結婚生活の終盤。 彼への愛が絶望に変わりかけた時から、私は縋るように過去の思い出を夢に見始めた。 『君の髪はまるでアレキサンドライトだ』 ケヴィン・・・ 『君は輝く宝石だよ』 出会ったばかりの頃は、何もかもが甘くて、優しくて、 ケヴィン、私、妊娠したの・・・。 『本当に? ケリ、素敵だ。とても嬉しい。ね―――、僕と結婚して』 プロポーズの時は身体が幸せで震えていた。 『ごめん、ケリ。仕事なんだ。しばらく帰れないけど・・・』 いいの。私は大丈夫よ。頑張ってきてね。身体、気をつけて―――。 1つの歪が2人の間にどんどん亀裂を生じさせて、その修復に脅える私は、彼にNOが言えなくなってしまう。 半年間、1度も家に寄り付かなかった時期も、仕事だと言われれば私は頷いた。 愚かな女だと、自分でもほとほと思う――――。 ねえ、ルビが熱を出しているのよ? 私も行かなきゃだめ? 『ケリ。君は僕の妻なんだよ。僕の傍で笑っている事は君の義務だよ。―――たとえルビがどんな状態でもね』 始めた事業が成功した私の事を、ケヴィンは無理やり連れ出すようになり、 『ボランティアを始めたんだって? いいね。そういう活動は僕のマイナスにはならない』 ケヴィン。助けたい女の子がいるだけなの・・・。 『マスコミにはその子の名前は出ないようにするよ。僕の妻が素晴らしいという事が綺麗に伝わればいいんだ』 私の言う事、する事、何もかも・・・、 私が望む正しい形のまま、彼に伝わるなんて事は決して無い。 愛しても―――、 愛しても、愛しても――――。 涙が止まらない日々が思い出のほとんどを占める結婚生活。 どこでどう、二人の関係が変わっていったかなんて、 もう、覚えていない―――――。 『いや! やめて、ケヴィン!』 『ケリ、どうした? 僕のことが好きだろう?』 『やめて、酷いわ! 酷い!』 抵抗する私の腕をいとも簡単に制御してしまう。 私の手首を掴むケヴィンの手には、容赦ない力が込められている。 私を気遣う様子は、どこか遠くを見ているような彼の表情からは一切感じられなかった。 あんなに大好きだった瞳の中のヒマワリが、無機質なビー玉のように琥珀に透き通っている。 『・・・いやっ! いや!!!!』 シャツを乱暴に捲られて、フローリングを小さな何かが転がる音がした。 涙で滲んだ視界の隅で、私が着ているシャツの半透明のボタンが弾けて踊る様子を見た。 『大丈夫だよ、ケリ。僕を感じた後は、またいつもどおりの日常に帰れる』 『―――・・・っ―――』 溢れて、止め処なかった涙が一気に乾いた。 体中から神経が抜けた気がした。 言葉が、通じる気がしない。 彼の指が、 唇が、 知り尽くした身体を探って開くたびに、 私のココロには虫が繁殖する。 もう、ダメ ―――・・・ 暖かいものも、 優しいものも、 輝いていたものも、 すべて、 零れて落ちていく――――。 あの転がったボタンのように、 小さな思い出のプリズムが、パラリパラリと散らばっていく――――。 時折そのかけら達は、 頬や腕や、胸や太股にあたって、 この思い出は? この思い出は? キラリキラリ、 そうやって私に問いかけてくるけれど、 もう、何も感じられない・・・。 ココロも、カラダも、 色も形も分からなくなった思い出の中に、 溺れるように、沈んでいく――――――・・・・。 (もう、) 私は、すべての抵抗をやめた。 身体のガードも、心のガードも、私に起こっている現実に抵抗することを、一切やめてしまった。 (戻れない ―――・・・ ) |