――――――アレキサンドライトの裸石(ルース)を手に入れて欲しい。 天城アキラからのリクエストは、突然齎された。 『ケリに……アレキサンドライトを探して欲しいんだ』 「――――なんで僕に? っていうか、"Stella"を通してアポとる内容じゃないよね?」 『まあ、そう言うなよ』 低い声が、喉の奥で笑いを立てる。 あの藍色の瞳が、ケリを想いながら今どんな風に細くなっているのか、あの会議室の態度からしても想像は容易い。 「・・公私混同」 『否定はしない。けどこの件に関して、お前以外に適任な奴は他にいないだろ?』 確かに、とは思う。 「クリスマスプレゼント?」 『ああ』 「――――石はすぐに探せると思うけど……何に加工するの?」 『ピアス』 ……ピアスか。 ちょっと難題かもしれない。 「ふーん、指輪とかじゃないんだ?」 『それはまた別で。まずは、俺の言葉がちゃんと届くように』 「!」 こいつ、馬鹿じゃないのか? 恋人の息子に、こんな話。 「―――分かった。けど、ピアスじゃ、あの宝石(いし)は値が張るよ?」 『まあ、覚悟はしておくよ。じゃあ、よろしく』 「……」 通話が切れた携帯を、握ったまま、考える。 ……アレキサンドライトなら、照井さんが持ってるルートは早いかもしれない。 アドレス帳から、"Stella"日本支店の専属鑑定士を任せている照井さんの名前を探し出し、発信した。 何度目からのコール音の後、 『社長、お疲れ様です!』 上ずったような照井さんの声が聞こえてきた。 「今、"Stella"にいる?」 『ええ』 「電話大丈夫?」 『はい』 「実は、アレキサンドライトが欲しいんだけど、入荷の予定ある?」 『アレキサンドライトですか? ちょっと待ってください』 歩くような所作の音がして、しばらくすると資料をめくる気配がした。 『そうですね。入荷の予定が無いわけじゃありませんけど……、どういったものを?』 「ルースが欲しいんだ」 『……えッ!? ルースですか!?」 照井さんの声が1オクターブほど上がったと思う。 「うん、そう。ピアスに加工したいらしいからそれ前提で」 『……同じクオリティを2つか、もしくは大粒をカット……かなりの金額になると思いますけど……』 「構わない。確保できたらデザイン部に回して。ちなみに、クリスマスプレゼントの予定だから、納期から逆算して日数が厳しくなったら連絡して」 『了解しました。それでは失礼しま』 「それとさ」 終話だと先走って電話を切ろうとした照井さんを呼び止める。 『あ、はい、なんでしょう?』 「――――――コンクパールも頼みたい」 『……コンクパール、ですか?』 照井さん声音が、尻すぼみになった。 「大きさは無くてもいい。ただ、色だけ、火焔が少ない、桃色で」 『……』 長い沈黙が返る。 コンクパールは、母貝となるコンク貝が巻貝ということもあって、養殖ができず、ほとんどが天然ものだ。 真珠なのに、まるでピンクサンゴのように鮮やかな色合いが特徴的。 ジェリービーンズのように光沢があって、白のまだらに浮かぶ桃色の火焔模様が濃いほどに、最上級の価値がある。 そして、その希少価値は、高い―――――。 『桃色……ですね』 「うん」 無理難題、かもしれなかった。 それでも、 『わかりました』 そう返事をした照井さん。 思わず、ふと笑みが漏れる。 「よろしく」 『はい』 "まずは挑戦" R・C創業からの、基本理念だ。 デスクに携帯を置いて、PCを起動させる。 メールソフトに幾つかの新着メールがあり、グループウェアにも新規の文書が幾つか届いていた。 課せられた仕事に取り掛かろうとした時――――、 ブブ、ブブ、 再び携帯が震えだす。 着信 非通知 「!」 チラリと、思わずドアを確認した。 「……はい」 通話ボタンをおして、慎重に声を出す。 『本宮ルビさんですか?』 「……」 『本宮伸次郎さんからご連絡をいただいた者です』 本宮伸次郎。 僕の曽祖父で、本宮グループの4代目会長。 僕に会長職を譲る3年前、当時79歳まで、現役でリーダーシップを執っていた人だ。 『我々に依頼がおありとか?』 「――――3年前の、3月15日前後3日間のうちに、カリフォルニア州を出入りした15歳から18歳女性のリストを入手したい」 『カリフォルニア州から、ですか?』 「渡航記録は既にこちらでも調査済みだけど、万が一という事もある。すべての範囲で調査をしてほしい」 『調査期間は?』 「2週間あげるよ」 『……それは、あなたのための期間ということですね?』 「……」 『ふ。承知いたしましたよ、本宮ルビ。報告をお待ちください』 プツリ。 容赦なく切られた通話は、2週間後の結果を暗示しているような気もする。 マリア―――――。 目を閉じると、今でも鮮やかに思い出せる。 輝くような金髪。 カリブ海を映したような紺碧の瞳。 たった一晩だけこの腕に抱いた、その白磁のような身体は、まるで真珠のように美しかった。 『ルビ』 僕を切なく呼ぶ声は、今でも耳を擽る。 "あなたが過去に執着して、捨てきれずにいる女性―――――" 沙織先生の言う通り、僕は忘れた振りでマリアを思う気持ちを放置してきた。 出会ってすぐに結ばれて、二人で過ごした幸せな時間の後、一人で目覚めたあの絶望の朝。 ベッドの中で女性の温もりを教えながら、それ以上の寒さを残して行った 憎しみさえも、微かに抱いた。 マリア――――。 あなたと交差する、これが、最後のチャンスだと思う。 合衆国内でも随一の情報網を誇る、闇組織の一歩手前に位置する彼らからの情報で手がかりが得られないのなら、 僕はもう――――、 あなたの事を、死人と同じに昇華させる事にする―――――。 |