小説:クロムの蕾


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GREENISH BLUE
PROCESSED


 昨日持ち帰ったノートの中に、見慣れない封筒が挟まれている事に気がついたのは深夜2時。
 中には、綺麗な1万円札と、「助けてくれてありがとう」と書かれたメモが1枚入っていた。

 名前はなかったけれど、少しだけ丸みを帯びた読みやすい字は、なんだか彼女を現していて、

 「頑固だな……」

 ため息と共に思い出した彼女の顔。
 あの公園で、可視となって僕を突き刺した衝撃が、まだ微かに記憶に残っている。
 身体に余韻を帯びていると言った方が正しいのかもしれない。

 何日か考えて気付いた事。

 もしアレが、僕の視姦と同じなら、こうして彼女の事を時折考えてしまうのは、大輝曰くの"脳の錯覚"を起こされているからなのかもしれない。

 まあ、どちらにしても、一度出したお金を戻すなんて、僕にはどう考えても許容する理由が見つからないから、朝一番で返してやろうと、結局、眠りに落ちる瞬間まで千愛理の事を考えていた。



 ――――――
 ――――

 次の日の朝。

 SHR前に彼女の席へ行った時、思わず「千愛理」と呼びそうになった。
 自己紹介された藤倉貢は勘が良さそうだったから、もしかすると気付いたかもしれない。

 「僕、要らないって言ったと思うんだけど、うまく伝わってなかったかなって」

 封筒を取り出して、内心、責めるニュアンスたっぷりで言った僕に、千愛理はおどおどと返してきた。

 「あの……ごめんなさい。でも、あたしのせいだし、あたしも、返さないと気が済まないっていうか……」

 それなのに、視線は僕にしっかりと合わせて、生意気にも押し返している。

 プルプル震えながら、意地らしく歯向かってくる、
 やっぱり彼女は小型犬そのものだ。

 「……」

 ――――――ふうん。

 千愛理と睨み合っている内に、僕の中の何かが変わった。
 カチリと、スイッチが入ったような気がする。


 そうか。
 そうだね。

 せっかくあんなにはっきりと僕の視姦に反応するんだ。
 女性として熟れる頃を見据えて、愛玩するって手もあるよね。



 「――――携帯かしてもらえる?」

 「え?」

 戸惑いながらも差し出された千愛理の携帯と情報を送受信。

 「佐倉さんも頑固そうだし、僕も一度出したものを受け取るのはちょっとね……。だから、いっそのこと二人で使わない? それまでは僕が預かっておくから」

 僕に押し切られて呆気に取られた様子の千愛理をそのままに、1万円が入った封筒をポケットに戻して、僕は席へと戻った。


 「本宮君、今メールアドレス交換したの?」

 最近、僕の周りによくいる女の子がそう尋ねてきた。

 「うん。ちょっと事情があってね」

 曖昧に濁しておく。


 「わたしくもぜひ交換したいわ」

 「あら、それなら私だって!」


 口々に出るその要望。
 "事情があって"と牽制したのに、空気とか、本当に読めなさすぎ。

 「ごめんね。セキュリティ上、親しい友人にも教える事はできないんだ。君達も、"そういう家"の生まれなんだから、わかるよね?」

 意味を含めた言葉と共に笑って見せれば、頬を染めて俯く彼女達。

 「あの……、でも、どうして佐倉さんは?」

 「彼女とは、本当に事情があるんだ。詳しく話せなくてごめんね」

 念押しで謝まったタイミングで、沙織先生が教室に入ってきた。
 完全には納得できていないような顔の彼女達も、仕方なく自席に戻って行く。

 「それじゃあ、出席を取るわよ」

 いつも通り、教壇に上って生徒達の名前を呼ぶ彼女。
 快感を求めて啼く声を知っているからか、なんだか特別な声に聞こえてくる。

 僕が見ると、以前まであった教職と称うバリアは存在せず、沙織先生は女性として僕の視姦を受け入れる。

 女性は、誰かと繋がっているという実感があると、瞬く間に輝きを増して美しくなっていくんだ。

 何度経験しても、神秘的で、不思議な生態。
 だからこそ、彼女達とSEXをするのは、愛しくて、楽しい――――。


 教壇から降りる時、沙織先生は僕をチラリと見つめてきた。
 僕が笑うと、彼女も唇の端を微かに上げる。

 "あとでね"


 教室を出て行くまでの間に、僕達だけが解る眼と眼の会話。
 僕は、1時限目のチャイムが鳴る前に、教室を出た。


 旧部活舎で、今はほとんど人の出入りが無いと言っても警戒は怠らない。
 美術室のドアの鍵も閉めて、奥の部屋のドアもぎりぎりまで隠せるように工夫する。

 ドアもしっかり閉めて、窓も開けず、そして、


 「先生、そんなに声出したら、誰かに聞かれるよ?」

 「ん、あ、はあ、あなたが、あぁ、いじわ、る、しない、・・ッ、で」

 僕が腰の動きに緩急をつけるたび、素直に反応して乱れる沙織先生の身体。
 もう何度目かになる先生との密会だったけど、今日は、異変が一つ。

 「意地悪もしたくなるよ。わかるでしょ?」

 ソファの上で、僕に両膝を抱えられて攻められていた先生は、潤んだ瞳で僕を見上げた。
 僕が律動で突き上げる度、妖艶に揺れるその胸の先の横に、くっきりとした赤い花びらが一つ。

 「ちょっと、妬ける、よね」

 「あっ、ああ、んッ、ルビく、あッ」

 「これ、ケイゴ、さん?」

 キスマークに僕の舌を這わせる。

 「んんッ」

 「思ったより、早かった、ね」

 チュ、と重なるように僕もそこに吸いついた。

 「ル……ルビ、君、あ」

 旦那さんが付けたキスマークに、僕の唇が重なるのを揺らされながら見つめている沙織先生。

 「先生……名前を呼ぶと、癖になるよ」

 クスリと笑った僕に、沙織先生は目を閉じる。
 僕は両手で沙織先生の腰をグッと抱き寄せて浮かせ、僕が膝立ちの状態で彼女を奥まで揺さぶった。

 「ああっ、圭吾さ、あッ」

 弓なりにしなった彼女の背中に指を上下に行き来させ、ビクンと身体が打ち震える時、彼女の奥に探し当てていたGスポットを小刻みに攻めた。

 「あああああぁ」

 泣きだしそうな顔で、自ら口許を抑えて声を制御する。
 女の人はオルガズムを脳で整理するから、一度達するまでは目を開かせない。
 でも達した後は、その記憶を頼りに、何度でも高みへ上げる事ができる。

 「くぅうう」

 「っ、先生」

 「あッ、あァッ」

 ガクンガクン、と。
 大きな痙攣が沙織先生をつま先まで波打たせ、あまりにも搾り取られるような感覚に、僕も誘われるまま精を吐き出した。


 倒れこむように、沙織先生の上に重なって、呼吸が重なりそうな錯覚を覚える。

 「先生、すご、い」

 「はあ、ルビ、く、はあ、はあ」

 首筋、耳たぶ、頬とキスを繰り返し、最後は唇を啄ばむ。
 お互いの温かい吐息を吸い合っているキスは、まるで何かを分け合うような儀式――――。

 差し詰め、僕と沙織先生の場合は、秘密、背徳、……そういう後ろめたいモノの分け合い、と言う事になる。

 しばらく、沙織先生の汗ばんだ肌の手触りを楽しんでいると、一定した寝息が聞こえてきた。

 まあ、昨夜は旦那を相手して、そして僕。
 体力使ってるよね。

 持ち込んだ毛布を引っ張り上げて、密着して僕も目を閉じる。
 色めいた香りと余韻の中で、1時間ほどの濃厚な睡眠を貪った。



 ―――――

 ―――

 アラームが鳴っている。

 僕のじゃない。
 となると、先生のか。

 目を開けると、目の前に先生の胸の先があって、悪戯心で舌先を絡めてみた。

 「ん……」

 アラームよりも、こっちの方が効きそうだ。

 「先生、起きて」

 呼びながら、悪戯に近い愛撫を繰り返す。

 「……や、圭吾さ、」

 クス。
 幸せそうな顔。

 「沙織先生」

 耳元で囁くと、うっすらと開かれる瞳。
 僕を映して、一瞬だけ戸惑いを見せ、それから微笑む。

 「……ルビ君」

 彼女の頬を指の背でスッと撫でて、そのまま手櫛で髪を取る。
 時間をかけて愛でる振りをして、

 「起きた方がいいよ。アラーム鳴ってた」

 「――――――、うそっ!」


 僕の一言に一気に覚醒した沙織先生は、恥ずかしげも無く身を起こした。


 日本人独特の肌色に、髪と同じ色をした秘部のドレープ。
 女性らしい胸の膨らみの一つに、ケイゴさんと僕からの印が重なっている。

 「綺麗……」

 僕が呟くと、見られている事に突然照れ始めた先生は、慌てて胸の先を手で隠す。

 「もう全部見てるのに?」

 クスリ、と笑った僕に少し困った顔をして、

 「素敵だったわ」

 ソファに眠った態勢のままの僕の額に、沙織先生が屈んでキスを落としてきた。

 「先生も」

 少しの間見つめ合い、どちらからともなくお互いの唇を挟みあうようにキスをする。
 しばらく食みあっているうちに、舌の根まで探りたい欲が少しだけ出たけれど、それは先生も同じだったみたいで、

 「ダメ。次は授業があるんだから!」

 自分に言い聞かせるように立ち上がり、1分もしない内にすっかりと教師の姿に戻っていた。
 最後に髪を整えて、僕の方を振り返る。

 「本宮君、いくら成績優秀だからって、あんまりさぼっちゃだめよ?」

 「共犯者のクセに」

 「ふふ」

 ちゅ、と最後にもう一度キス。
 今日の終わりの合図。


 「それじゃあね」

 「うん」

 彼女が部屋を出て行くのを見送って、僕はのんびりと着替えを始める。
 毛布を出ると肌寒さが身に沁みた。

 そろそろ暖房器具が必要かな――――。

 ブレザーを羽織り、タイを結んで整えたところで、ふと、窓の外が目に入った。
 何度も来ているのに、こんな風に誘われて見たのには、何か理由があったのかもしれない。

 「―――?」

 四つん這いになりながら、地べたを這うには躊躇しそうな白いブレザー姿のままで、旧部活舎の裏手に広がる手付かずの雑木林の茂みの狭間に何やら探し物をしているらしい"佐倉千愛理"という名の小型犬が一匹。


 「……」

 別に、何かを考えて行動したわけじゃない。

 一つ深いため息をついた後、ごくごく自然に、僕の足は彼女の元へと向かっていた――――――。









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