小説:クロムの蕾


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VIOLETISH BLUE
MOTION


 「千愛理〜、配達行ってくる〜」

 店の外から聞こえたあかりちゃんの声に、

 「はーい」

 返事をしながらブーケの最終仕上げ。
 ワイヤーで形作ったリボンをつけて、

 「お待たせしました」

 ガーベラを使った、女子力UP間違いなしのパステルカラーのブーケ。
 かすみ草でついたぷりぷりのボリューム感がとっても可愛い。
 やっぱり、この手のアレンジが一番好きだなあ、あたし。

 「わあ、可愛いです。ありがとうございます」

 OLさんらしいお客様も満面の笑みで、

 「ありがとうございました!」

 お礼を言うあたしの声も更に弾んでしまう。
 そろそろ18時。
 表の人通りが一番ピークになる時間帯。
 今日は20時には桝井さんが迎えに来て、"Stella"にアレンジのメンテナンスに向かう予定だから、そっちの準備も始めなきゃ。

 気合を入れてストック花用の冷蔵庫を開けた時だった。
 お店のドアが開かれる音。

 「あ、いらっしゃいませ〜」

 言いながら顔を向けると、入ってきたのは中年の女性。

 (あ、アレンジかも……)

 勘で何となく察したあたしは、もう一つの勘も働いていた。

 「……何かお求めですか?」

 声をかけてみたけれど、そのお客様は、一通り店内を見回して、そして、じろじろとあたしを眺めた。

 「お見舞い用の盛り花が欲しいんだけど、……まさかあなたがアレンジするの?」

 「あ、えっと」

 (やっぱり……)

 ちょっと強い雰囲気に気圧されて、なんとなく言葉を失ってしまう。

 「お世話になっている方へ使い物なのよ。ちゃんとした方にしていただかないと……あなた、高校生でしょ?」

 エプロンの下の制服を冷たい視線で示されたけれど、このお店の名誉のために、ちゃんと言わなきゃ。

 「あの、あたし、」

 勇気を振り絞って言いかけたあたしの言葉を遮るように、

 「ただの高校生じゃないですよ」

 横から割り込んできた柔らかい男の子の声。


 見ると、最後に見た時よりも随分と伸びた黒髪が耳を隠して、ちょっと前よりもすっかり色白になった幼馴染みが立っていた。

 「――――健ちゃ」

 「あれなんだっけ? 免許皆伝?」

 「あ、うん、あ、じゃなくて」

 あたしは、お客様に向き直って、きちんと告げる。

 「あ、あの、あたし、生け花で、免状をいただいてます。それでこのお店のオーナーにもアレンジを任せてもらってます。ですから、盛り花、大丈夫です」

 「え? あら、そうなの?」

 「はい!」

 しっかりと受け答えする。
 基本なのに、こういうお客様には弱いあたし。
 まだまだ修行が足りないなあって思う。

 「それじゃあ、一万円分で作って下さる?」

 「かしこまりました」


 ……20分後。

 アレンジを終えて、満足そうに会計してくれたさっきのお客様を見送ってから、踵を返す。

 今度向かうは南健斗!


 「健ちゃん!」

 レジ横で、ずっと大人しく雑誌を読んでいた健ちゃんに声をかけた。


 「お、終わったか?」

 「うん、終わった。……じゃない!」


 あたしは、腰に手を当てて仁王立ちを見せた。


 「んな怖い顔するなって、千愛理」

 「学校休みすぎでしょ! 1ヶ月以上、いったい何してたの?」

 「はは、ちょ〜っとオヤジにくっついてウォール街で遊んでた」

 「藤倉君も心配してたよ」

 「向こう着いてすぐにスマホが壊れてさ。モバイルPCにはアドレス入れてなかったから。まあ、悪かったな」

 南健斗。16歳。
 小学校以来、白邦学園高等部で久しぶりの同窓生になったあたしの幼馴染。

 「――――健ちゃん、ちゃんと2年に進級できるの?」

 「ん〜、多分。ぎりぎりセーフ?」

 「もう! 後輩になっても知らないからね」

 「その時はいろいろ構ってよ、千愛理先輩」

 「ぶ」

 膨らんでたあたしの頬を指先でへこませた健ちゃん。

 「くく、相変わらず色気無ぇ」

 「酷い!」

 少し懐かしささえも感じてしまう悪態に、がんばって反撃を試みようとした時だった。


 チリン。
 制服のポケットに入れていたあたしのスマホが、音を立てる。

 「……なに、メール? 珍しいじゃん」

 驚いた顔をする健ちゃん。

 「あ、……うん」

 素っ気なく返事をするけれど、あたしの鼓動はどんどん強くなっていった。

 「――――見れば?」

 促されて、あたしはおずおずとスマホを出す。


 「あ、なんだ、機種変したのか?」

 「ん。あ、でもメアドはそのままでも大丈夫だから」

 「そっか」

 ジーッとあたしの手元を見てくる健ちゃんの視線が痛いけど、メールが誰からか、やっぱり気になってしまう。

 『珍しいじゃん』

 健ちゃんがそう言ってた通り、あたしにはメールのやり取りをする人がほとんどいないから、
 だから、きっと、今受信したメールは……。

 思い切って受信ボックスを開いた。

 胸が潰れちゃわないように、息を強く吸い込む。
 切ない痛みで、涙が出そうだった。
 恋ってこんなに、何もかもを変えてしまうんだ。


 (明日の10時にあの公園で)

 これだけの事で、こんなに、嬉しい。

 凄く、嬉しい――――。


 「なに……、もしかして千愛理、男できた?」

 その呟きに、あたしはハッとする。
 健ちゃんが居るの、すっかり忘れてた。
 カアアアと、顔が赤くなるのが自分でも判る。

 「ちっ、違うの!」

 「ぷ、……わかりやすいヤツ」

 「違う、ほんとに、ちょっと、いろいろあったっていうか、よく、わかんないんだけど」

 「ふ〜ん」

 「本当に、違うんだ……」


 尻すぼみになったあたしの頭に、健ちゃんがポンと手をおいた。

 「なぁ千愛理」

 ふと声音を変えた健ちゃんに、ハッとして顔を上げる。
 相変わらず優しい、その深い黒の瞳。

 「俺との事は、ちょっとした寄り道だったと思えよ」

 「健ちゃん……」

 「今度、紹介しろ、相手。俺が見極めてやる」

 「――――うん」

 健ちゃんの微笑みにつられるように笑って、あたしは、素直に頷いて見せた。








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