小説:クロムの蕾


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GREENISH BLUE
PROCESSED


 土曜日、叔母であるあかりちゃんが経営するフラワーショップ『あかり』で出会ったお客様からの不思議なご縁で、R・Cという会社の所有する店舗のフラワーアレンジメントを一部担当する事になったあたし。

 了承した後の、あたしに交渉しに来てくれた桝井さんの行動は早かった。
 その翌日、つまり昨日の日曜日には家にやってきた桝井さんとパパとあたしとで話し合い。

 最初は胡散臭げに桝井さんを見てたパパも、事の経緯と、予想される最悪の結果について包み隠さず正直に話してくれた彼に好感を持ったみたいで、最後はビールで乾杯してた。
 その話の端々を聞きかじって分かったんだけど、R・Cって会社はアメリカで結構堅実な投資会社で、あたしでも知ってるジュエリーブランド"Stella"は100%子会社になるらしい。

 話し合いの結果、パパを納得させる為でもあるんだろうけど、一介の女子高生のあたしには分不相応なくらいの好条件の元、その仕事にチャレンジさせてもらえることになった。

 1、アレンジの活動は土曜もしくは日曜日のみ(学生の本分を忘れてはいけないとパパの要望)
 1、移動は専用車で送迎(これは桝井さんが絶対に外せないと豪語。店舗の都合上、早朝、もしくは夜になる事も否めず、未成年を危険に晒せないというのが理由)
 1、テストの前の週は活動は休止(これはあたしの要望。うちの学園、赤点とると追加プログラムが恐ろしくハードなんだもん)
 1、あくまでもフラワーショップ『あかり』のスタッフとしての活動とすること(これはあたしとパパの要望)

 あたしにとって、一番重要なのは4つ目だった。
 だって、あたしは個人名を売りたくて決意したわけじゃない。
 もちろん、それが結果的に将来につながる事も分かっているけれど、引き受けた最初の目的を忘れちゃいけないんだ。

 今後のために、フラワーショップ『あかり』の佐倉千愛理としてキャリアと積みたい。
 だから、契約はフラワーショップ『あかり』で進めてもらった方が全然いい。


 つまり、アレンジメントをする報酬は、使用するお花をフラワーショップ『あかり』から仕入れる事でバイト作業の一環として、R・C側から個人的には受け取らないって事で納得してもらった。
 生意気を言うようだけど、ちゃんと業者として出張アレンジのビジネスをさせてもらいたかったんだ。



 『材料の仕入れを叔母さんのトコにする件はまったく問題ないけどね、それじゃあ千愛理ちゃんが損するよ?』


 そう言って難しい顔で渋っていた桝井さんは、「お花は贅沢に使わせてもらうから」と言うあたしの説得でどうにか頷いてくれた。


 ただし、売り上げがアップした場合の販売促進マージンについては会社の都合上、必ず受け取ってもらわなければ困るというオプション付き。

 それには、こちらが仕方なく折れる事とする。

 パパと桝井さんは時々、社会の雰囲気を漂わせる難しい単語で会話をして、そんな2人の傍に座るあたしは何となく居心地が悪かったり、ちょっと大人な気分になったりとなんだか忙しなく複雑な気分だった。



 初仕事は、店舗との調整が付き次第、桝井さんから連絡が入る予定。

 こうやって学校に来ている時でも、いつ連絡が来るんだろうと、なんだかドキドキしてしまっている。

 身内のお店でアレンジしているのとは、やっぱり緊張度が全然違うのかな。

 でもそれってつまり、お金を払う限り、お客様にとっては例え高校生でもプロなんだという事について、あたしはの中にはまだまだ甘えがあったのかもしれない。


 "あかりちゃんのお店"という甘え。


 それが実感できただけでも、早速すごい収穫だと思う。



 ――――――
 ――――

 月曜日。
 朝のSHR前。
 週明けの喧騒はいつも通り。

 あたしが座る窓側最後尾の席から教室を見渡すと、1割以下の一般の生徒は勉強以外の事に余念はなく、お嬢様とご子息方は、週末の報告とお互いのご機嫌伺いに忙しそう。

 何となく人だかりに目がいくと、相変わらずの涼しい顔をした本宮君が、複数の女子に囲まれていた。

 けれどその女子メンバーは、先週まで当たり前のようにそこに居たいつもの3人じゃない。

 今、本宮君を囲んでいる彼女達は、ミナコさん達のような"家柄系"じゃなく、由緒正しい歴史はないけれどとにかく大金持ちという"財力系"のお家の子達。

 "〜系"についての説明は、分類が細かくてこれ以上は無理。


 何気なく"家柄系"の彼女達を探して見ると、元・取り巻き3人組はミナコさんの席で彼女を囲みながら、話の合間合間に羨ましそうに本宮君の周りの女子を見つめていた。

 あたしを牽制しようとした必死な顔をが思い出される。

 なんだか、切ないな――――。



 胸が少しだけ痛んだその時、

 「はーい、始めるわよ〜」

 沙織先生がメゾソプラノの聴き心地のいい声で教室に入ってきた。

 一気に教卓へと視線が集まる。

 同性から見ても綺麗な沙織先生はいつもの優しい口調でクラスの点呼を取り始め、あたしはついさっきまで考えていた胸の痛みの事を、その清々しさにすっかりと塗り替えてしまった。


 ふと、本宮君の横顔が目に入る。


 「……あ」

 本宮君は、ジッと沙織先生を見つめていた。

 その視線は、まるで射るように、そして挑むように……。

 見つめていると、なんだかあたしの胸もドキドキしだした。


 ゾクリと蘇ってくるあの感覚。


 もしかして、

 今、先生も、あの覗きこまれる感覚を感じているのかな―――?

 と思っていたのに……、



 「――――何か質問でもあるの? 本宮君」

 当の沙織先生は、真っすぐにあの視を見返している。


 あれ?

 沙織先生は平気なのかな?

 でも……考えてみたら、本宮君の目線が変だなんて噂、誰もしない――――。


 って事は、、あたしが変なの!?

 本宮君が転校してきた初日、見つめ合って、……というより、

 観察された結果、あたしはまるで身体を乗っ取られるような、あの変な気分に襲われた。


 でも考えてみれば、あの変な感覚が本宮君のあの視線のせいなんて、そんな証拠はないんだもんね――――。


 うん。

 気のせいだったと思う!

 アレは別の何かだ。
 貧血起こしてたとか、朝ごはんが少なかったとか、あたしの事だもん。

 きっとそんなトコ。


 ふと、あたしの視線に気付いたのか、本宮君がこちらを振り返った。
 あたしは思わず顔を逸らす。


 あたし……感じ悪いかも。


 ごめん、本宮君。
 悪気はないんだけど、どうしても、苦手意識が働いちゃって――――。


 「それじゃあ、よい一日を」

 言いながら、沙織先生が教室から出て行くのをぼんやりと見つめる。


 ―――そうだ。

 あたしまだ、ミナコさん達から助けてもらった事、ちゃんとお礼言えてないんだよね……。

 今度、言える機会があると、いいんだけど……。


 そんな事を考えながら、あたしは1時限目の教科書を机から取り出して準備を始めた。








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