小説:クロムの蕾


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VIOLETISH BLUE
MOTION


 「綺麗だ。まるでガーベラだね」

 そう言ってあたしの頬にキスをした本宮君。
 その唇が、僅かに肌を啄むように動くから、なんだか耳の周りが縮こまる様な、変な感じが駆け抜けた。

 「凄く可愛い、千愛理」

 「も、本宮君!」

 完全に反応を遊ばれてる。
 キスの感触が残るところから、熱がじわじわと広がっていく。

 でも……、


 とても嬉しかった。


 『千愛理にはガーベラみたいに、見る人を明るくしてくれる女の子になってほしいな』

 ママの願いが、ほんの少しでも叶えられているんだとしたら、こんなに嬉しいことは無い。


 「お……お席にご案内いたします。こちらへどうぞ」

 ほんのりと頬を染めて、係りの女性が先に進んで行く。

 「おいで、千愛理」

 本宮君の手が、自然にあたしの掌を取った。

 「……」

 本宮君の熱を、またあたしが奪い始める。

 彼には、不思議な空気があると思う。

 金に近いクリーム色の髪の色以前に、
 ヘーゼルの甘い瞳以前に、

 全身が、特別なオーラで包まれているような、そんな綺麗さ。

 だってほら、本宮君が一歩足を進めるたび、まるで優しい風が印すように光が動いて、それまで談笑していた他のお客さんや、給仕をしていたウェイトレスさん、カウンター席の内側にいるバーテンさんだって、視線を奪われずにはいられない――――。

 「どうぞ」

 案内された席は窓側で、

 「すごい……ッ」

 展望レストランからの眺望はあたしの想像以上だった。

 「すごい、すごい……!」

 1秒毎に興奮度が上がるあたしに、

 「クス。ほんとに子供みたいだね」

 また、本宮君がそれを言う。

 もしかして、沙織先生なら、やっぱり大人の女性って感じで、「素敵ね」なんて言っちゃったりするのかな―――――?


 「……」

 「ほら、そうやってむくれる所とか」

 目を細めてくすくす笑いながら、本宮君はなぜかあたしの背後に廻った。

 「え?」

 理解できずに振り向くと、

 「どうぞ?」

 優しく唇の端をあげて、促されるまま素直に座ろうとしたあたしのひざ裏まで、椅子を差し入れてくれる。
 エスコートもスマートで、本当に王子様だ。
 突き刺さる様な視線を感じて恐る恐る目を向けると、周りのたくさんの女性達の目が、恨めしそうにあたしを見て、憧れるように本宮君を見つめている。

 「……」

 本宮君と居ると、どこに行っても、針のムシロだなぁ……。
 ばれないように小さく息をついている内に、本宮君と会話をしていたウェイトレスが立ち去って行く。

 あれ――――?


 「ねぇ、本宮君、何か注文したの?」

 「うん。電話で席を予約した時にね、コースはもう決めてあるんだ」

 「え……?」

 「メインには肉も魚もあるから、楽しめると思うよ?」

 「……」

 なんだかもう、その段取りの良さに唖然。
 でもその驚きの反面、胸がきゅんっとするあたしは、ほんと単純だ。
 だって……、今日の事、こうして予約を取ったりして準備した間は、あたしの事を考えてくれてたって事だよね?

 でも……、それをするのは、"仮の彼女"であるあたしの"仮の彼氏"役を全うするためで、つまりそれは、

 ―――――きっと沙織先生との事を、守るための行動なんだけど……。


 「千愛理?」

 「あ、はい!」

 「……」

 勢いよく俯いていた顔をあげたあたしに、本宮君が真顔になる。

 「――――僕と居て、他に考え事?」

 「え?」

 「女の子といて、そういう扱いを受けるのは初めてだよ」

 ふと、ヘーゼルの瞳があたしを捉えた。

 「あ」

 まるでヒマワリのような眩しいその虹彩が、あたしの瞳孔を突き刺してくる。

 目が、逸らせない―――――。

 身体にぞわりと鳥肌が走る。
 胸の奥から、何かがつくつくと流れ出る。

 これは、トキメキ?

 それとも―――――、


 「ほんと、千愛理って面白いよね」

 楽しそうな笑みで頬杖をついた本宮君。


 「ぁ」

 あたしは、まるで現実の世界に引き戻されたように、ハッとした。
 本宮君に、吸い込まれるかと思った――――。

 「おもしろい……って」

 何て応えていいのか判らずに、思わずオウム返しをしてしまう。


 ――――面白いって、本宮君にとって、それは一体どういう意味合いなんだろう?

 疑問を声にしたいのに、見つめられて動けない。
 唇を動かしたら、ただ、好きって、伝えそうになる自分が怖い。


 ――――本宮君の視線は、あたしの何かを狂わせるビームを放っている。


 「そのままの意味」

 「……」

 意味深に感じられる本宮君のその視線に、あたしは顔をが熱くなるのを感じながら、また、下を向いた。








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