ケリの様子がおかしいのに気付いたのは、つい30分前に電話をかけた時だった。 生まれた時からの関係で、そして、僕だから気付けた事。 『そう? いつもと変わらないのに』 そんなふうに笑っていたけれど、僕は誰よりも間近でケリを見つめてきたんだ。 だから、電話という機械を通してたって、その声を聴くだけで、今どんな顔をしているかなんて想像は容易い。 一昨日連絡があった時は、 今、一番傍にいるウェイン・ホンに報告を出すように指示メールを送信して、しばらくすると返信が返ってきた。 「!」 それは信じられない内容で、僕は心底から湧きあがる嫌悪感と怒りをどうにか抑えながら教室を抜け出し、屋上へと足を進めた。 鉄の扉が閉まって遮断されたと同時に、着信履歴の中から発信する。 ウェインはすぐに応答した。 「――――ウェイン?」 学校の屋上で、僕は冷たくその名を呼んだ。 『申し訳ありません』 透かさず、謝罪が返ってくる。 「違うでしょ」 心が冷やかになっていくのと同じ速度で、屋上に吹き付ける冷たい風が僕の身体を冷やしていく。 「なんでケリが天城アキラと? そんな"接触"の報告は、僕、聞いていないよね?」 『・・・はい』 「これは"失態"じゃなくて"過失"だよ、ウェイン。彼を排除しなかった理由、僕が納得できるような説明はあるんだよね?」 『説明は、・・・できません。ただ』 電話の向こうで、ウェインが固唾をのむのが分かった。 『天城アキラを見て、私が判断しました』 「!」 僕は驚きで目を瞠った。 その言葉には、過去にまつわる事すべてが要約されて詰まっていて、かつ、ウェインがアキラを認めたという事を示していたから。 「―――分かった。もういい」 『ルビ、』 プツ、 強制的に通話を終え、スマホを何処かに投げつけたい衝動を理性総動員で抑え込む。 もしかすると、その物理的塊を握りつぶせそうなほどに、僕は怒りを感じていた。 ケリを傷つけた天城アキラの端正な顔を思い出して苛々する。 確かに、ジョニー企画の事務所で初めてあの人を見た時、普通の"いい男"とは違うような気はした。 ただ見た目が良いというだけじゃない。 男なら一度は憧れる姿と所作と、存在感。 色気があるのに、漂う男らしさ。 惹きつけるのは女性だけではないと思う。 俳優として成功している事がその証と言えるんだろう。 それでも、 例え、ケリが"傷ついて"しまうほどに"受け入れて"いたんだとしても――――。 「くっ」 僕は唇を噛んだ。 ウェインが何をどう見て判断したのかは知らないが、彼が"俳優"という職業である限り、僕は決してケリの相手としては認めない。 愛を天秤に乗せる人種は、もうケリの周りに必要ないんだ――――。 目が届かなかった今回は、僕もケリを傷つけた側になる。 これは、僕の罪でもある。 やっぱり、離れて暮らすんじゃなかったという後悔がひしひしと沸いてきた。 強く握りしめていた携帯が、電話の着信を知らせてきた。 表示されたのは、【 Stellaエリカ 】 この電話は、出ないわけにはいかなくて、仕方なく通話ボタンを押す。 『ルビ? 私よ』 「・・・エリカ? 悪いけど話す気分じゃ――――」 『冗談はやめて。今、成田よ』 「日本に着たの?」 『ええ。あなた、例の件が明後日だって分かってる?』 「!」 そうか――――。 僕は笑う。 「エリカ。すぐに僕の所に来れる? ――――いや、僕が行くよ。ホテルはどこ?」 気分も思考も、まるで反転したように晴れやかになっていた。 |