小説:クロムの蕾


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GREENISH BLUE
ENCOUNTER


 月曜日の朝一番。
 いつもと違う一日が始まるのだと、その事務の先生は身をもって教えてくれた。

 教室に運び込まれてくる一組の机と椅子。
 もう少しで朝のSHRというこの時間の出来事に、クラスの雰囲気は騒然とする。

 "転校生"


 「すげ〜、この時期に白邦に転校してくるなんて、どんだけ特例?」

 あたしの前の席に座っている藤倉君がぽつりと呟いた。
 確かに、とあたしも思う。
 通常、この白邦学園は編入を受け付けていない。
 もし強力なコネクションやら何やらで特別に受け入れる事になったとしても、編入のタイミングには学期始めが条件とかでとても厳しいらしいし、入学金や寄付金も通常より多額になるって聞いた事がある。

 二学期はもう残すところ半分になったこの時期に転校してこれるなんて、よっぽどの特例だ。

 「男かな? 女かな?」

 藤倉君が振り返って楽しそうに尋ねてきたその向こうで、


 ――――どちらのお血筋かしら
 ――――これだけ異例な時期ですもの、特別な方よ
 ――――家に連絡しておいた方がいいかな


 なんか、学生らしくないよね……。

 あたしが通っていた中学なら、

 ――――男ならイケメンじゃないとね!
 ――――女ならカワイイ子だといいな〜
 ――――ちょっと隣のクラスの子に自慢メールしちゃおう〜

 うん。
 これくらいの方が、なんか夢があって現実的。

 思わず苦笑したあたしに、多分同じような事を藤倉君も感じていたんだと思う。

 「よくわかんね〜よな、思考回路が」

 「だね」

 一般庶民とハイソサエティ上流階級のクラスメイトとの差は大きい。
 2人で顔を見合わせて笑い合った。


 けれど、訪れた"いつもと違う一日"の証は、そんな階級の違いなんか、一瞬で呑み込んでしまう。



 "彼"が教室に入ってきた時、あたしは天使が舞い降りたのかと思った―――――。


 「本宮ルビです」

 彼から放たれたのは、鼓膜を擽るような甘い声。

 クリーム色に近い、透き通るような金色の髪。
 日差しを映して光る、明るい黄金色の瞳。
 同色の睫はとても長くて、瞬きするたびに、妖精が光を振りまいているのかと思った。

 キラキラキラ。

 薄紅の唇は魅惑的で、色白の肌はまるで赤ちゃんの柔肌のようで、少しだけ目を細め、クラス中を見渡して微笑んだ姿は、まるで綿菓子のように優しく映る。

 白邦学園の象徴である白いブレザーと、布の端を示す真っすぐに刺繍された藍色の清潔なラインが彼の美しさをますます惹き立たせて、本当に、本当に、驚くほどに美しい人――――。

 身長も170cmはあると思う。
 スラリとした体形と大人っぽい雰囲気が、同じ高校1年生には見えなかった。

 ついさっきまで、打算であれこれ考えていた上流階級の皆さんも、1割以下の庶民のクラスメイトも、ただ、


 綺麗―――――


 それだけで、心を一つにしてしまっていたと思う。


 「本宮君はアメリカ生まれのアメリカ育ちです。言葉には問題ありませんが、もし文化や生活習慣などで困っているような事があったら、力になってあげてくださいね」

 担任の沙織先生がそう言って、やっと誰もが呼吸を取り戻したように我に返った。

 喧騒が少しだけ続く。


 ――――本宮、……本宮コーポレーションの会長
 ――――え? 血筋ってだけで弱冠14歳でグループごと会社を引き継いだって話題になってたあの?
 ――――業績あげてるのよ。パパが言ってた。先代よりもやり手だって
 ――――噂だけだと思ってた……本当に実在したんだ……


 見た目だけじゃなく、どうやら"凄い人"らしい。



 こんなに見た目が綺麗なうえに、生まれも育ちも良くって、学生なのにお金持ちだとか、本当に、


 「――――現代の王子様ね」


 ぽつりと呟いた特待生の女の子。
 やっぱり庶民は意見が合います。

 ――――こんなに素敵だなんて……お父様にお願いしなくちゃ……


 あ、でも、お嬢様方にも、やっぱり王子様は王子様に見えるらしい。


 「どうぞよろしく」

 騒ぎはなんのその。

 本宮君は、再びクラス中をゆっくりと見回した。
 凄い度胸。

 あたしなら、心臓バクバクで下ばかり向いてそうだもん。
 頬杖をついて、そんな本宮君をジッと見てたあたし。

 「……」

 何も考えないまま、廻ってきた彼の輝く瞳と、真っすぐに、

 視線が重なった――――。


 「!?」


 ……――――――なに?


 あたしの眼の中に、何かが撃ち込まれたかと思った。

 本宮君の瞳の中のヒマワリが、まるでズームをするように開かれて、こんなに離れているのに、直ぐ近くであたしの中を覗き込んでいるような気がした。

 ゾワリ、と体中に痺れが走る。
 不快なのか、何なのか、よくわからない感覚。

 あたしは思わず目を逸らす。

 自分の鼓動が速くなるのが、耳の後ろにとても響いてきて良く分かった。


 誰かに対してこんな感情は初めてで、自分でも凄く驚いたけれど、

 多分あたしは、少しだけ、本宮君が苦手なような気がした。








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