朝のHR。 ざわつく心の内側は、まるで冬の空を映しているようだった。 爽やかな青の色の無い、なんとなく沈んだ気持ち。 はあ……、と。 思わず深いため息が出てしまう。 昨日目撃してしまった、窓枠の中のあの二人。 沙織先生の外された髪が揺れ動く、あの美しい姿。 本宮君に絡まった腕は、どう考えても女性としてのもので、担任としては、絶対に説明できない事だと思う。 そして、そんな沙織先生を優しく受け止めていた本宮君の指先と、唇。 二人がどんな表情をしていたのかなんて、あの場所からははっきりと見えなかったけれど、とても独特の雰囲気で包まれていた。 共有された二人の時間。 二人の空気。 どんな意味合いでかなんてあたしには分からないけれど、あの時は確かに繋がっていたはずの、結ばれた、二人の気持ち。 だから、以前、HRの最中に見つめ合った二人に不思議な違和感を感じたみたいに、 "何かあるんだ―――――"と、 それを信じざるを得ない雰囲気を、否が応でも見せられてしまうような気がして、これからの時間を思うと、どうしたってあたしの気分は沈む一方。 はああ…… また、ため息が出てしまった。 チラリと本宮君を見ると、長い足を組んで、声をかけてきたクラスメイトに天使の微笑みで返答したりして、いつもと変わらない様子。 そうだよね。 昨日の朝までと違うのは、―――――変わってしまったのは、あたしだけなんだから…… ガラリ、 毎朝の事。 いつも通りドアが開けられて、沙織先生が教室に入ってきた。 でも今朝は、ドキリ、と心臓が痛いくらいに鼓動を強くさせるその音。 思わず、ほとんど反射的に、本宮君を見てしまった。 ああ、ほら、やっぱり……。 解り合っているような眼線の交わし方。 分かっていた筈なのに、あたしはどうして、"二人を見る"なんて、こんな自虐的な事をしたがったんだろう。 昨日から考えて、漠然とした答えは出ていた。 本宮君は、沙織先生が好き……。 それは、本宮君の でも、どんな種類であっても、本宮君は沙織先生を大事に思ってる。 大事に考えてる。 けれど、そんなポジションにおいてても、沙織先生は結婚してて、他の女の子達への牽制には利用できない。 だから、別に必要になった女の子を除けるための存在。 そこに現れたのがあたし、だ。 あたしを、千早ちゃんが作り出したあの状況から助け出す事でお互いの利害が一致したギブ&テイク。 周りの目を誤魔化すための、カムフラージュ。 『僕はね、セックスは最大の愛情表現だと思ってるんだ。遊びでも、同じ』 さらりと言った本宮君の事だもん。 きっと二人は、大人の、……そういう関係だと思う。 あたしにだって、それくらいの雰囲気は、なんとなくわかる、と思う。 だとすると……、あの沙織先生の髪に、耳に、首筋に、本宮君は触れている……。 いつか屋上で、あたしに仕掛けてきたみたいに、 本宮君は、先生にああやって、 ううん。 ……あれ以上に、触れてるんだ……。 あの、綺麗な形の、赤い唇で―――――。 沙織先生に―――――。 沙織、先生に……。 想像すればするほど、二人はなんだかお似合いで、その姿はとても美しい気がして――――、 あたしはやっぱり、――――――泣きそうになってしまった。 ふと、視線を感じて顔を向ける。 本宮君が、あたしの方をジッと見つめていた。 何か言いたそうな、そのヘーゼルの瞳。 強く、あたしを訝しく見る、その視線。 自分を奮い立たせるようにして、頑張って、少しだけど、笑いを返した。 じわじわと、黒く、悲しく浸食されるあたしの心。 これは、このあたしの気持ちは、本宮君には関係のない話なんだから、 だからあたしは、今まで通りにしていなくちゃいけない。 あたしの気持ち―――――。 ここまで考えて、ハッとした。 「バカだなぁ……」 自分のことながら、思わず笑っちゃう。 こんな、朝のHR中に、 "どうして昨日から沙織先生の顔をまともに見れないほどに、あたしの心が真黒になっているのか" その理由が明確になってしまうなんて、あたしらしいというか、……なんていうか……。 まるで風船が割れたように、突然気づいた、自分の気持ち。 ううん。 きっと、気づかない振りも、あったんだと思う。 だって、彼に出会ってからのあたしの学校生活は、なんだか突然、これまで経験したことが無いピンク色の世界に染められてしまって、免疫がないあたしは、ずっとドキドキしっぱなしで、 そんな鼓動の理由に、早々に名前をつけるキャリアなんかあるわけなんかなくて……。 だから――――、 こんなに、切なくなって、擽ったくて、愛おしくて、どうしていいか解らなくなるような戸惑いが、 母性本能なんかじゃなく、 "恋" だなんて、 そんな名前のものなんだったなんて、本当に、こんなごちゃごちゃ考え始めるついさっきまで、 全然、気づかなかった―――――。 「……すき?」 ……すき。 好き。 好き。 好き―――――。 まるで呪文のように、あたしの中を駆け巡るそのフレーズ。 生きるために必要じゃないはずなのに、血液に乗って、あたしの隅々までその感情が配されてるみたい。 それを想って、感じると、指先までもに、甘い痺れが伝わっていく。 ああ、 あたしはほんとに、 「……ッ」 昨日から一晩おいて、そして今、 改めて沙織先生と本宮君を見て、こんなに強く自分の中に確認した、泣きたくなるほどの負の心。 そして、 それと正比例するように溢れてくる、あたしを切なくするこの気持ち―――――。 あたしは、 あたしは……、 あの、 見た目王子様で、 でも話すと王様で、 甘いクリーム色の金髪と、ヘーゼルの瞳で優しそうに微笑みながら、平然とセックスを語ってしまう、 そんな彼が、 本宮ルビ君の事が、 好き、 なんだ……。 |