小説:ColorChange


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まずは始めてみませんか?
《 Acting.by アキラ 》


 ケリのマンションのエントランスを出ると、早朝にGPSで位置情報を取ったと電話してきた藤間が前庭の辺りに立っていた。
 オフなのをいい事に明け方までずっと携帯電話をOFFにしていたから、藤間はいつもにも増して難しそうな顔をしていた。

 「すっきりした顔、してますね」

 明らかな厭味。

 「まあ、ね」

 気にもせず、俺は目を細めた。

 「サングラスは?」

 ますます気難しい顔をして尋ねてくる。
 太陽が眩しい気がしたのは気分が良いからじゃなかったんだな、と馬鹿な事を考えて笑った。

 「忘れてきた。――ま、いんじゃない?」


 朝の通勤時間を過ぎた時間とはいえ、前の通りを走る車や、歩道を通る人が皆無なわけじゃない。
 危機感無し、という厳しい睨みが藤間から伝わってくる。

 実際、今回は俺自身が警戒すらしていないんだから仕方ない。
 彼女とのことなら週刊誌にすっぱ抜かれてもいい気がしていた。

 まあ、俺は良くても、ケリにとっては迷惑な話しか。


 「今、カカシが車まわしてます」

 そう言いながら路向こうを見やる藤間に、

 「藤間」

 呼び掛けると、心底嫌そうな顔を向けてきた。


 「スケジュールきつくても構わないから、オフ増やしてくれ」

 「――――"Stella"も入りますから、相当きつくなりますよ?」

 「企画モノの取材とか、移動時間を削れるようにコントロールしてみろ。お前にも勉強になるはずだ」

 「・・・都合良く教育制度吐きましたね、今」

 はあ、と藤間の大きなため息。

 「わかりました。一度、遠一さんに相談して許可もらいます」

 「よろしく」


 俺の言葉を最後に、しばらく沈黙が続いた。
 何か言いたげな藤間の顔を見飽きて、今度は俺がため息をつく。


 「――――何だ?」

 「"この事"、樋口さんには・・・」

 複雑な表情の藤間。

 「それに、"あいつ"との関係とか、色々、面倒くさい事になりませんか?」


 藤間が告げる、ケリとルビの関係。
 確かに今、最も気になるところかもしれない。

 今でもまだ鮮明に思い出せる。
 事務所の樋口さんの部屋で、

 『ケリ、アイシテル』

 優しく甘く、そのセリフが放たれた瞬間、彼を包む全てが、香り立つ淡い薔薇色に変わっていた時のこと―――

 樋口さんの言い通り、関係があってバックアップスポンサーをしているのがケリという事だろうか?

 つまり、
 想像するのも癪だが、ケリとルビが身体の関係を持っている可能性もあるという事だ。

 ただ、昨夜抱いた彼女の反応を見る限り、その考えはどうもイメージが違う気がした。

 ルビの視点からなら、ケリを抱く事は想像できる。
 ケリの視点からだと、

 『本当に、久しぶりだったの―――』

 少女のように頬を染めて言った彼女が、何かと引き換えに抱かれる事を契約するとは思えなかった。

 もしかすると、色眼鏡で見た俺の願望かも知れないが・・・。

 事務所の情報担当がケリを K's ケーズ のオーナーとして探し出せたのは偶然だったらしい。
 ロス地盤で"本宮ルビ"の情報を集めようとしたけれど本人のものは一切拾えず、替わりに、ケリ・Mの情報を幾つかだけ入手できた。

 そのうちの一つが、LAでは女性実業家に位置づけされているケリの新しい事業について取材していたローカル誌のインタビュー内容。
 母国である日本で、近く開店予定のあの店が紹介されていた記事だったというわけだ。


 「・・・樋口さんには、頃合いを見計らってから、俺から言うよ」

 「まあ、どっちにしろ樋口さんの目的は達成できたわけですから、本宮ルビのスカウトを認めさせるように、アキラさんが彼女に話せば終わりじゃないですか? そうすればきっと樋口さんだって」


 カシャン。


 何かが落ちる音が俺の背後から聞こえた。


 目の前の藤間は、俺の背中の後ろに誰かを見つめて気まずそうな表情で固まっていた。


 嫌な、予感―――。

 ゆっくりと振り返ると、やはりそこにはタートルネックとジーンズというラフな格好のケリがいた。
 風に揺れている髪を見て、今は緑色なんだな、とふと思った。

 「―――ケリ」

 俺が名前を呼ぶと、我に返ったようなケリはビクッと肩を震わせ、込み上げてくるものを堪えるかのように、両手でその口許を押さえた。
 それは、昨夜から数え切れないほど交わした俺とのキスを、全て否定するような仕草にも見えた。

 足元には、俺が置き忘れたサングラス。

 「ひどいわ・・・」

 震える声でそれだけ告げて、マンションのエントランスに駆け込んで行く。
 一瞬呆けていた俺は反応が遅れ、すぐに後を追ってみたが、エントランスのロックがかかった後だった。
 無意識に覚えていた暗証番号を打ち込もうとする。


 「やめて!」

 ガラス越しのケリの、怒った瞳。
 あんなに甘く俺を見ていたものが、こんなにも俺を傷つける刃物に変わる。


 拒絶


 そんな感情を漆黒の瞳の中に見て取って、俺は全く動けなかった。


 「―――さよなら」

 せっかく開きかけた幸せの扉が閉じていく。
 エレベーターの中に消えていく彼女を、俺はただ見送ることしかできなかった。








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