「初カノだね―――――」 そう言って笑った本宮君の笑顔は、あたしが半径1M内では見た事も無かった王子様笑顔で、でも多分、その中でも最上級。 だって、あたしの心臓でさえもキュンって音を立てて縮こまりそうだったし、こちらをチラチラ窺ってた女の子達も、アングル的に運が良かった子は完全に目がハート型になってた。 「かっ、かの、カノ、……う」 また舌を噛みそうになって、思わず唸ってしまう。 「―――まあ、振りだけどね」 目を細めてそう言った本宮君の口調は、いつもの王様の雰囲気に戻っていて、離された手の、彼の唇が触れて熱くなっていた指先が、あっという間に冷えていく。 「あ―――だ、よね? あは」 曖昧に笑って、ふ〜、と一息。 それにしても凄い。 本宮君って、千早ちゃんの取り巻き――――つまり、花菱の子会社に圧力かけられるくらいの会社の人なんだ……。 そういえば……、と思い出した。 今朝挨拶してくれた、あの声の小さな女の子。 どこかで見たはずだ。 千早ちゃんの周りに居た子だったんだ。 「そっか……」 なんだか、本当に……、 こうなると、現実味が帯びてくる。 「本当にあたし、千早ちゃんに嫌われてたんだな〜」 ポツリと呟いたあたしに、本宮君が「え?」と切り返してきた。 「―――結構いろんな事されたって聞いてるけど、―――今さらそれなの?」 あ、王様本宮君だ。 壁を背にして座るあたしの後ろにはもちろん誰も居ないから、警戒すべきは左右遠巻きの視線だけという本宮君の向き。 ヘーゼルの瞳には大輪のヒマワリが咲いていて、けれど眼差しは温度差がありすぎるブリザード吹き荒れ中。 「う……ん」 返事に困ってしまう。 「……小さい頃は、仲良かったんだ」 あたしは記憶を探るように天井を見上げた。 「ママが家出して、お祖父ちゃんと和解したのはあたしが2つか3つの頃。その時からママが入院するまでは、花菱のホームパーティにも良く参加したりして、千早ちゃんとも遊んでた――――」 ゆっくりと視線を巡らせて、食堂のテラスの向こうに続く庭園を見る。 「ママの家系は、女の子は必ずこの学園に進んでいるの。あたしは公立でいいって言ったんだけど、パパがどうしても……って」 お祖父ちゃんに見せてもらったママの学生時代のアルバム。 今とは違う制服に身を包んだ、白邦学園の中で輝いてたママの姿。 「……ふうん」 興味無さそうな本宮君。 それでも真っすぐに、あたしから目を逸らさず、話を聞いてくれる。 凄く、真摯な人だと思う――――。 「本宮君」 あたしも、誠意を以て、ちゃんと気持ちを伝えよう。 「ママの母校でもあるから、寂しい思い出は、本当は少ない方がいいな……って、思ってた。だから、」 あたしはガバッと頭を下げる。 「――――え?」 驚いたような本宮君の声。 「本当にありがとう」 「……やめてよね。女の子にそんな事させてる僕って、男として、アメリカなら殺人者並みの扱いだよ」 「え? あ、そっか、ごめん」 腕組をして、またしもため息をついた本宮君。 「……日本人って、本当に頭をさげるよね」 「……え?」 「ねぇ。頭を下げるって、あなたになら首を刎ねられても良いですよっていう捧げの意味だっけ? 服従とか、逆らわないっていう意味もあるんだよね?」 「……ど……どうかな?」 「違うの?」 意外と真面目に訊き返してきた本宮君に、あたしは「う〜ん」と考えてみる。 「僕が継いだ会社に完全な日本資本があってね。そこの役員が、顔を合わせる度に見たくも無い頭の天辺を見せてくるんだ。少しうんざりするんだよね。僕の母親も日本人だから、理解したい気持ちはあるんだけど」 そっか、お母さんが日本人なんだ……って、 あれ……? 口調の割りに、本宮君に嫌悪感は無いみたい。 どちらかと言うと、扱いに困ってるみたいな、そんな感じ? そうだよね。 だって、本宮君より随分と年上の人でも、きっと頭を下げてくるんだと思う。 社長さん……なんだもんね。 そしたら、高校生の本宮君は、やっぱり態度に、困る……よね? あれ? でも、そんな本宮君は、なんだか日本人っぽい。 ぷぷ。 王様本宮君が、可愛く見える。 「本宮君」 あたし、これは自信もって伝えさせて欲しい。 日本人って、シャイなんだよ? 挙動に困って、照れたり、自信が無いのを誤魔化したい時は、特に会釈やお辞儀が増える傾向があるんだって。 「――――それ多分、仲良くさせてください、っていう合図だと思う」 本宮君のママの国でもあるんだもん。 理解してもらえたら、きっとみんな、ウィンウィンでハッピーだと思う。 「……」 何か言いかけようと、本宮君のそのふっくらとした唇が開いた気がしたけど、ウェイターさんが丁度サラダを運んで来て、なんとなく、その話はそれで終わった。 |