小説:クロムの蕾


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PINKISH
SWAY


 「千愛理〜、餅花の角(カク)、追加できる〜?」

 レジの辺りから聞こえてきたいつもより高いあかりちゃんの声に、

 「確認しま〜す」

 あたしは雪柳の枝を削っていた手をとめて、箱の中に入っている餅花の箱を開けた。

 「えっと・・・」

 餅花を添えた正月用アレンジの、予約分を活け終えた残りはあと3本。

 「あかりちゃん、ラスト3!」

 ドアが開いていると言っても、2面を冷蔵庫に取られた作業室はなかなか密室感が高くて、お腹から声を出さないと届かない。

 「了解〜」

 あかりちゃんの返事に、あたしの声がちゃんと届いていたんだとホッと息をつき、再び作業台の前に戻った。

 もう昼前なのに、まだ注文が入るんだ。

 嬉しい反面、終わりが果てに見えてしまう状況に、ちょっと怖さも感じてしまった。

 「・・・うん。とにかくやっちゃお」

 パチン、パチン、

 ――――――鋏を手に、アレンジに使い易いように雪柳の枝の長さやボリュームを整えていく。
 広いスペースには、今あたしが手を入れている雪柳の枝の他に、幾つかの箱が並んでいて、普段のアレンジメントには使う事のない、しめ縄や水引、金銀赤で作られたオーナメントがその中に入っていて、

 クリスマスの次にやってくる、お花屋さんの書き入れ時。

 今日は12月30日。
 お正月用のアレンジがフラワーショップ『あかり』で一番売れる日。

 今は、あまり気にする人は少ないらしいけれど、

 29日は"9(苦)"がつき、31日は"一夜飾り"と称って縁起が良くないとかで避けるのは昔からの風潮で、特にこの『あかり』は、二代に渡ってお店を続けてきているから、地元の顔馴染みのお客様がこの日を合図に一気に足を運んでくれる。

 大きいサイズのアレンジは配達になるから、終日お店はてんてこまい。
 去年までは、仕事納めをしたパパが一日手伝ってくれたりしていたけれど、今年は、クリスマス前にアメリカに行ったきりまだ日本に戻ってきていなくて、


 「千愛理、これ、追加の注文票。夕方に配達予定だってさ」

 「あ、ありがと、健ちゃん」

 作業室のドアの横のホワイトボードにマグネットで注文票を貼り付けたのは、あたしとあかりちゃんの泣きつきに、本日、快くヘルプに入ってくれた健ちゃん。

 お店の名前が入ったエプロンと、黒い長靴を履いている。

 「あと、言われたスプレー菊、水あげ全部終わった。バケツに移して表に出したから」

 「ありがとう」

 「しっかしま、――――――意外と売れるモンなんだな〜」


 首をコキコキと左右に振りながら、床に並べられた正月用の盛り花の群れを見て感心するように言った健ちゃんに、あたしは思わず苦笑する。

 「今年は特別。毎年の注文や売り上げ以外に、"Stella"を通して問い合わせがあった新規分が、例年の3割くらいを占めてるみたい」

 「へぇ? やっぱすげぇんだな、実績って奴は」

 「うん・・・」


 しかも、その3割と出たのは顧客数で、

 実質の売り上げは、新規注文分の単価が高い分、去年の180%になるんじゃないかって、昨日の閉店後、帳簿をつけながらあかりちゃんが目を丸くしていた。

 『"書き入れ時"なんて、昔の人はよく言ったものね〜』

 終わらない伝票整理に眉を顰めながらも、少しはしゃいだ様子のあかりちゃんを見ていたら、背伸びしても頑張って良かったって、心から思った。


 「――――――その割には、冴えない顔してんのな」

 「・・・え?」


 パチン、


 最後の1本の雪柳から、バランスの悪い房を切り落としたタイミングで、健ちゃんがあたしの額を指で突いた。
 反動で顔が上がったあたしの目に、健ちゃんの真剣な表情が映る。


 「・・・」

 「"ルビ君と付き合う事になった"って、クリスマスの夜、一人寂しくPCに向かってた俺にそんなメール寄越してからまだ五日なんだけど、なに? もう不協和音?」

 健ちゃんの唇が、悪戯っぽく片端を上げた。

 「・・・」

 「あ〜、その顔。結構ヤバいシチュ?」

 「――――――あの・・・」


 "エッチって、どういうのが、正解なの?"


 ――――――なんて、自分でも意味不明な質問、絶対に聞けない・・・。


 「・・・ルビ君、あれから、・・・忙しいみたいで」

 濁すように口を開いたあたしに、健ちゃんが少し目を瞬かせた。


 「――――――もしかして、連絡取れてねぇの?」

 「うん」

 曖昧に笑って応えたあたしは、なるべく平静を装えるように、散らかった枝や小花を片付け始めた。


 "また連絡する。年始には必ず会えるようにするから"


 マンションに送ってもらった後、あたしが出したお礼のメールにそんな返信をくれたルビ君からは、

 その後、一度も連絡が来ていない。



 「お前もか――――――」

 「・・・え?」

 思いがけない健ちゃんの言葉に、あたしは勢いよく顔を上げた。


 「俺も、クリスマスの夜にあいつから来たメールが最後なんだよね」

 「そう、なんだ・・・」


 あたし、だけじゃない――――――?


 もしかしたら、あたしの事、避けてるのかなって不安が、少しだけ収まった。

 何が何だかわからない内に、ただルビ君に全てを委ねたあの夜が、――――――もしかしたら、ルビ君にとって、



 ・・・あたしを嫌いになる要素が含まれていたらどうしようって・・・、

 この五日間、

 27日の朝に、"Stella"にアレンジの撤去をしに行った時も、照井さんや桝井さんに具体的にルビ君の事を訊くのは憚られて、
 けれど、ずっとモヤモヤして、――――――苦しかった。


 でも、連絡が取れないのがあたしだけじゃないなら、やっぱり仕事が忙しいって事なんだよね。


 『年始なら一緒に居られると思う。デート、たくさんしようね』

 そう言って、優しく笑ってくれたルビ君を、あたしは待っててもいいんだよね?


 なんとなく、ホッと笑みが零れて、


 ――――――あれ?


 冷えた頭に浮かび上がってきた疑問。



 「・・・健ちゃん、ルビ君と仲良くなったの?」

 「まあな。多分お前よりも連絡取り合ってるぞ?」

 「えッ?」

 「ま、俺からかける方が多いけど」

 あたしの頭の中は大パニックで、


 だって、健ちゃんがルビ君と顔を合わせたのって、あのホテルでのバイキングの時だけの筈――――――。

 なのに、


 「いつの間、に?」

 「あ〜、まぁ、いろいろと?」

 「で、でも、」


 そんな時間(タイミング)が、一体どこに――――――、


 諦めきれずにあたしが食い下がろうとした時だ。



 「健斗く〜ん、配達出るから店番(こっち)お願い〜」


 店の方から届いてきたあかりちゃんの声。


 「今行きま〜す。――――――というワケだから、あんま考え込むなよ?」

 「健ちゃ」

 「それに、もしかしたら、仕事っていうより・・・」

 「――――――え?」

 「あ、――――――まぁいいや。とにかく、お前は今日を乗り切るのが優先だろ?」


 真剣な眼差しで問われて、あたしはハッとする。


 「――――――うん」

 作業室を見渡して、浮ついた自分を戒めた。


 そうだった。

 あたしらしくない。

 しなきゃいけない事が、たくさんあるのに――――――。


 「でもま、それも恋の醍醐味ってヤツだ」

 健ちゃんの手が、あたしの頭をくしゃりと撫でる。


 「いいか? 恋愛ってのは不安と喜びの繰り返しだ。まだ始まったばっかだろ? ルビに何も確認しない内に、お前が勝手に迷子になって暴走したら、シャレになんねぇぞ?」


 ――――――うん。

 ほんとだ。
 その通りだ。


 「ありがと、健ちゃん」


 クリスマス前だって、屋上でキスしてから、戸惑ったままのあたしに、ルビ君は暫く連絡して来なかった。

 どうしてなんて、満たされてしまったあたしは、今更聞かなかったけど、

 あの薔薇が咲き乱れる温室の中でルビ君があたしくれたブートニアという行為を通して、
 その放置された長い時間が、決して不誠実なものじゃないと教えてくれた。


 「おし。いい顔。――――――じゃな」

 「うん。よろしくね、健ちゃん」

 「任せとけ」


 ガッツポーズを見せながら、急ぎ足で作業室を出て行った健ちゃんを見送って、あたしは次の箱を抱え上げる。

 出てきたのはラメを付けた葉牡丹。
 まだ固い花弁に、あたしが育んでいる恋は、きっとこんな風なんだろうと、想いを馳せる。


 ――――――大丈夫。


 だって、あの時とは明確に違う。

 あたしにとって、ルビ君は信じるべき信頼の恋人(あいて)。




 『どこに行きたいか、考えておいて』

 『嬉しい』

 『うん』


 ――――――あたしとルビ君は、ちゃんと心を通わせた、"約束"のある恋人同士なんだっていう事――――――。



 この事実一つで、なんて強く心が支えられるんだろう。

 けれど、心が弱ってしまうと、なんて弱い鎖なんだろう――――――。



 でも、

 どうせなら、強く支えられていたい。


 信じて、待っていたい。



 連絡が来たら、大好きって伝えよう。

 寂しかったよって伝えよう。


 そして、


 "いつ会える・・・?"


 そんなわがままを、言ってみよう――――――。



 そんな未来をご褒美に、

 今はちゃんと、


 自分が出来る事を――――――。



 「・・・」


 鋏を握り、茎の一線の見る。

 これから水を吸って、花の重さでどの方向へと傾いていくのかを、予想しながら鋏を入れる。


 うん。

 大丈夫。


 あたしの心は、ちゃんと、花に向かってる――――――。



 赤いダリアと、雪柳。

 芯に葉牡丹。

 しめ縄を中心に、幾つかの和飾りのオーナメント。



 「――――――綺麗に、生けてあげるね」



 願いを込めて、


 パチン。


 花の香りが溢れる作業室に、切り替えたあたしの心を表すような、潔い鋏の音が、小気味よく鳴り響いた。






 『――――――ごめん』


 開口一番、ルビ君からそんな電話が入ったのは、怒涛の忙しさを乗り越えて、やっと本日終了の札を下げて看板を中に入れ、健ちゃんとあかりちゃんの3人で、"お疲れさま"を兼ねた遅い夕食のピザを食べていた、22時過ぎの事。

 「――――――え?」


 久しぶりに聞いた大好きな人の言葉があまりにも衝撃的過ぎて、スマホを耳にあてた体勢で固まってしまったあたしを、作業台の正面に座る二人がぽかんとした表情で見つめている。


 ごめん、

 ――――――って、


 「・・・え? なに、・・・が?」


 嫌な想像が幾つも頭の中を駆け回るけれど、それがどんな事なのかなんて、一つだってピックアップしたくない。

 スマホが鳴って、ルビ君の名前を見た瞬間に反射的に受けてしまったけれど、席を立って離れて取れば良かったと後悔が走る。
 想定外の不意の謝罪に、心も身体も強張ってしまって、指先の動かしかたすら忘れてしまったみたい。


 『ずっと連絡出来なかった事、本当にごめん。――――――ちょっと色々あって、スマホがダメになって、壊れた媒体からデータ復旧に少し手間取った』

 「・・・」

 『今、僕ロスにいて』

 「・・・え? ――――――ロス?」

 思わず言葉を反芻したあたしに、

 「え? 何、ルビの奴、今ロスにいんの?」

 コーラを飲みながらあたしを見つめていた健ちゃんが、突然身を乗り出すようにして声を上げた。

 ――――――と、ほとんど同時。


 『――――――健斗?』

 スマホの向こうから、少し跳ねた声。


 『今の、健斗の声だよね?』

 「あ、うん」

 『・・・こんな時間に?』


 ・・・あ、


 「あの」

 ルビ君の声音がスッと低くなった事に反応して、あたしは慌てて言葉を紡ぐ。


 「バイト、お店の、手伝ってもらったの。毎年30日はかなり忙しくて、いつもはパパがいるんだけど、まだアメリカから戻ってなくて、だから、――――――あ」

 懸命に綴っている最中、突然手の中からスマホを取られ、

 「え?」

 驚いて顔を上げると、それを成した健ちゃんが平然とした様子で耳にあてている。

 「よ。俺、健斗。―――――そ。何、お前今ロス? ――――――ふうん? で? ・・・いつ帰んの? ってか、そっちって今、朝の5時くらいだよな? ――――――ああ・・・。・・・ぷ、――――――あ〜はいはい。――――――31日の11時発? って事は・・・日本(こっち)の正月(ついたち)の夕方くらいか。なら、明日の大晦日は千愛理かりるから。おじさん居なくて千愛理も暇だろうし、年越ししながら俺の誕生日祝ってもらう」

 「えッ?」

 置いてけぼりの状態で、その会話を見守るしかないあたしは、展開の速さについていけてない。

 満面の笑みで宣言した健ちゃんは随分とルビ君と打ち解けている様子で、
 その隣で、あかりちゃんもものすごい笑顔でピザを食べ続けていて、


 ・・・なんだかあたしだけが、この世界の傍観者みたい。



 「―――――お前ねぇ、俺の存在でムッとしてたらこの先――――――って、・・・あ〜、解ったよ。はいはい。――――――ほら」

 スマホを差し出され、あたふたとそれを受け取って耳にあてる。

 「――――――えと、・・・ルビ君?」

 『千愛理?』

 五日ぶりに聞くあたしの名前を呼ぶ声に、息が耳にかかった時の事を思い出して胸がキュンと苦しくなる。

 そして、


 『・・・千愛理。日本に着いたら、空港から直接会いに行くから』

 今度は、その内容にキュンとして、


 「・・・うん」

 返事をする声が、鼓動と同じように震えてしまった。


 『・・・それから、』

 言葉を切ったルビ君が、息を吸う気配が鼓膜に届いて、

 『・・・幼馴染の誕生日を祝うのを止めるほど、――――――僕の心は狭くない。・・・多分ね』


 ルビ君・・・。


 『ただ、――――――千愛理が、僕以外の誰かと"二人きり"になるのは、つまり、二人だけの思い出を作る事になるから、・・・あまり気分は良くないって事、それだけは覚えておいて』

 それは、あたしに対する、"恋人"としての権利を主張するもので、


 「―――――うん」

 あたしが、"信じて待つ"とルビ君に信頼をおいたように、
 あたしの背中を、"信じてる"と押そうとしてくれているルビ君に、凄く、深い"安心"を覚える。


 付き合っていくって、こうして、二人で少しずつ何かを積み上げていく事なんだと、まだ始まったばかりなのに、そんな事を実感として胸に記した。


 「あの、ルビ君」

 『ん?』


 この想いを、出来るだけ早く分かち合いたい。

 二人が一緒にいる事が、


 ――――――ううん。

 そんな建前、どうだっていい。


 会いたい。

 あたしが会いたい。


 ルビ君に、なるべく早く会いたいの――――――。



 「あたし、・・・――――――空港まで、迎えに行ってもいい、かな?」

 『え?』

 「・・・そしたら、ルビ君が家(マンション)に来るよりも、もう少しだけ早く会えるから」

 『・・・』


 ・・・あれ?


 ―――――齎されたしばらくの無言に、緊張が走った。


 どうしよう・・・。

 もしかして迷惑だったかな?


 色々思考を巡らせて、

 「あ」

 考えてみると、


 そっか・・・。


 「あの・・・」


 仕事だったら会社の人とかが一緒にいるかもしれないし・・・、



 「ごめんなさい、あたし」


 でも・・・、


 「やっぱり家で待っ」

 『千愛理』


 心とは反する言葉を、雰囲気(ちんもく)に負けて発しようとしたけれど、


 『――――――千愛理、凄く嬉しい。嬉しすぎて日本語でどう応えたらいいのか、考えちゃった』

 「ルビ君・・・?」

 『ほんとに空港まで来てくれる? 千愛理』


 沈みかけたあたしの心を、あっという間に引き上げてくれたルビ君の言葉に、

 「・・・うん! 行く。行きたい!」

 思わずあたしの声も高くなる。

 ふ、と。

 向こうから聞こえてきた微かな笑い声の後、

 『到着は――――――』

 何かを探る音がして、

 『――――――健斗の言う通り、日本時間の1月1日、夕方の4時過ぎかな。便名は後でメールするから』

 「はい」

 『・・・それから・・・、千愛理に紹介したい人も、一緒なんだ』

 「・・・え?」

 『僕の、母親。――――――会ってくれる?』


 ルビ君の、お母さん?


 「あ、――――――・・・もちろん、です」

 何故か顔が火照るように熱を持ち始めて、


 『ふふ。どうして敬語?』

 「・・・だって」

 『――――――大丈夫だよ。今は彼女も、"新しい恋"に忙しいし、君に意地悪する時間は無いと思う』

 「・・・え?」

 『ヨメシュウトメ、って言うんだよね?』

 「・・・ルビ君、それ、日本の特殊なドラマの影響、受け過ぎだと思う」

 『そう? リサーチは得意分野なんだけど』

 「・・・」


 それに――――――、


 "嫁"なんて、軽く言われると、正直困ってしまう。
 でも、ルビ君が意味を解って使っているのかどうかを考えると、凄く反応が難しい。

 付き合いは始まったばかりなんだから、こんな言葉遊びに、あたしが、意識し過ぎなのかな・・・?
 アメリカでは、恋人(ステディ)を親に紹介するのは当たり前みたいな風潮は、確かにあったけれど――――――。


 『――――――千愛理、ごめん、時間(タイムリミット)だ』

 「え?」

 『メールする』

 「あ、――――――はい」


 ―――――そして、間をおかず無音になったスマホを、思わずジッと見つめてしまう。



 「千愛理、ルビの奴、なんだって?」

 「今のが千愛理の彼氏? いまロスにいるの?」


 健ちゃんとあかりちゃんの問いは、ほとんど同時で、


 「うん。ロス。でも、お正月には帰ってくるみたい。・・・その時に、お母さんに、――――――紹介してくれる、みたい・・・」



 「――――――んん?」

 片眉をピクリと動かした健ちゃんと、

 「あら、やだ」

 目を輝かせるあかりちゃん。

 正面に見ていると、その温度の差は歴然で、


 「なんだかラブラブじゃな〜い。良かったわね、千愛理」

 「――――――ったく・・・、ルビの奴」


 大きく息をついた健ちゃんは、最後のピザの一切れを頬張りながら、何かを真剣に考えている様子だった。






 「あのさ、千愛理」

 タクシーのハザードの点滅が光となって入ってくるマンションのロビー。

 深夜になってしまったあたし達の帰宅を心配したあかりちゃんが、疲れ切った自分の運転よりも・・・とタクシーを手配してくれて、道順的に先に降りたあたしを出入口(エントランス)までエスコートすると言って一緒にタクシーを降りてきた健ちゃんが、本当に唐突に切り出してきた。


 「もしかして、ルビと――――――シタ?」


 「――――――え?」


 ・・・した?

 一瞬、頭が真っ白になって、


 「・・・えッ!?」

 言葉をやっと呑み込んで、弾かれたように健ちゃんを見上げると、

 「健ちゃん・・・?」

 意外にも、健ちゃんはあたしを茶化す風じゃなくて――――――。


 「いや、別にそれをどうこう言うつもりじゃなくてさ、――――――なんつうか」

 それどころか、もの凄く真剣な表情で唸るように天井を見上げ、

 「あのさ」

 それから改めて、いつもの優しい眼差しをあたしに向けた。


 「・・・ルビの奴、もしかすると、本気の恋愛には、"自制"とか、利かなくなるタイプかも」

 「――――――え?」

 「今の段階でアレだからな。ちょっと想像つく」

 「・・・」

 「ま、それが千愛理に合うかどうかは、今はまだわかんないだろうけど、――――――もしお前にとって、ルビとの関係が窮屈(きつ)くなったら、一人で抱え込まずに、必ず俺に相談してこいよ?」

 キツくなったら――――――って・・・、


 「そんな顔するなって。ただの保険だ、保険」

 「・・・」


 なんだか、返す言葉が見つけられない。


 多分、黙っていても色んな人が寄ってくる健ちゃんは、幼馴染のあたしが知らないところで、恋愛の経験もそれなりにありそうで、


 「好きってベクトルが、時々本人の意図しない方向に進むのも、恋愛ってヤツだからさ」

 そう言って目を細める健ちゃんは、"先輩"って感じだ。


 ――――――確かに。

 あたしだって、ルビ君の過去の存在(おんなのひと)に、嫉妬という自分の感情が制御しきれなくて、その醜さに泣きそうになった事もあった。


 "あの"ルビ君が――――――、

 あたしとの事で、そんな風に自分を持て余すとは思えないけれど・・・、


 「・・・わかった。その時は、必ず健ちゃんに相談するね」


 しっかりと頷いて答えたあたしに、


 「おう」

 健ちゃんはようやく、ホッとした様子で頬を緩めた。








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