微かに呟き、警戒心たっぷりの目が見開かれた。 「緑色じゃ、ないんだな」 次第に困惑の色に変わるケリの瞳。 そんな彼女の目の前で、掴んでいた髪の毛をぱらぱらと逃がしてやった。 指先から、その柔らかい感触が離れて消えるのが名残惜しくて仕方ない。 その代り、ケリの目線を真っすぐに捕える。 一歩下がってしまいそうなほど、ケリの心が疑心に揺れている。 弱まる瞳の中の輝き。 やばい。 魅入られる。 とても綺麗だ―――。 思わず頬に触れてしまいそうになった時、彼女の背後に無言で立っていた男がピクリと反応したのが見えた。 牽制のつもりでその男に一瞥投げ、俺は再びケリを見直す。 「――――バカな男と思われるかもしれないが、覚悟して言うよ」 苦笑を含みつつ、切り出した俺に、ケリの眼差しが、困惑に揺れていた。 細く息を吸いこんで、――――。 「あんたに、惚れてる――――」 「・・・え?」 呆けて訊き返してきた彼女の様子が可愛くて、俺はまた笑ってしまった。 |