小説:クロムの蕾


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VIOLETISH BLUE
BEGINNING


 月曜日。

 白邦学園の校舎正面にある乗降用ロータリーはいつもの大渋滞。

 「ごきげんよう、佐倉さん」
 「あ、おはようございます」

 目が合ったクラスメイトに丁寧な挨拶をされて、あたしも慌ててお辞儀を返す。
 無視されなくなったのは本当に良かったんだけど、誰も声かけて来ないんだし、っていう気の緩みは厳禁になるのかと思うと、擽ったく嬉しい反面、ちょっと複雑な気分だった。

 教室に入ると、もうほとんどの生徒が登校していて、


 「おはよ、佐倉」

 「おはよう、藤倉君」

 いつもの見慣れた日常にホッとする。

 土日は"Stella"のディスプレイのお仕事があったから、お迎えに来た桝井さんが運転する会社の高級車から始まり、揃えてくれた備品や、触るのも怖そうな大きな宝石とか、それを扱うお店の煌びやかなお姉さま方とか……。
 二日間、見るモノ全てがあたしの現実とは華やかさが違いすぎて、四六時中ドキドキしてた。

 昨夜、ケーキを持ってお見舞いにきてくれた桝井さんによると、ディスプレイは香織さんのお眼鏡に適ったらしくて、無事にお役目は果たせたみたい。

 これにもホッと一息。

 そういえば、タイミングが合えば、"Stella"の社長さんに会ってほしいって桝井さんが言ってたっけ。

 どんな人なんだろう―――――。


 「みんな、おはよう」

 「「「おはようございます」」」

 ぼんやりしている内に、朝のSHRの時間で、スウェード生地の素敵な花柄のシャツを着た沙織先生が教室に入ってきた。
 今日は髪をアップにしていて、首筋のラインがとても強調されている。
 ワインレッドのトップから、黒のマーメードスカートまで、ため息が出るほど、大人の女性って感じ。。

 やっぱり綺麗だな〜

 その流れで教室内に視線を泳がせて、

 あれ……?

 ふと、本宮君の席に気づいた。
 居ないから、いつも通り、遅刻か欠席だと思ってた。


 (鞄……、ある……)


 金曜日は、手ぶらで来て、あたしと屋上でランチ食べた後、結局授業は受けずに帰った本宮君。
 木曜は、……屋上で、変なことになった日だ……。


 あの日、あたしは後から屋上から戻ったから、本宮君が鞄を持って帰ったかどうかなんて見ていない。
 でも、金曜は、鞄があったことには、気づかなかった。


 来て―――――、いるのかな?

 付き合う振りをする前は、女の子と一緒だと思ってた。
 でも、そんな子がいるんなら、あたしの存在なんか不要だったわけだし……。

 そうなると、疑問……というより、興味が湧いてくる。


 ……本宮君、教室に居ない時は、

 ――――いつも、どこに居るんだろう?



 ――――――
 ――――

 3時限目の英語の授業。
 後半は確認テストで、提出した人からそのまま昼休みに入れる事になった。
 10分ほど早めに授業を終えたあたしは、なんとなく思い付きで、旧部活舎に向かっていた。
 前に、美奈子さん達に連れていかれたあの校舎。
 考えてみれば、どうしてあそこに本宮君はいたんだろう?

 そして……あの時も。

 (もしかして……)

 そう思ったら、もう体は動いていた。


 部活舎裏にある雑木林。
 前に、携帯を隠されたあたしが探している時、本宮君はどうしてここにこれたのか、今考えれば、通りがかったにしては凄い偶然だったと思う。

 前と同じ場所に立って、あたしは旧部活舎を見上げた。
 古びた校舎。
 でも、つくり自体が瀟洒だから、それすらも味わいに見える。
 季節が終わったツタの絡まる様も、白邦の歴史を知っているようで、枯れていてもなんだか美しく見えるから不思議だ。

 「え……と」

 きっと本宮君は、この校舎の中からあたしを見たんだ。
 それなら、美奈子さん達の時にも通りがかった理由になる。
 たくさんある窓に、順序良く視線をやって、

 「……あ」

 見つけ、ちゃった。
 開け放たれた窓の向こう、本宮君の、クリーム色に近い金髪の頭。
 白いブレザーの、後ろ姿。

 突然行ったら……きっと困るよね。

 メールした方がいいと思う。
 ポケットからスマホを取り出した。

 (……あれ?)

 って言うか、どうしてあたし、―――――こんな事しちゃってるんだろう。
 会いに行ってどうするの?

 だってあたし、仮カノなわけで……、本宮君が周囲へのPRのために始めたランチ以外は、一緒にいる理由が、無い―――。
 突然我に返ったみたいになって、スマホから、その窓の方へ再び顔をあげた時だった。

 キラリ、

 「―――――え?」

 本宮君の背中が光った。
 よく見ると、窓枠ギリギリのところからワインレッドの腕が背中に回っているのが見えて、その手が、肩甲骨のところに添えられて、どうやら指のあたりが輝きを放ったようだった。


 指輪―――――?


 少しだけ、本宮君が体の角度をかえる。
 黒い髪を、優しく、撫でているみたいだった。

 「……沙織、先生……?」

 朝は、綺麗にアップされていた沙織先生の髪は、本宮君の肩に埋めたその頭から、まるで彼を絡め取るように風に揺れていた。

 あたしの体が、まるごと心臓のように早鐘の鼓動が指先まで強く鳴る。
 小さな胸の痛みを感じながら、

 「……」

 しばらくの間、あたしは身動きができなかった。








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