小説:クロムの蕾


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GREENISH BLUE
PROCESSED


 「ないなぁ……」

 雑木林に無尽蔵に続く低い茂みへと手を突っ込んで手探りであたるけれど、なかなか見つからない。
 教室の用具室やロッカールーム、トイレや食堂、そこに続く廊下の植木鉢の中も探したけれど見つからなかった。

 そうなると、思い当たる場所はもう無くて、最近教科書を捨てられたココかなと思って来て見たんだけど――――。

 膝の辺りに草の匂いが染みつき始める。
 白いブレザーの袖口が薄汚れてきて、なんだかブルーな気持ちが重なって行く。

 「痛ッ」

 手を突っ込んだ茂みの先で、小枝が爪の先に当たって痛みを感じて、あたしは少し泣きそうになる。

 「もう……何やってるんだろう……」

 どうにか自分を支え、涙の代わりにため息を出した時だった。

 「――――何してるの?」

 「!」

 ドキリとする。

 後ろから聞こえてきた、頭の中を擽るようなその声は間違いなく彼のモノで……。
 慌てて振り返ると、やっぱり本宮君が怪訝な表情で立っていた。


 「本宮君」

 あたしは、急いで制服についている草の切れを取りはらう。

 「なんでもないよ」

 精いっぱい強がってそう言った頃には、本宮君はあたしの目の前に来ていた。
 彼の腕がスッと伸びてきて、あたしの髪の指先で払う。


 「……?」

 「草、ついてた」

 「あ、……ありがとう」


 「――――で?」


 本宮君が腕組みをしてあたしを見下ろした。
 その瞳は怖いくらいに真剣で、誤魔化しとか、そんな事を考えないようにと釘をさしてるみたい。

 なんだか、やっぱり逆らえないこの雰囲気はなんだろう―――。


 「携帯……」

 「携帯?」

 復唱しながら本宮君は眉を顰めた。
 あたしは間髪いれずに力説。

 「あ、大丈夫。ロックはかけてるから、本宮君のメアドは死守できる!」

 「―――!」

 綺麗なヒマワリが、さっきより少しだけ花開いた。
 でもその明るさとは裏腹に、本宮君の表情は微かに曇っている。



 「――――もしかして、今朝の事が原因?」

 「え?」

 「僕が、メアドを交換した事で……?」

 深く何かを考え込むような本宮君。

 「違う! 違うの。そうじゃない!」

 強く主張するけれど、本宮君の表情はいつもの王子様のものでもなく、あたしが良く見る不機嫌そうなものでもない。
 現状にかなり困惑している感じで、初めて見たその顔に、あたしはなんだか胸がキュッとしてしまった。

 「あの、本宮君。本当に今朝の事だけじゃなくて、あたし、今までも時々こういうことあって、だから、本宮君がそんな顔しなくても大丈夫なんだよ」

 苦し紛れにそこまで絞り出したけれど、

 「今までも?」

 今度は別の意味で本宮君の眼差しが光る。

 「どうして?」

 厳しい口調。


 「え……と……?」

 どうしよう―――、
 なんか、もう、本宮君について行こうとすると、気持ちが目まぐるしくて、うまく考えられない……。

 「なんでかな……? え……と、あたしが、多分、一般人だから?」

 「はぁ?」

 あたしが口にした回答に、心底呆れたような顔をした彼。
 そんな風に目を丸くしても、

 「凄い。美形って、そういう顔してもやっぱり美形なんだね」

 思わず、クスッ、と笑ってしまった。
 そんなあたしを真っすぐに見つめている本宮君。
 ふと、制服のタイに指を差し入れ、左右に振ってそれを緩めた。

 なんだかドキドキしてしまうその所作に、あたしはただ惚けてて……。


 「―――ねえ」

 本宮君の小さな声。
 ドキッとする。

 こんな、優しくて甘い声を向けられたのは、多分初めてだと思う。
 ぼんやりとそんな彼から目を離せずにいたら、突然、

 「!?」

 顎に本宮君の指が添えられて、クイッと顔を上げさせられた。
 されるがままのあたしを悪戯っぽい表情で見下ろしていた本宮君と目が合う。
 指先が、とても温かいと思った。


 「―――少し、僕に付き合わない?」


 「……え?」

 遠目にしか見た事がなかった"王子様の微笑み"が、あたしにキラキラと降り注いだ。



 ――――――
 ――――

 「あの……本当に、やめて?」

 か細く呟きながら、あたしは本宮君の胸を押し返す。

 「なんで? 僕がそうしたいって言ってるんだよ?」

 「あの……そうなんだけど、でもあたし、困るっていうか」

 「僕には他意はないから気にする事ないよ。これは? 良くない?」

 「そんな事言われても……あたし、初めてで良く分からないし――――」

 「それじゃあやっぱり、僕に任せるしかないよね?」

 「……」


 本宮君の前に立ちはだかって、どうにかそれを阻止しようとしていたあたしは、グイッと腕を引っ張られてどかされる。

 あたしという邪魔な壁が無くなって開けた視界の中から、本宮君は楽しそうに吟味を始めた。
 彼の目の前には、所狭しと並べられた最新のスマホ達。

 これまでガラケーできていたあたしにとって、そこから好きなモノをチョイスするというハードルは、少しだけ高い。


 「本宮君、でもホラ、きっとすぐ見つかるし……」

 そこまで言って、ハッとする。

 「本宮君。そうだよ! 携帯、後で見つかったらどうするの? もったいないよ」

 「それって防水?」

 「え?」

 「今夜もし雨が降って水没してたらどうするの? 明日慌てて買いにくるの?」

 「それは……」

 至って真面目な顔で返してくる本宮君に、あたしは思わず言い淀む。
 ふと、辺りを見回すと、学園を抜け出してやってきた携帯ショップの中で、かなりの注目を浴びている事に気がついた。


 綺麗〜

 可愛い〜


 本宮君を指差しながら、女の子達が噂してる。
 明らかに社会人っぽい大人のお姉さん達も、足をとめて彼を視てる。

 本宮君を見ると、見られる事に慣れているのか、気にしている様子は全然ない。


 「何かお探しですか〜?」

 ショップのお姉さんも頬を染めながらやってきた。

 その背後で、悔しそうにこちらを見ている他のお姉さん達の握りしめたグーや震えるグーで予想すると、

 (じゃんけんに勝ったんですね……)

 満面の笑顔が勝利に輝いてます。
 それを知ってか知らずか、

 「"彼女"の新しい機種が欲しいんだけど」

 本宮君が告げたその『彼女』という単語に、聞き耳を立てていた周囲が色めいてザラリと揺れた。
 まるで伝言ゲームのように、"彼女"という単語があっという間に遠巻きの女の子達にまで伝わっていくのが目に見えて分かる。

 もちろんそれは、" steady 恋人"という意味の彼女ではなく、" she 彼女"という単語のはずなんだけど、それを口にしながら本宮君があたしの腰に手を添えるから、絶対前者の方で認識されてしまっていると思う……。

 (本宮君って……)

 コレ、絶対ワザとだと思う。
 天然とかじゃない。

 だって、チラリと見上げた本宮君の顔は、意地悪さを帯びた楽しそうなモノなんだもん。


 「本宮君――――」

 あまりにも痛い周囲から視線に、背中に変な汗が流れそう。

 「あの、本当に……」

 要らないから、と言おうとしたあたしを遮って、彼は深く息を吐いた。
 あたしの耳元に唇を寄せてきて、囁かれるそのセリフ。


 「君はそれで気が済むんだろうけど、それじゃあ僕はどうなるの?」


 「……え?」

 「携帯が隠された事について、"僕のせいかも"、と少しでも感じてしまっている僕については?」

 「―――?」

 「このままでいくと、君の携帯がどうなったのかを僕は明日からずっと気にしないといけない状況に陥るよね?」

 「―――そう、なの?」

 「"これ"は、それが嫌だから、お金で解決したいって話なんだけど」

 「……」

 あたしと同じ目線まで腰を屈めてそう話す本宮君の眼差しは、少し面倒くさそうな表情も窺えて……、

 ―――――う〜ん、

 ……。


 「―――わかった」

 少し考えて、あたしはコクンと頷いた。
 それで本宮君の気が済むのなら、もう観念しよう。

 「甘えさせていただきます」

 ぺこりと頭を下げると、姿勢を元に戻して高みに行ってしまった本宮君の顔。


 「うん」

 満足気に頷いて、その手が、優しくあたしの頭を撫でてきた。

 「千愛理は何も心配しないで。全部僕に任せてくれていいからね」


 声を元の大きさに戻して、クリーム色の髪をさらりとかきあげ、ふわりと天使の微笑みを浮かべる。

 しかも、今までの中でも極上級のその笑顔。


 「きゃあ……」
 「可愛い〜」

 店員さんを始め、周囲のあちこちから黄色い悲鳴が飛び交った。


 やっぱりだ。

 絶対にワザとだ――――。

 確信犯だ!


 丁寧過ぎる説明を汲んでやっと機種を選び、その事務手続きをする間も、本宮君は事ある毎に、髪だったり、腰だったりとあたしに触れた。

 こうやって本宮君が"優しそう"にあたしに振舞う度に、周囲からは羨望と嫉妬が入り混じった怖いくらいの視線のビームで、あたしはまるで針のムシロに座らされている気分だった。









著作権について、下部に明記しておりマス。



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