小説:ColorChange


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まずは始めてみませんか?
《 Acting.by アキラ 》


 午後20時。
 今夜はケリに一方的に取りつけた約束の日。

 運命の夜だ――――。


 夜はガラリと色合いをかえて映る重厚な木のドアを引いて、俺はホストクラブ K's ケーズ の店内に足を踏み入れた。

 「「いらっしゃいませ」」

 両サイドに待機していた見目の良い男が二人、胸に手を当てて会釈をして出迎える。
 角度がシンクロするように揃っているところをみると、これが K's ケーズ の普段のスタイルなのだろうと窺えた。

 同時に、その少し先にあったクラーク兼用のレジカウンターの内側にいた長髪の男が、僅かに驚いた表情で俺を見留める。


 「――――天城様」

 昨日紹介されたばかりの、 K's ケーズ の店長を務める彼、片瀬。
 ロングヘアを三つ編みにして右サイドにまとめた彼は、この夜の空気の中で、より一層、無機質な精悍さを帯びていた。
 事情は知っているのだろう。
 ただ最初に見せた表情から、本当に俺が来るのかどうかは疑問を残していたのかもしれない。

 「コートをお預かりいたします」

 「ああ」

 片瀬は優しい笑みを浮かべたまま俺からコートを受け取り、他のメンバーに渡した。

 「こちらへ。――――ボックス席でよろしいですか?」

 エスコートされながら、俺はゆっくりと店内を見渡す。
 至る所でキャンドルに似せたライトが灯り、色んな形の影が震える中、瞑想に誘うような深い静けさが意外だった。

 これまでに何度か訪れた事がある幾つかのホストクラブでの経験から、騒がしいというイメージしか持てていなかったからだ。


 大きめのソファでゆったり作られているボックス席は、既に半分ほど埋まっていた。
 女性客の何人かが俺の存在に気付いたようだったが、それも一瞬のことで、各テーブルのホスト達へとすぐに意識を戻していく。

 不思議に、落ち着ける空間だった。



 「カウンター、いいかな?」

 奥に見つけたスペースを示して片瀬に尋ねる。
 カウンターの後ろにはボックス席はなく、さらに落ち着いて過ごせそうだ。

 「もちろんです。よろしければ、端へどうぞ」

 「いいのか?」

 「オープンして間もないという事もありますが、おおよそのお客様がボックス席に入られますので、カウンターの主というのはまだ存在しておりません。それに」

 片瀬はクスリと笑った。

 「天城様に指名が入っても困りますし」

 「それは遠慮したい」

 思わず本音をこぼし、俺はカウンターの端、壁側に座る。
 その間に、壁の向こうに消えた片瀬がいつの間にかカウンターの内側に入ってきて、俺の斜め前に立った。


 「何かお飲みになりますか?」

 「そうだな―――、・・・カミュバカラいれてくれ」

 「え?」

 片瀬が目を瞠る。

 「―――僭越ながら天城様。"今夜の趣旨"は伺っています。お気遣いには・・・」

 「いや、今夜は本当にプライベートなんだ。好きな酒が飲みたい。それに―――、長丁場になるかも知れないしな。俺がくじけないように時々はそのボトルに付き合ってくれ」

 「・・・かしこまりました。準備いたしますので少々お待ち下さい」

 そう言って俺に背中を向けた片瀬。
 その背中から店内へと目線を流し、たまに横切っていくメンバーや、ボックスで接客中のメンバーを何気なく眺める。

 時折、ふと目があったりすると、誰もが優しく微笑んできた。

 妙な違和感がある。
 こいつらからしたら、俺は「オーナーにちょっかいを出した」男。
 睨まれこそすれ、こういう優しいムードがあるとはまったく想定していなかった。



 カウンター内に目を戻すと、ボトルをセットし終えていた片瀬がジッと俺を見つめていた。

 いや、俺をというより――――、


 「・・・俺の顔に何かついてるか?」


 俺の声に、片瀬は、まるで突然の落雷を受けたかのように驚いていた。


 「あ、――――いえ。申し訳ありません。無作法をいたしました」

 「そう言われても、なぜ見られていたのかは気になる」

 憮然と返すと、ため息のように片瀬は答えた。


 「ケリのことを考えていました。過保護に心配しています」

 浮かんだ苦笑が、複雑さを示している。


 「君にとって、彼女は―――、ケリはやっぱり特別?」

 俺の問いに、片瀬は頷く。

 「もちろんです」

 「そうか」

 「ただ・・・、恐らくは、あなたが定義している"特別"とは違うと思いますが。――――――どのようにいたしましょう?」

 後者の言葉でボトルを示され、

 「ああ、―――ロック、ダブルで」

 「かしこまりました」


 俺が定義している"特別"とは違う?
 どういう意味だろう。

 それを伝える意思はありそうだから、特に促しもせず待ってみる。

 そんな俺を弄ぶように、アイスペールから氷をトングで掴んで入れる所作すらもゆっくりで、時間の流れがやけに長かった。


 「―――私は」

 ようやく、片瀬は口を開いた。

 「私は、ゲイですから」


 「!?」


 今度は想定外すぎて、俺は返答すら出来なかった。
 片瀬が肩を揺らして笑い出す。

 からかわれた?

 「嘘ではありません。天城様があまりにも驚いているので、つい笑ってしまいました」

 心を読まれているかのようなタイムリーな説明。
 目の前にロックグラスが置かれた。

 「驚くトコだろ? 普通」

 「まあ、ホストクラブにゲイが居る事は珍しいですからね」

 いや、そこは"居る事は無い"が当たりじゃないか?


 「・・・、―――あんたもやってくれ」

 会話に深入りをしないことを選んだ俺は、そう告げてボトルに目線を投げた。
 片瀬は察したように自分のグラスを持ち出してくる。

 「いただきます」

 俺に付き合ってか、同じダブルのロック。


 「天城様の幸運を祈って」

 片瀬の気障な文句に、

 俺はグラスを僅かに持ち上げ、クスリと笑った。








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