ときどき、誰かに傍にいて欲しい事がある。 "傍"っていうのは、 座っている隣の事じゃない。 一緒にお茶をする事じゃない。 ご飯を食べる事でもない――――。 はっきり言えば、"したくなる――――"という事。 身体のどこか遠くが満たされていない時に、本当に誰でもいいから傍にいて欲しい事がある。 SEXは、そんなに好きじゃない。 でも、そんな私でも、こんなふうに欲求が湧くのだから、 人間には、"あの行為"じゃないと満たされない一室が、心の奥底に隠されているんじゃないかと、私はそう思っている。 こんなに近くに、ちゃんと誰かがいるという現実を知って安心するために――――。 だって、 愛がないと分かる"あの人"との行為でさえ、終わった後は、私の中の何かが違ってた。 もう一度だけ信じて耐えてみせると、悲しみの量をリセットする事に成功していた。 離婚が成立する直前は、もう救いようがなかったけど―――。 そう。 そのわけもわからない"心の充足"の補填は、 ウェインとの親愛でも満たせない、 トーマとの信頼でも満たせない。 エリカとの友情でだって満たせはしない。 私の愛するルビが、どんなに愛を込めてぎゅっと強く抱いてくれても、 その特別な場所は決して補填することはできないの。 だから――――― 馬鹿な女だと思われてもいい。 簡単だったと思われてもいい。 「そばにいて」 あなたを、ちょうだい―――、 縋った私に、 「優しく抱いてやる」 彼はそう言って、私の額にキスをした。 彼の首筋が目の前にあって、そこから爽やかな香りが届く。 最初に会った時と同じ、シトラスだと、ぼんやりと思った。 額に何度かキスが落とされて、ときどき目元の涙を吸い取っては額に戻る。 そんな繰り返しの後、頬を挟んでいた両手で私の横髪をすべて攫うと、彼は真っすぐに私を見て、触れるように唇を重ねてきた。 熱くなった私の吐息は、きっと彼にもばれているんだろうと思う。 最初は、お互いを引っ張るくらい乾いていた唇が、彼の舌先によって潤いを持った。 「ケリ―――、」 キスの合間に名前を呼ばれると、切なくて心臓がズキリと痛んだ。 でもその痛みは、いつもの悲しい痛みじゃない。 「―――んっ」 反応を見るように侵入してきた彼の舌に、意を決して軽く吸いつく。 彼の片方の手は私の指をキュッと握り、そしてもう片方は髪を優しく撫でてくれる。 どうしよう―――。 私、どうかしてる。 驚くほど、彼とのキスにときめいている。 唾液が混ざるほどに深くなっていくキス。 やけに響くその啄ばむような水音。 「ん、」 彼の舌が、私の舌を優しく絡め取って激しく動いたかと思うと、ちゅ、と合図を落として離れて行ってしまう。 「・・・?」 そのたびに、私は思わず目を開けて彼を見ようとして、 そうするとタイミング良くまたキスが再開される。 何度か、その繰り返し。 くらくらする―――――。 キスなのに、どうしてこんなにも恥ずかしいくらい、全てをさらけ出した気になるんだろう・・・。 「ケリ」 彼が顔を離して私を呼んだ。 目を開ける。 肩で息をする私の頬に、彼の乱れた吐息がかかる。 キャンドルの灯りだけが頼りのこの部屋で、昼間見た藍色の瞳は、私と同じ黒だった。 「あんた、すげぇ、甘い―――」 妖艶な微笑み。 彼の証である柑橘系のフェロモンが、はらはらと私に降ってくる・・・。 「・・・んぅ」 抑える事が出来なかった。 鼻から抜けるような私の声。 彼とキスを始めたあの瞬間から、もうどれくらいの時間が経ったんだろう。 彼の指が、唇が、想像もしなかった快感を私の体中に撒き散らしていた。 その器用な前戯だけで何度も果ててしまいそうになった私の意識を、 「俺を見て」 と、耳たぶを甘噛みしながら執拗に呼び戻す。 「あ、・・・ん、っ」 声を我慢しようと口を押さえるとその手を取られ、 声を圧し殺そうと意識を逸らすと、怖いくらい激しく、その指で高みまで上げられてしまう。 私の身体すべてが、彼の言うなりに操縦されていた。 肌の温もりが、愛しい。 汗ばんだ彼の切ない表情が愛しい。 私の名前を呼ぶ彼の声が、私のすべてをぐらぐらと揺する。 酔いも手伝っているとはいえ、私の体のパーツの何もかもが、快楽の中に溶けて行くような感覚だった―――――。 |