小説:クロムの蕾


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VIOLETISH BLUE
BEGINNING


 白邦学園の正校舎前にある乗降用ロータリーは、登校時間につき相変わらず高級車で大渋滞。

 「ごきげんよう」
 「ごきげんよう」

 正門から校舎へ続く歩道はそのロータリーに沿っていて、くるくるくるくる、追い抜いては去って行く車を見ていると、まるで車のショーカタログを見ているような気分になる。

 花菱のお祖父ちゃんのお屋敷にも幾つか高級な車種はあるけれど、趣味で揃えたと誇らしげに笑って紹介してくれたそれとは違う、健ちゃん曰く『くだらないステータスの誇示っこ』という色合いが見え隠れ。

 お家によっては、登校5日間、1度も同じ車を使わないってポリシーを持っているとこもあるらしい。

 なんか、――――大変だなあ、って思う。

 あたしの右手にはスクールバッグ。
 左手には、1人分の時より少し大きめのランチボックスが入った巾着袋。

 『今日は、まだわからない』


 本宮君からそんなメールが届いたのは朝7時前で、残ったら晩御飯にしちゃえばいいかな……って詰めてきた。

 今日は金曜。
 週末は、本宮君のお休み率は高い気がするし、途中抜けも多い気がする。

 『時差があるロスとの兼ね合いで、こっちの金曜はいろいろ混むんだよね。向こうは休みはきっちりしてるから』

 と、本宮君が屋上でのランチの時にふと洩らしていた事があった。
 ロスとの時差は12時間くらい。
 日本時間の夜中が、向こうでの就業時間。
 社長さんともなると、昼だから夜だからなんて都合は、多分言ってはいけないのかな?

 そっちも、大変だなあ、って思う。

 (来れると、いいな……)

 そんな事を考えながら正面入り口から校舎に入ろうとした時だった。


 「おはよう、千愛理」


 ドキン。

 完全に無防備だった状態で、不意にあたしの名前を呼んだその声に、思わず足が止まる。
 ちょうど、乗降ポイントで停車しているヨーロッパの高級車から降り立った彼女のその声。
 黒いストレートの髪を靡かせ、愛らしい唇を笑んで結ぶ、あたしの従姉妹。



 「おはよ、千早ちゃん……」

 どうにか振り絞って声を出した。
 ドアに手を添えていた、白髪が綺麗なウェーブを見せている清潔な印象の運転手さんが一礼をくれる。
 あたしもペコッとお辞儀を返す。
 毎年、花菱のクリスマスパーティの時に送迎してくれる運転手さんだと思い出した。

 「おはようございます、田辺さん」

 「……おはようございます、千愛理様」

 千早ちゃんが車から離れたのを確認してドアを閉める田辺さんが、微かに頬を緩めて応えてくれた。

 「ちょど良かったわ。千愛理、一緒に行きましょう。田辺、ありがとう」

 「行ってらっしゃいませ」

 後が閊える乗降所で長居は出来ないから、田辺さんは素早く運転席に戻って行った。
 走り出す車を視界の隅に見送りながら、校舎に入って行く千早ちゃんの後を追う。
 珍しい組み合わせに、登校中の生徒達がチラチラと視線を投げてきた。
 花菱の姫として敬われる千早ちゃんと、一族の汚点の証と噂されるあたし。

 う〜ん。
 また話題を提供しちゃってる……。

 「ねえ、千愛理。例の転校生、……本宮コーポレーションの会長さんと付き合っているらしいけど、あの噂は本当?」

 「え?」

 肩越しに僅かに振り向いている千早ちゃん。
 その目線は、あたしから真実を読み取ろうとしているんじゃなくて、あたしがどう応えるのか、観察しているような冷めた感じのもの。

 「……」

 なんて、答えればいいんだろう―――――?

 "振り"なんて、本宮君が千早ちゃんのお友達に対して、あたしの為にしてくれた事を思うと絶対に言えないし、かといって、正面から千早ちゃんを騙すつもりで肯定を口にするなんて、

 ……できないよ。どうしよう……


 「ふふ」

 ふと、届いた千早ちゃんの笑い声。
 あたしが顔をあげると、少し首を傾げた可愛らしい笑顔でこっちを見ていた。



 「いいと思う。本宮の家柄なら、香澄伯母さまの過ちを雪いでくれるんじゃないかな?」

 「――――え?」

 「この前見たけど、本当に王子様みたいな人ね。千愛理にすごく似合っていると思う」

 「……」

 「クリスマスパーティのパートナーは彼って事でいいのよね?」

 「……あ」

 「お祖父様にもそう伝えておいてあげる」

 「待って、千早ちゃ」

 「楽しみ」


 ウエストラインまで伸びた黒髪が、しっとりと左右に揺れながらあたしから遠ざかって行く。


 『香澄伯母さまの過ちを雪いでくれる』


 ―――――ママの過ちを雪いでくれる、……って。

 その言葉は凄く嫌だったけど、


 「……千早ちゃん……?」

 それよりもあたしは、突然変化を見せた千早ちゃんの態度に驚いていた。

 毛嫌い感を隠さない、あたしを負かしたいような話し方。
 白邦に入ってから、千早ちゃんはずっとそんな感じであたしに向けて言葉を放っていた。
 そうして、あたしの心の内側をちょっとずつ傷付けてきたこれまでの言葉とは、明らかに違って耳に届くニュアンス。

 聞き様によっては、まるで本宮君との事を認めてる……、応援しているみたいだった。


 それとも……、

 花菱のクリスマスパーティで、何かあるの?

 あたしはの中で、2つの色が大きくぶつかり合う。

 それは、

 子供の頃の千早ちゃんとの、眩しいくらいの笑い合った思い出と、
 この期待を裏切られた時の悲しみの予想。


 相反しながらも心を占拠したその想いと戸惑いが、しばらく、あたしの足を廊下の真ん中に釘付けにしていた。








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