小説:クロムの蕾


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VIOLETISH BLUE
MOTION


 「本宮君って、日本に来て水族館、行った事ある?」

 「――――水族館?」

 いつものランチタイム。
 いつもと同じベンチで、千愛理が持ってきてくれたお弁当を食べながら過ごしていたいつもの空間に突然齎されたその切り出しは、僕にとって少し意外な展開だった。
 朝のHRの時間から、何となく感じていた千愛理からの視線。
 それは僕にとって、あまり良い予感のしない種類の視線に似ていたから……。
 僕のためだと、ある程度の時期が来ると達観して別れを告げてきた女性達の、有無を言わさない強い意志を孕むその視線に――――――。


 「……まだ、行ったことは無いけど――――、どうして?」

 「あのね」

 千愛理は少しだけ声を弾ませて、ポケットから封筒を取り出した。

 ……この封筒、

 「知り合いの人からチケット2枚もらったの。もし良かったら」

 「ふうん」

 僕は唇の端をあげた。

 「千愛理からデートに誘ってくれるんだ?」

 「デ、デ、デートではないです!」

 顔を真っ赤にして割り箸を振る千愛理。

 ――――――うん。

 やっぱり、今までとは違う。
 千愛理に対して、少し、愛しさがある気がする。
 これまでは、"女性"にしか働かなかった触手が、千愛理に触発されて"女の子"にも反応するようになったらしい。

 「デートとは違うの?」

 重ねて意地悪く笑うと、千愛理は耳まで赤くした。

 「違います。あの、……いろいろ含めて、お礼というか……」

 「ふうん……」

 言いながら、僕は、さっきから気になっていた千愛理の手に握られているその封筒を奪い取った。

 「え? 本宮君?」

 「……」

 返して裏面を見る。


 ――――やっぱり……。

 ウチ(R・C)のロゴが刻印で入っていた。
 特殊加工した社内贈呈用の封筒だ。
 しかもこのチケット、確か先月催した社内賞の副賞……。

 受賞したのは3人。
 相田、福本、そして桝井……。

 この中の誰かが、千愛理と繋がっている――――?


 「――――いいよ」

 「……え?」


 僕は呆気にとられている千愛理に封筒を返した。

 「水族館でしょ? 今週末でいい?」

 「あ、うん」

 狐につままれたような顔で、千愛理がぽかんと僕を見返している。
 食事を取るとして、正味4時間くらい……か。

 「土曜か日曜の、お昼を挟むスケジュールなら行けるかも。確認してメールする」

 「あ、はい……」

 我に返ったように慌てて頷いた千愛理。

 「……」

 「……どうしたの? 本宮君」

 「――――別に」

 ……不思議な感覚だった。
 はい、と従順に返事をされて、僕の中のどこかが満たされたような気がする。

 ……セックスで、女性の体を思うようにコントロールするのとは違う欲?
 僕の返事に、嬉しさを噛みしめるように口許を上げて結んだ千愛理を見て、はっきりと、


 可愛い――――、

 僕の心は、間違いなくそう感じていた。








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