昼休みを知らせるチャイムが鳴った。 ほとんどの生徒達は学食へ向かって行く。 一般家庭の生徒は自前のお弁当とか菓子パンとかを自席でのんびり食べる感じで、あたしも今日はお弁当組。 机の上にお弁当を出して、ハンカチの包みを解く。 まずは自信作の卵焼きから……と箸の先で掴みかけた時だった。 「あら、本宮様、いらっしゃらないわ」 「もうどなたかとお昼に行かれたのかしら」 「え〜?」 他のクラスからやってきた数人の女の子達のがっかりした声。 ふと、本宮君の顔を思い出す。 (誰かと……一緒、なのかな?) あの天使の雰囲気に惹かれて、もう何人もの女の子が告白してるって噂で聞いた。 彼女……出来ても不思議じゃないか。 「だから、……なのかな?」 最近の彼は、授業をさぼる事が多くなってきた。 今日なんか2時限の後の休憩時間からずっと戻ってきてない。 それでも、先生方の間で全く問題になっていないのは、転校してきて3日目に行われた中間テストでいきなり満点トップになったからだと思う。 次の全国模試が楽しみですな〜なんて、職員室で学園長と学年主任の先生がホクホク話してるの聞いちゃったし。 『どうするの? 泣くの? それとも戻るの? ここまで連れて出したし、別に泣くまでは付き合わなくてもいいよね?』 あの時の本宮君……なんだか話し方とか、随分イメージと違ってたような気がする。 遠くで聞こえる彼の言葉は、もっと甘くて優しい感じだった。 やっぱり、あたしが苦手って感じているように、本宮君もあたしの事が嫌いなんだと思う。 「……」 誰から見ても王子様な人に嫌われてるなんて、想像するだけで哀しくて寂しいんだな――――。 なんとなく物悲しさに感動している時だった。 「千愛理」 呼ばれて、ドキッとする。 顔を上げると、長い黒髪が白いブレザーの制服に映えて可愛らしい、1人の女の子が立っていた。 「千早ちゃん……」 「噂の転校生を見に来たんだけど、残念。いないのね」 「うん―――」 頷いて、俯いてしまう。 「お弁当、作ってきてるんだよね。千愛理の卵焼き、美味しそう」 「……」 「そういえば小さい頃、千愛理が作ったお菓子、食べた事あったね」 「そ、だね……」 「顔あげてよ。人が見たら変に思うでしょ?」 「うん――――」 改めて顔を上げると、にっこりと微笑んだ千早ちゃん。 「今年のクリスマスパーティは千愛理も来るんでしょ?」 「―――うん」 「お祖父ちゃんのご命令だものね。あたしも仕方ないから我慢する。―――で? 誰にエスコートしてもらうつもりなの?」 「……え?」 「パートナー同伴でしょ?」 「あ、」 「判ってると思うけど、花菱のパーティなのよ? 幼馴染とか、そういうのはやめてね?」 「……」 チラリ、と。 あたしはここ1ヶ月近く空席が続いている健ちゃんの席を見た。 いざとなれば、パーティの同伴者は健ちゃんにお願いしようと思ってたあたしは意気消沈。 「千早ちゃん……は?」 「あたしはたくさんの候補の中から選別中なの。せっかくだから、王子様だって騒がれてる転校生も見に来たのに」 「そう、なんだ」 「ねぇ」 千早ちゃんがあたしの耳元に近寄る。 「教科書、頑張って買い替えた?」 ズキン。 「あたしが"やらせてる"って判ってるのに、どうして誰にも言わないの?」 ママはいつも、あたしと千早ちゃんの声は似てるって、そう言ってた。 「そうやっていい子ぶる千愛理が、あたしはやっぱり嫌い」 あたしの髪を撫でる千早ちゃん。 傍から見れば、まるで仲の良いお友達。 でも本当は、 「ほんと、嫌い……」 『意地っぱりな所はそっくりよ』 うん、ママ。 それはきっとママの血筋の成せる技なんだと思う。 本当に千早ちゃんは意地っ張り。 現に今も、 あたしに酷い事を云いながら、辛そうな光を宿している千早ちゃん。 唇がキュッと結ばれている千早ちゃん。 何が切っ掛けだったんだろう。 白邦学園に入学した直後から、まるで"思い出したら実行"みたいな周期で持ち物に意地悪をされ始めた。 何となく雰囲気を察知したクラスの女の子達は誰もあたしに近寄ってこなくなって、気がつくと、この学園で友達と呼べる人は、健ちゃんと藤倉君だけ。 花菱財閥は大きいんだって。 つまり、 仲良くしてもらえないのなら、眼中に入れないでおいてもらいたいというのが学園の皆さんのご要望で、 ―――あたしも、その願いを大声で叫びたい。 あたしの事は放っておいてください!! って。 意地悪実行部隊である、千早ちゃんの取り巻きのお嬢様方に――――。 …… はあ…… ため息でそう……。 っていうか、出ちゃった。 「千愛理」 あたしを呼んで、千早ちゃんは清楚に微笑む。 「"またね"」 軽く手を振って、千早ちゃんは踵を返して教室を出て行った。 花菱千早。 同じ1年生。 あたし達は、お互いのお母さんが従姉妹同士で、 ――――つまり、あたしと千早ちゃんは"又従姉妹"。 入学するまでは、『千愛理が来るの楽しみ!』って笑ってくれてたのに――――。 「―――ま、いっか」 1人でモヤモヤ考えても仕方ないや。 「うん。美味しい」 あたしは、外気にさらされて更に冷たくなったお弁当から、やっぱり1番に卵焼きを取って食べ始めた。 |