小説:クロムの蕾


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VIOLETISH BLUE
MOTION


 本宮君を好きだと自覚してから、ずっと考えていた事があった。


 『どうして、嫌がらせをなくすために、あたしと付き合うなんて……?』

 『―――それは、ギブ&テイク。千愛理は嫌がらせの無い平穏な学園生活。僕は、女の子達にセマられない静かな学園生活』


 状況がよく呑みこめていない内に始まっていた、あたし達のこの契約。
 あの時、やっぱり本宮君はすべての段取りを整えていて、気づいたら状況証拠だけで噂が先行して、あたしも、正直言うとホッとしたから、そのまま続けて来た。


 ――――でも、あたしはもう、本宮君が好きだから。

 本当に、好きになってしまったから―――――。



 『千愛理には、ガーベラみたいな女の子になって欲しい……』
 『あなたを咲かせてくれる男の子はどんな子かしら―――――』
 『優しくて、切なくて、でも幸せで泣けちゃうような、そんな恋をしてね、千愛理』


 見守ることが出来ない、あたしの未来にそんな夢を見ていたママの言葉を、裏切りたくない……。


 恋をしたなら、

 恋をするなら、


 あたしは、


 ――――ママに胸が張れるような恋がしたいの――――。


 でも、どうやって切り出そう……。
 メインディッシュの肉料理が運ばれてきて、あたしは本宮君をジッと見た。
 機嫌は、悪くないと思う。


 ……言って、みようかな。


 そう思って口を開いたのに、出て来たのは、

 「そのピアス、綺麗だね」

 本宮君の耳に光る、大粒のルビーのピアスの事。

 「それ、ルビーだよね?」

 鳩の血のように紅い、ピジョンブラッド。
 あたしが携わった"Stella"のディスプレイにも使われたその石の事、照井さんに一度説明を受けたけど、血のような紅が特徴のピジョンブラッドは、希少価値が高くて、小粒でもかなりの高額。

 本宮君がしてるのも、きっとかなり質が良いと思う。

 「小さい頃からの僕のプライベート用」

 プライベート……。

 そんな単語に、単純に喜んでしまうあたし。
 もう重症かも―――――。



 「言っておくけど、僕の名前の由来じゃないから」

 そう言った本宮君に、あたしは思わず目を瞬かせた。

 「――――違うの?」

 あたしが訊き返したからなのか、本宮君は、炭酸水で食べたばかりの肉を飲み下してあたしを見る。


 「僕の名前は、漢字に振る方のルビ」

 「?」


 漢字に振る、ルビ……?


 読み仮名の?


 「――――あ」


 嘘。

 なんだか分かっちゃった。


 「そっか。ご両親、二人の愛に読み仮名をつけたんだね」

 愛し合った二人の愛の結晶。
 本宮君が、その愛の証――――――。

 読み仮名とした本宮君の存在そのものが、二人の愛の意味そのもの……。

 ……あれ?


 本宮君が、顔を真っ赤にして口許を隠し、あたしから目を逸らすようにして外を向く。


 嘘……、

 「本宮君、真っ赤だよ」

 あたしの言葉に、

 「こんな恥ずかしい発想、当てたの、千愛理が初めてだよ」

 息を吐くようにして告げた本宮君。

 「もう、とっくに離婚しているけどね」

 「そう……なんだ。残念だったね」


 最後はなんだか寂しそうに見えて、本宮君を想い、肩を落とす。
 すると、そんなあたしの態度に誤解をしたらしい本宮君がクスリと笑った。

 「ショックだった? 愛とか恋とか、永遠に続くみたいな理想、持っていそうだもんね、千愛理は」

 「……」

 なんだが、チクリと、胸に針が刺さった。


 「そんな事、――――ないよ……」

 本宮君のヘーゼルの瞳が、意地悪くあたしを見つめている。

 「―――――そう?」

 「うん……」

 出来れば、濁したいと思っていたあたしの希望を避けて、本宮君がポツリと言う。

 「千愛理、もしかして、誰かと付き合った事、――――ある?」


 「……」

 嘘をついてまで、隠す事でもないと思う。
 コクリ、あたしは頷いた。

 「本当に短い期間だったけど、中学の時に、一度……」

 「……へえ? ――――キスは?」


 尋ねられ、思い出すのは、健ちゃんの顔。
 誰よりも、一番健ちゃんが近くなったあの日の事――――――。


 「あ、あたしの事はもういいでしょ?」

 頭の中にあるものを一度全部振り切るつもりで首を振った。

 空っぽにする。
 すべてをリセットするんだ。

 「本宮君……・、あたし、本宮君に、話があるの―――――」


 「……何?」

 そう聞き返した本宮君の瞳が、微かに揺れたような気がした。
 一度下を向いて、それから、もう一度真っ直ぐに本宮君を見る。


 「無かった、事にしたいの」

 「―――――何を?」

 「あたしと本宮君が付き合っているっていう話……」

 次の聞き返しまでは、少し、間があった。

 「……どうして?」

 「……」


 あたしは、ずっと考えていたことをどうやって本宮君に伝えようか、たくさんたくさん、考えた。


 あたしね、本宮君。


 あたし、やり直したいんだ――――――。
 こんな契約じゃなくて、

 やっぱり、本宮君に好きになってもらえない結果なんだとしても、それでも、フェアに恋を頑張れるポジションに戻りたいの―――――。


 優しくて、切なくて、でも幸せで泣けちゃうような、ママが言ってた、そんな恋がしたいから―――――。


 でも、それを言うと、告白になっちゃう……。

 「ちょっと、いろいろ考えて……」

 結局、絞り出せたのはそんな言葉。


 「ふうん……」

 ナフキンで口元を拭いながら、本宮君は顎を上げた。

 「分かった。それじゃあ、みんなへの説明は、嘘ついてたって事よりも、"別れた"にしてもいい? 僕も、ヘタに騒がれて干渉されたくないからね」

 「……うん……」

 「それでいい?」


 最後の確認、そう言わんばかりの強い眼差しで、本宮君があたしを見ている。


 いい……んだよね?


 ゴクリと唾を呑みこんで、


 「――――――うん」


 あたしはゆっくりと頷いた。








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