小説:クロムの蕾


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GREENISH BLUE
PROCESSED


 先週、部活舎で起こした佐倉千愛理との一件に関して、例の愚かな3人もさすがに自分達の立場を理解していたようで、登校して席に着いた僕の周りには、いつもとは違う女の子達が集まってきた。


 「本宮君とお話してみたかったから嬉しいわ。いつもバリケードが張られてたんだもの」

 「家柄だけは凄いんだけど、会話とか、お固くて全然楽しくなかったでしょ?」

 「わたしたちは、もっとフランクに本宮君とお友達になれるわよ」

 クスクスと笑いながら、例の3人について遠まわしに中傷しつつ、今後の事をアピールしてくる。


 「ありがとう。いつもと雰囲気が違ったから、クラスの人に嫌われたのかと思ったよ」


 面倒くさいから適当に答えておいて、


 「そんなはずないじゃない〜」

 「あ、私の名前は〜」


 自己紹介をしているようだけど、笑って頷くだけでまともに相手はしない。


 相変わらずの教室内。

 僕に関心がないか、チラチラ盗み見るか、こうやって寄ってくるか。

 これからの日常がこの繰り返しになるのだとしたら、ケリの言う普通の学園生活は、やっぱりあまり期待できるものではないと思う。



 ――――。


 ふと視界に入ってきた千愛理は相変わらずふわふわしてて、やっぱり小型犬を連想させる挙動で教室内をキョロキョロと見回していた。


 (……まったく)


 呆れてモードでその様子を眺めている内に教室の引き戸が開けられて、このクラスの担任である沙織先生が入ってきた。


 「はーい、始めるわよ〜」


 そう高くなく、心地いい柔らかな声音。

 グロスが光るその唇はふくよかで、きっちりと着込んだオレンジの冬生地のスーツが良く似合っている。

 彼女が生徒の名前を呼ぶたびに、パーマがかかる黒髪がくるんくるんと肩上で揺れた。



 朝の光が反射して、ナチュラルなメイクの肌色が輝いて見える。


 僕に揺らされて、あの肌が赤く染まって髪が揺れるとき、彼女はどんな顔をして啼くんだろう。



 強く興味を駆られ、狙いを定めるように沙織先生をジッと見つめる。

 目が合った瞬間に僕のすべてを注ぎ込む。

 彼女の瞳孔を覗き込むように、一心で絡むように動きを欲する。



 「――――何か質問でもあるの? 本宮君」



 僕の願いは儚く散らされた。


 全く反応していない様子の沙織先生。


 彼女が僕の視姦に反応したら、少しは楽しめたはずなのに――――。



 「―――いいえ」



 本当に、クリスマスにはロスに戻って、まだ繋がっているセフレを呼び出すしかなくなりそうだ。


 別にセックス依存症というわけじゃない。

 ただ、ケリと離れることによって、物理的な人の温もりがとても欲しくなっている自分に気づいている。

 そして気づくと、それは欲求となって、望めないとなると更に渇望が増す。


 (……こればかりは仕方ない)


 SEXができるなら、誰でもいいわけじゃないんだ。

 それでいいなら街中を歩いて引っかければいい話。

 でも、


 まずは僕のこの"視"に反応すること。


 それが、僕の相手をする女性に求められる絶対条件。



 (――――いいこと? ルビ。あなたのこの情熱的な眼差しに感応する女性が、きっとあなたを幸せにする)


 そう言って、決して『自分が幸せにする』とは言ってくれなかった僕の初めての女性ひと

 たった一晩だけ巡り合った彼女が、僕の耳元から植え付けていったそのルールを、やがて3年が経とうする今でも、なぜか破る事が出来ずにいる。



 「?」


 視線を感じて振り返ると、千愛理が僕を見つめていた。

 恐らく、沙織先生に向けた僕の視線を感じ取ったのだと思う。

 僕と目が合いそうになると、まるで逃げるように目を逸らした。



 千愛理に、何年後に出会えれば、僕は素直に喜べたんだろう――――。



 そう考えて、ため息をついた。

 結局のところ、千愛理が僕の視姦に反応したとしても、肝心の"僕"が反応しないんじゃ、全く意味が無い事なんだ。


 "据え膳食わぬは武士の恥"という諺が日本にはあるけれど、
 勃たない男に問題があるのか、勃てない女に問題があるのか、状況によっては意見が分かれるところだと思う。


 まあ、千愛理が「どうぞ」と寝転がっている前提じゃないから、結論にも意味はないけどね。


 2時限目の後のロングの休憩時間。
 他のクラスの女子もやってきて、僕の周りの人口密度が上がった。

 辟易した僕は、トイレに行く振りをしてそのまま1階の購買部まで行き、ズボンのポケットから財布を取り出して水を買った。

 予鈴が鳴り、続けて本鈴が響くまで死角になる場所で待機。

 人影がなくなッた頃に、渡り廊下を使って部活舎の方へと向かう。



 辿り着いた2階の美術部室。

 施錠されていないそのドアを開けると、中の空気のホコリっぽさが喉にかかる。

 この部室の使用権利を有する美術部は暫く活動をしていないらしく、放置されているキャンパスに日々積もるホコリはその証拠と言っていいはずだ。


 つまり、この奥に見つけた隠し部屋は、今後、問題なく僕のプライベートルームに出来そうだった。

 部室の奥に進み、荷物が積み上げられたその後ろに隠れているその扉を確認する。


 (アレ? 開いてる?)


 少し開いたその隙間から漏れる光。
 そして、声を潜めた話し声が聞こえてくる。


 「……って、この前からの約束でしょう? ねぇ、圭吾さん?」


 この声――――、


 「最近ほとんど顔も合わせてないのよ? 仕事が大事なのもわかるけど、……ねえ、圭吾さん?」


 その後、暫く無言が続いた。


 「―――信じられない……」


 ああ、途中で切られたのか。


 「圭吾さん……」

 泣きそうに、震える声。



 僕は、扉を開けて中に入った。

 別に音を立てない努力をしたわけじゃないけれど、彼女が侵入してくる僕に気づかなかったのは自分の感情で精一杯だったからだと思う。

 もうすぐ彼女の肩に手が触れようとした時、

 ガタンッ

 僕の脚が置かれていた机の角に当たってしまった。


 ハッと顔を上げる彼女。

 視線が交差する。


 「え? もと、み、く……」


 僕の名を呼ぼうとして、泣き濡れた自分の状況に気づき、顔を真っ赤にした彼女は乱暴に頬の涙を掌で拭っていく。

 オレンジ色のスーツが、汚れで曇ったガラス窓から差し込む光でパールを含んでいることに気づいた。

 机に、持っていたペットボトルを置く。

 「――――沙織先生」


 僕が呼びかけると、彼女は深呼吸をするように肩を上下させた後、微笑んだ。


 「どうしたの? この校舎は何もないのよ? ……よくこの部屋がわかったわね」

 「先生は?」

 「私は、美術部の顧問だったから」

 「そっか。―――表の部室、使われている様子がないけど、活動停止中なの?」

 「違うわ、アート部って名前に変えて、新部活舎に引越ししてるの」


 話は軽快に進みながらも、浮かべた作り笑いが痛々しい。

 でも、ルールを破る気はさらさら無いから、さて、どうやってここを――――、


 ……?


 僕を見つめてくる沙織先生。
 教室で見る時とは、全然違っている瞳の揺れ。


 泣いているからかと思ったけど、……そうじゃない。


 僕は、もう一度、彼女の目を見つめた。
 目が合って、中を覗き込むように視線を集中する。


 「あ」


 開かれる沙織先生の唇。
 さっきよりもはっきりと分かる、困惑に揺れている眼差し。


 ―――少し弱いけど、僕の送る視姦を、確かに感じている……


 なんで?


 指を、ゆっくりと彼女の唇に近付けて行く。
 反応するのなら、僕は遠慮しない。

 でも確かめないとね。


 なぜ今は反応するのか?


 目を逸らさないまま彼女の前に立ち、僕は指でそのふくよかな唇をなぞった。


 「本、宮、くん?」

 「ごめんね。本当は先生の電話、ずっと聞いていたんだ」

 「……え?」

 唇から指を外し、そのまま髪の毛を絡み取る。

 「もしかしたら、慰めてあげられるかも。心はきっと無理だけど、身体なら、ね」

 「本宮君―――?」


 その黒い瞳に僕の視線を合わせたまま、そっと髪の先にキスを落とす。
 ビクッと沙織先生の身体が震え、

 「やめ……なさい」

 「どうして?」

 「どうしてって……」



 沙織先生は、考えを巡らせるように間をおいて、

 「あなたに手を出したら―――犯罪よ」

 「ふうん……」


 言葉と、声音は裏腹だ。

 "理性"と"女"が、彼女の中で犇めき合っている。

 瞳が、グラグラと揺れている。


 「それ以前に、私はこれでも―――教職者なの」


 教職者。

 ああ、――――そうか。
 彼女は信仰者と一緒なんだ。

 先生である内は、官能には溺れないという自制の存在。
 でも今は、まだ目を逸らさずに見つめ続けている僕から、沙織先生は意思でもって逃げようとはしていない。

 こうして受け止めているこの時点で、もう僕に囚われていると言っていい。


 「本宮君なら……女の子には不自由しないでしょ? こんな年上じゃなくて、もっと、――――ッ!?」


 彼女が続きを言えなかったのは、僕がその唇の間に指先を入れたからだった。
 そこで触れた唾液を掬い、沙織先生に見せつけるようにしながらそれを舐めた。


 「先生……、これも、キスに入ると思う?」

 指先に音を立ててキスをすると、


 「……あ」

 反応するように、そしてそれを戒めるように、彼女は自らをギュッと抱きしめた。


 「―――先生」

 手を伸ばして、指先を彼女の顎に添える。


 「確かに僕は、その気になれば女の子に不自由はしないけど、抱き合いたいのは今、寂しそうにしている先生だよ?」

 「や、めて」

 「それに、"僕が"先生に手を出すんだ」

 「本宮く……」


 泣きそうになりながら呟く先生を余所に、僕は見つめ合ってから初めて、目を閉じた。

 そうした僕に釣られるように、理性に抗っていた沙織先生も、ゆっくりと目を閉じていくのが最後に見えた。

 合わさった唇から、まずは口紅の色を落とすほどに舐めつくして、そして舌を挿し入れて行く。
 両頬に手を添えて時々頬や瞼にキスをすると、塩っぱい涙の味がした。



 「ん、……本宮、く」

 「……」


 本宮君―――

 なんとなく、そう呼ばれるのは胸が騒いだ。
 沙織先生の耳たぶを食みながら、


 「ルビ。ね、―――名前を呼んで?」


 囁くと、

 「……ルビ、君?」

 潤んだ瞳が僕を見上げる。


 「先生、可愛い」

 首筋に何度もキスを落として、スーツの前ボタンを外していく。


 「跡は、つけないからね」

 「ん、……ッ、ああ」


 ランジェリーの隙間を縫って、柔肌をなぞるように口に含む。
 不安が消えるように背中を何度も撫でつけて、再び唇に戻ってキスを再開、僕もブレザーを脱ぎ始めた。


 「はあ、……あッ」


 舌の奥まで吸いつくすように深くキスを重ねると、沙織先生の膝がガクンと落ちた。
 慌てて左腕でその細い腰を支えて、ついでにスカートのホックを外す。


 「先生、スカート、脱いで? 足元に落とすと、汚れるかもしれないから」

 「あ……」


 こんな時に、少しだけ我に返ったようになるから、そうする間も全身を撫でるのをさぼったりしない。
 自らの意思で抜いだスカートを、沙織先生は机の上にそっと置いた。

 「きて」


 手を引いて、前回来た時に掃除しておいたソファに座らせる。

 「ルビ、君……」

 「僕のキスで、僕の指でどれだけ感じても、その先の快感は先生だけのものだから、目を閉じて、素直に好きな人を思い出すといいよ」

 「……え?」


 困惑に首を傾げた沙織先生を、僕はゆっくりと押し倒した。

 「僕たちの間に、ルールはたった1つ。僕とスル時は、心と身体を別にする事を躊躇わないで」

 「ルビ君―――」

 「大丈夫……」

 優しく髪を指で梳く。
 沙織先生の目尻から、涙がぽろぽろと溢れてくる。


 「寂しいって、僕に甘えたらいいんだ」

 「うぅ……、ん」

 「そうして欲しくて、誘ったんだから」


 泣き崩れそうなところにキスをする。
 角度を変えて熱を堪能している内に、沙織先生の苦しげだった嗚咽は止まっていた。



 乱れた服が、そこから覗き見える柔肌が、


 「先生、すごく、綺麗だ――――」

 「―――ッ」


 先生の両腕が僕の首に廻った。
 閉じられていた脚が、僕を導くように開かれていく。

 「ストッキング……」

 僕が気を遣ってそう言うと、沙織先生は首を振った。

 「替え持ってるから、好きに、して」

 「そう?」

 爪を立てて、肝心な部分だけに穴をあけて広げていく。


 「なんだか、慣れてる……。本当に16歳……?」

 「―――まだ誕生日きてないから、15歳」

 「え?」

 「道徳心が崩れていく?」

 「……」

 沙織先生は、また首を振った。


 「不思議……。あなたとの事は、まるで癒しの儀式みたい……」

 「―――よく言われる」


 そう言って僕がチュ、とキスを落とす間も、佐織先生はうっとりと手を伸ばして僕の前髪を梳きながら、目を逸らさずに見つめてきた。

 「綺麗ね……」

 琥珀の中にくっきりと浮かぶこのヒマワリ模様は、女性を誘う蜜なのかもしれない。

 こうして夢中に見させておいて、見返している内に僕は相手の中に入り込む。

 蜜に酔った蝶を捕えたように、その奥を想像して深く見つめているうちに、沙織先生の瞳孔が反応して微かに開き、今までにない反応で沙織先生が僕の視姦に打ち震えた。


 「……あ……」

 無意識に開かれた口から甘い声が漏れる。
 その唇に、指を微かに触れさせる。

 ピクリと反応する身体。

 本当は、繋がっている時の方が効果は抜群なんだけど、乱すのはもっと先の楽しみにしておく。


 「え……? あ……ヤ……」

 体中の水分が波打って、その最後の返しが痙攣のように全身を揺らした。


 「な……なに? 今の」

 「いいの。今はただ、感じてて」

 「え? ―――あッ、んん」


 荒い息が秘密の部屋に反響する。
 試すような意地悪な水音と共に、密閉された室内には卑猥な匂いも立ち籠めてくる。


 「あん、ふ、……あぁ」

 「先生」

 「ルビ、君」

 「先生」

 「や、ッ、ルビ君、あぁ……、」


 何度も呼び合って、敏感な所への愛撫を繰り返し、2人の息があがるころ、沙織先生の身体はピンク色に染まっていた。

 僕は財布から取り出していたゴムを封を切り、装着する。



 「目を、閉じて」


 素直に閉じられる沙織先生の眼。
 片脚を持って、ゆっくりと彼女の中に入る。


 「んんッ」


 「誰が見える?」


 「……」


 「言ったでしょ? 心と身体は別にして。目を閉じたら、見えるのは誰?」


 「……ん」


 ゆっくりと腰を動かしていく。


 「ああ、……ごさッ」


 快感を漏らす声を制しようと口にあてた右手に、キラリと光ったプラチナリング。

 この護符は、残念だけど僕には効かない。
 本当に守りたければ、こんな指輪よりも、言葉や行動なんだ。
 捨てられるべきは、義務を放棄した夫の方だ。

 僕とのSEXで変わって行く沙織先生を、"ケイゴさん"はどこで気づくかな?


 「け……いごさ、ん」


 僕が腰を振る度に、パーマがかかった髪が従順に揺れる。

 いいね。

 その甘い顔が見たかった――――。


 今日は初めてだから、手加減してあげるよ。



 「あッ……圭吾さん!!」


 身体がぶつかり合う音が激しくなる。

 「いや、ああっ!」

 「く、……センセ」


 右手は、強く沙織先生の左の指先を絡め取り、
 左手では、その腰を逃がさないように引きこんだ。

 「あ、イクッ」

 「……ッ」


 激しく打ちつけた果てに、全身が吸い取られるような放出感。
 骨髄を走る雷のような快感。

 同じタイミングで、先生の身体もピクリピクリと反応している。


 多分、身体の相性が良いんだ。
 そしてきっと、彼女もそれを感じた。



 僕と沙織先生は、ソファから落ちそうなほどの快感の余韻を共有した後、

 ――――繋がったまま、お互いの呼吸が鎮まるまでと、暗黙の了解で抱き合ってその火照りが鎮まる静寂の時をゆっくりと待っていた。








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