小説:ColorChange


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まずは始めてみませんか?
《 Special-Act.by トーマ 》


 その時間、本来ならまだ授業を受けているはずのルビから、ホテルのスイートルームに来るように突然呼び出されたのは数時間前。

 雇い主であるケリの意向を受けて少し前からルビのお目付け役兼ボディガードをしている僕は、彼の突発的な趣向に従うのも契約の内。

 急いで駆け付けて部屋に入ると、ロスに居るはずの樫崎エリカも居て、何故か僕はルビではなく彼女の方に、まるで糾弾される勢いで詰め寄られた。


 「聞いてよトーマ! ルビったら、今さら"Stella"とジョニー企画との契約内容を一部書き換えろなんて言うのよ!」

 「え?」

 「大事なケリがちょっ〜とデートに誘われたくらいでいちいち契約書き直してたら、協議するこっちの身がもたないわよ!」

 滅多に興奮する事のないエリカがいったん燃え上がると、クールダウンさせるのはなかなか難しい。
 彼女に詳しい説明を求めるとややこしくなりそうだと判断して、一人掛けのソファに座ったままムスッと頬杖をついているルビに向かって、僕は膝を折った。

 「ルビ。僕に分かるように説明してください」

 ルビは真摯に告げた僕を仕方なさそうに一度見て、そして再び外方を向く。


 「――――あいつを、ケリに近づけたくない」


 「それで?」

 「契約内容に、"向こう1年間の女性スキャンダル"を契約内容不履行となるような項目を盛り込みたい」

 「―――あのねぇ、ルビ」

 半ば呆れたような息をつきながら、エリカは仁王立ちで迎え撃つ態勢だ。

 「まず、それも困るわよ。うちは大半のユーザーが女性だから、女性スキャンダルは確かに注視すべき事だけど、天城アキラに関しては広報部でも問題ないと判断しているわ。ある程度の色気は必要なの! 彼が選ばれたのも、そういうフェロモンが一番票を集めたからでしょう? それなのにそのチャームポイントを封印してどうするのよ。本末転倒もいいとこだわ!」

 エリカの力説には筋がある。

 けれど――――、

 「ルビ。珍しく我儘を言っていますね」

 僕は嬉しさを隠せず、思わず声を上げてクスクスと笑った。

 いつも大人以上の知略で企業を引っ張っる彼を見ているから、ケリが聞いたら泣いて喜びそうなエピソードだ。



 エリカが腕組みをして仁王立ちでルビを見下ろす。

 「だいたい、ケリがそうそう誘惑されるはずもないでしょうよ。一度くらい K's ケーズ で接触されたからってなんでそんなに警戒する必要があるの!?」

 フレーズの後者になるほどに、金切り声に近くなっていくエリカの叫び声。
 ケリと居るようになって女性のそういう声を聴く事がなくなったから、耳慣れない不快さが少し湧き出る。

 「いい? これは社長のあなたへじゃない。親友としての意見よ。公私混同が過ぎてるわ。あなたらしくもない!」

 言い切ったエリカの厳しい目つき。
 興奮冷めやらぬ息の荒さが、肩の動きに見て取れた。

 しばらくの静寂。



 「―――――た」



 「「え?」」

 僕とエリカが同時に聞き返す。

 「あいつ、天城アキラ。僕が知らないうちにケリに近づいて、―――手を出した」

 「「―――えっ!?」」

 また2人の声が重なる。
 ムスっとした、ルビの表情。


 「うそっ!? ほんとにっ!? 凄いじゃない! 天城アキラ!」

 嬉々としたエリカの声。


 ―――エリカ、問題はそこじゃないと思うよ。



 「ところが――――、」

 悔しそうにルビが綴った。

 「実はそれは、僕をスカウトするための撒餌だったとケリにバレたらしい」

 「ねぇ、それいつの話?」

 「今朝」

 「――――」

 答えをもらったエリカは黙り込んでしまった。


 「つまり」

 ルビが足を組みかえる。

 「あいつは、ケリと何かを天秤にかけるという、僕がもっとも嫌悪する行為を遣って退けてくれたワケ。僕が言ってる意味、わかるよね?」


 天城アキラに対して、明らかに厭味に満ちた言葉を綴る。
 もともと 雰囲気 ムード を持っているルビが感情を乗せて話をすると、言魂が入っているかのように世界が出来上がる。

 僕とエリカは暫くの間、沈黙を余儀なくされた。

 「―――でも」

 エリカが口火を切った。

 「ウェインが、許したのよね?」


 その言葉に、僕は内心頷いた。
 これまでと同じように言い寄ってきただけの男に、ウェインがチャンスをあげたとは思えない。

 とすれば、

 ウェインは天城アキラにだけ特別に"何か"を感じたという事になる―――。


 「・・・」

 エリカの問いに、ルビは何も答えない。

 「だって、そうじゃなきゃ、アキラがケリに近づけるわけないものね?」

 食い下がるようなエリカの必死さに、ルビは噛んでいた唇を外して口を開く。

 「でも、ケリが傷ついたのは確かだ」


 頑なに言い張るルビは、これまでにないほど、年相応に僕達に甘えている。
 ケリを守れなかった事がよほど堪えているのかもしれない。

 僕も、ケリが泣いているかもしれないと想像するだけで、ここから駆け出したい気持だった。

 「"天城アキラを見て、自分が判断した"、ウェインはそう言ってた」

 憎らしげに唇を結んだルビ。

 やはり、ウェインがケリへと導いたのか・・・。

 僕はエリカの顔を見上げた。
 そんな僕の目線を拾えば、彼女も少しは冷静に思考出来る状態になったらしい。

 大きく深呼吸をして―――


 「いいわ、それじゃあ、」

 エリカは、自分でこれから語る言葉を自ら促すように何度も頷く。

 「ウェインに引き続いて、ルビのプランに乗ってもう一度賭けをしましょうよ。"Stella"の看板と"ケリ"、2つのご馳走が目の前にぶら下がった時、天城アキラが一体どういう判断をするのか――――」

 そうして、急遽、2日繰り上げのスケジュールを飲ませ、ジョニー企画との契約のテーブルについたのだ。



 結果は、先に語られた通り。

 "Stella"の看板とケリを、秤にかけるのか、それともケリを捨てるのか。

 ―――――予測は、すべて覆された。


 「俺はこの仕事下りる」

 天城アキラがそう宣言した時、ルビの動揺が背後から見てもよく伝わった。

 「アキラ!? 馬鹿を言うな! 違約金にいくらかかると思ってるんだ!!」

 「俺が払う」

 自らの意思を通すためだけの、潔いセリフ。

 「――――樋口さん、それならいいだろ?」


 (ウェイン・・・)


 遠一という男の笑い声が、室内に響く。

 「お前にここまで言わせるなんて、いったいどんな女だよ」

 「――――いや、別に、多分、普通の女だよ」


 妖艶な微笑みが、彼を纏う空気が、強く強く、色づいていく。

 多分、彼の脳裏には今、
 笑っているケリの姿がある――――。


 ああ、ウェイン――、

 賭けは、

 君の勝ちだったよ。








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