人は・・・我慢していたものを目の前に出されると、こんなにも一途に求めてしまうものなのだろうか――――? リビングに充満するアルコールの匂いと、時々、音を立てて大きく揺れるキャンドルの芯の焦げた匂い。 そのオレンジの光と影の中で、何度か繰り返されているウェインのため息と、終わらない私の嗚咽―――。 三人掛けの長いソファの上で、現実逃避するように頭から毛布に包まって、もうどれくらいこうして泣いているのか、私にも分からなかった。 ローテーブルのグラスに手を伸ばし、残っていたブランデーを飲み干す。 「ケリ」 私を見下ろすように立っていたウェインが、 「飲みすぎです」 諭すようにグラスを優しく奪う。 「・・・だって、酔えないんだもの」 駄々をこねるように口にして、その、焼けているような自分の声に驚いた。 昨日からずっと飲みっぱなし。 目を閉じると幸せだった夢を見て、 それに焦がれながら目を覚ます自分がいて、 そんな自分を想って泣いて、 飲んで、 また寂しい夢を見て、 起きて、泣いて、飲んで、 ・・・その繰り返し――――。 私の半生とも呼べる歴史を持った結婚生活は、思い出してみれば、いつも私だけが"愛していた"という現実だけ。 "あの人"との、約13年という長い誓約時間の果てに私が得たのは、どんなに愛しても、尽くしても、縋っても、 最後まで、 本当に最後の最後まで、 私だけが愛していたんだ――――と。 それだけが分かる、悲しいすぎる"結果"だけ。 「天城氏の元へ、行ってみたらどうですか?」 ウェインが何故そう言うのか、私にはまったく理解できなかった。 長年、私やルビの傍にいてくれた彼は、もちろん"友人"ではあるけれど、 "ボディガード"としての雇い主は私ではなく、日本での主人はルビで、そのルビの意思としては私に男の人との出会いを推奨するなんてありえない。 それなのに、積極的に天城アキラとの事を推してくる。 何故――――? 「―――行かないわよ。だいたい、あの時あなたが否定せずにいてくれれば」 「私はただのボディガードです。真実を述べたまでです。 それに、あそこで私がどう言おうが、あなたが揺れなければ大した問題ではなかったはずです」 「・・・っ」 ―――そう。 分かってる。 分かってた。 いつもなら、大したことじゃない。 ノリで口説かれるのなんか、今までだって何度もあった。 それなのに今回は、ウェインだけじゃない。 どうして私も・・・、天城アキラのあの姿を、記憶から流して消す事が出来ないの――――? 「・・・からかったのよ」 「そうは、見えませんでしたが?」 『あんたに惚れてる――――』 彼の甘い声が、何度も頭の中でリフレインしている。 あっという間に色づいてしまった自分の心、 止まらない感情の震え、 彼の事を思い出すと知らずに涙があふれてきて、何もかもが説明できない。 涙でぐちゃぐちゃになっている顔を見られたくなかった私は、毛布の隙間からウェインを見上げた。 元夫の"次"に、そして"ルビよりも"、私の過去を知っているウェイン。 私を見下ろすその眼差しの中に、たくさんの過去の場面が溢れてくる。 「ウェイン・・・」 名前を呼ぶと、また、涙が溢れてきた。 思考がぐるぐる回る。 これは、お酒のせい? それとも、また夢を見ているの? ウェインの掌が、毛布の上から私の頭をポンポンと叩く。 「私、初めて知ったわ・・・」 "愛した事"だけが、強く残った私の半生。 「"愛される"ことに、こんなに飢えていた自分のこと――――」 吐き出すように呟いて、私はまた、毛布の中で自分を抱くように丸くなる。 「ケリ・・・」 ウェインが、何かを言おうとして躊躇したのが分かった。 その距離が感じられる態度に、また寂しさが募ってきて、甲高い嗚咽が堰を切る。 「・・・うっ、ルビ、っ」 縋らないと決めたルビの優しさを、こんなに欲しいと思ったのは久しぶりだった。 |