小説:クロムの蕾


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VIOLETISH BLUE
BEGINNING


 本宮君の指先には、きっと炎が灯っているんだと思う。

 だから、触れられた耳が、
 拭われた唇が、

 こんなにもこんなにも、熱くなるんだ。


 ちゅ、と。

 本宮君のふっくらとした綺麗な唇が、いまさっきまであたしの唇にあったお茶に触れる。

 溢れ出る色気に、あたしは絶対顔が真っ赤になっているはずで―――――、
 クスリと笑った本宮君のヘーゼルの瞳の前にあったクリーム色の髪が、赤いお箸を持ったままの彼の指でかきあげられた。

 「早く食べよう。お昼時間が終わる」

 「うん……」

 いつもより早いあたしの鼓動。
 天使の微笑みほどではないけれど、王様的な威圧感が少し薄れたような気にさせられる、本宮君の表情の柔らかさ。
 ちょっと前までの作り笑いとは少し違う気がする。

 ちょっとは、仲良くなれたと思ってもいいのかな―――――。

 心にも、ほんのりとした熱が灯ったような気がした。



 ――――――
 ――――

 大量に仕入れた背の高いユキヤナギとかすみ草は、その半分を新たに茎切りをして、藍色の染料を溶かした水を吸い上げさせて、幻想的な青色を湛えた小花に染め上げた。
 残りの半分は、真っ白のまま。
 ユキヤナギとかすみ草は、固さと柔らかさの対象。
 どちらの花も、小さいながらに潰されまいとした強い花弁を持っている。

 メインのラナンキュラスは強い赤と、優しいピンク。
 花弁の重なりによって表情を変えるグラデーションは、一輪一輪が無二の色合い。
 密度のある花弁と、大輪の存在感。
 ワイヤーを入れて、アレンジの姿勢に重さが負けないように茎を強化。
 ところどころ、太めのアンティーク調のワイヤーで見えるようにして外側を巻くのもアレンジの1つ。

 その、白と青のグラデーションを赤やピンクへと導くのは、鮮やかな紫色と純白のコントラストが美しい、アメジストセージ。
 小さな花が長い茎にびっしりと咲いて、その流れるような美しさは、本当に宝石の輝きを持っている。

 全体的なイメージは、女神の胸像を飾るのはピンク色のラナンキュラス。
 その色から無数に伸びるユキヤナギの白と、青と、かすみ草の白と青。



 そこから、アメジストセージに導かれて、天使像を絡めるように――――――。

 ふと、本宮君を思い出した。


 ―――――もう少し、赤が多くても良いかもしれない……。


 桝井さんが車で迎えに来てくれて、やってきたのはここ、"Stella"日本支店。
 道路から正面右側のメインディスプレイ。
 今はガラス部分にロールスクリーンがかかっていて、アレンジしているあたしの姿は誰にも見られていない。

 あたしが集中できるようにと、宝石ディスプレイ担当のセラーが入る21時までは席を外す事になった桝井さんは、お花の搬入を手伝ってくれたあかりちゃんと近くのカフェで待機してくれている。


 誰も居ない閉店後の店舗内に、あたし1人。
 オレンジの照明が時間の感覚を鈍らせている。
 有線から流れる心地良いボサノバの旋律が、あたしの集中力を促してくれる。

 高さを作るためのスタンドや、重さのある胸像、天使像を運び入れてもらって、
 アレンジの背景には、"Stella"が繰り返し利用しているという3パターンのパネルウォールから、藍色の中にぽっかりと浮かぶ金色の月と、さざ波が寄せる夜の海の風景を選んだ。


 器と、

 幾つもの大き目のオアシスと、

 ポイントで使用する剣山。

 鋏。

 カッター。

 花の匂い。


 ―――――うん。

 いつもしている事。



 ふう、と息を吐く。
 脚立に足をかける。

 目を閉じて、描いたイメージを思い出す。


 2日前に感じたあの愛の片鱗を、あたしはまだ覚えている。
 そして、1つの愛に触れると、まるで連鎖するように、たくさんの愛のイメージが流れ込んできた。

 フラワーショップ『あかり』に、癒しを求めてやってきた香織さんの、息子さんに向けたあの愛情。

 そして、


 本宮君……。

 夜の公園で、泣きだしそうなあなたに触れたあの時に、

 あたしの中に無限に湧いてきたあの愛情。



 ママ……。

 大好きって、伝えられたら……。

 いつもそう願ってた。


 今日、少しでも、この想いを形に出来るといいな――――――



 大きく深呼吸。


 「――――――」

 目を開けて、


 まずは主材しんであるユキヤナギを手に取った。








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