【あ、……ッ】 僕が揺れるたび、マリアの美しい金髪もシーツの上を何度も波打つ。 白い肌が汗ばんでいく様がとても綺麗で、まるで初めてのあの夜のように、懐かしさと、尽きる事のない甘い欲望が体中を駆け抜けていた。 【ルビ、ぅ、……ぁッ】 達して体を震わせるマリアの余韻を待つ間、包むようにその頬に触れる。 虚ろなエメラルドグリーンの瞳が、驚くほど女の色をして僕を見つめていた。 今までも、色んな女性から向けられたその眼差しが、マリアからのものだというだけで、金剛石以上の価値を持つ。 【マリア。――――初めてあなたをリードできた、かな?】 頬から手を流し、横髪を梳いて毛先まで愛撫する。 パラパラとベッドに落ちる金色の光が、優しくマリアを彩っていった。 【ふふ、ルビ……】 マリアの長い両腕が、僕の首に絡みついてくる。 【もうToy Boyじゃないのね】 悪戯っぽく笑みを象る唇が、僕の男心を擽った。 【あなたからの褒め言葉は、誰のモノよりも価値がある】 【可愛い事言うのね】 【―――――またからかう】 少し拗ねて見せると、マリアはエメラルドグリーンの瞳を細めた。 【たくさんの女の子を、幸せにした―――――?】 【――――どうかな?】 笑いながら応えて、僕は啄むようなキスをマリアの唇に落とし、右手でマリアの左足のひざ裏を抱え込んだ。 【――――少なくとも、僕は幸せだったよ?】 ゆっくりと腰を動かすと、直ぐに甘い吐息がマリアの唇から漏れ始める。 【……ん】 そう、確かに幸せだった。 ほんのひと時、すべてを僕がコントロールした女性達の可愛い姿を、独り占め出来た歓び。 【ルビ、ぁん】 【マリア……】 一声上げるたびに、僕の首に絡めた腕に力が入る。 マリア……、 マリア―――――…… 僕は、あの一夜が、"初恋"と呼ぶのに相応しいのかどうか、ずっとずっと、迷っていた。 その理由はきっと、置いて行かれた現実から推測できる真実を、認めたくなかっただけ、なのかもしれない……。 あれは、ただの感傷の一夜。 恐らくは、マリアが自分を慰めるための、 そして、ただそこに、"僕が居た"だけで得られた、そんな一夜―――――。 けれど今日、再会した瞬間に、 マリアの顔を見た瞬間に、 ――――僕はただ、"理解"した。 あれは間違いなく初恋だった。 確かに僕は、マリアが好きだった。 失った焦燥感から温もりの残像を追いかけていたんじゃない。 あの、煙る様に色彩を放つラナンキュラスに囲まれた、金と碧の宝石のようなマリアの美しさに心を攫われ、そして、初めて僕に芽生えた男としての官能を、あの夜確かに、全て奪われてしまったんだ――――。 『――――いいこと? ルビ。あなたのこの情熱的な眼差しに感応する女性が、きっとあなたを幸せにする』 僕を置いて消えたマリアの言葉が、セックスをする相手を選ぶ基準だったのは、そこにマリアの面影すらも求めていたから。 ケリと心を通わせ、母性を求めなくなった僕に視姦が無い今、マリアを見てじんわりと思い出す事の気持ちは、やっぱり今まで感じて来たどんなものとも違っている。 『どんな形であれ、あなたは私を愛しいと感じている―――――』 その通りだよ、マリア。 あなたが、こんなにも愛しい。 憎らしい程に、こんなにも――――― 『あの時、私は17で、あなたは13―――――』 まだ、あの時のマリアの年に追いついていない今の僕。 けれど、間違いなく、あの時よりは狡猾になった。 【マリア、マリア】 【ルビッ】 呪文のように、僕は唱える。 【時間の限り、あなたを愛してあげる、マリア】 【あぁッ、】 【あなたを愛してあげる、マリア】 【ルビ……ッ!】 僕の動きに合わせて、大胆に体を開いていくマリアを眺めながら、僕の征服欲は意地が悪いところから湧き上がってくる。 あの時、僕が感じた感情の一片でもいい。 いつか、僕を思い出して、一度くらいは、泣いて欲しい。 あなたがこれから身を置くメアリー・ウィンストンという時間の中で、僕とのこの思い出が、容赦なく、美しく残酷に降りかかるよう、願いを込めて…… 【身体の中心から指の先まで、余すところなく、愛してあげる、マリア】 【ぁ……っ】 自分でも引いてしまう程に黒い感情を籠めた言葉は、結ばれた僕達の官能を刺激して、二人で目指す高みのハードルをなおさら上げていくだけだった。 "行為に溺れた" そんな表現がふさわしい程、お互いを貪ったその明け方。 脳の覚醒を促す何かに刺激され、僕はゆっくりと目を開けた。 目の前にはマリアの満ち足りた寝顔があって、 その唇から漏れる優しい吐息が、僕の笑みの呼び水となる。 分厚いカーテンの隙間から入ってくる陽光が、ほんのりと彼女の金髪に反射していた。 同じ色の睫毛にかかる髪を指で払い、そのまま頬をそっと撫でて、 「……」 再び、心地良い睡魔に手を取られようとしたその時だった。 コンコン、と部屋のドアを鳴らす音。 ウィンストン家の執事か、ウェインか。 どちらにしても、僕とマリアのこの状況に水を差す程の覚悟で以て鳴らされた合図だ。 よほどの事だと思う。 「……ふぅ」 気だるい体に鞭を打って、そっと上半身を起こしたのに、敏感にマリアが反応した。 【ん……どうしたの? ルビ】 薄く開けられたエメラルドグリーンの瞳が、明け方まで続いた行為の余韻をまだ残している。 【ごめん、寝てて。大丈夫だから】 屈んで彼女の額にキスを落とし、ベッドから抜け出す。 その途端に、マリアと共有していたベッドの中の温もりはあっという間に消えてしまった。 カウチの曲線に下がっていたムートンのガウンを羽織り、合わせを結んでからドアを開ける。 リビングに続く廊下の端に、ウェイン・ホンが立っていた。 「ウェイン……どうしたの?」 難しい顔をしている。 彼がこういう顔をしている時は、 「ルビ、……天城アキラがスクープされました」 「え?」 僕も思わず眉根を中央に寄せた。 「ケリ?」 「いいえ」 「?」 ウェインが差し出した雑誌を受け取る。 広告ページの後、記事としてはほとんど巻頭扱いだ。 写真はモノクロで2枚。 都内某スタジオ前で腕を組んで笑う天城アキラと、ケリではない女性とのツーショット。 そして、どこぞのホテルで落ちあったというその秘話。 ご丁寧に部屋を開けた女性が天城アキラを出迎えるシーンの証拠写真付き。 ……やってくれた。 思わずため息が漏れた。 「――――今何時?」 「11時半過ぎです」 「……」 ケリは、もう、ワイドショーから耳にしている筈だ。 そして、きっと胸を痛めている。 それから、"大丈夫"だと、自分い言い聞かせ、気丈に立っているんだろう。 「――――向こうで話そう」 背後のマリアを起こしてしまうのを気にして、僕はウェインを従えてリビングへ進んだ。 【おはようございます】 陽光が差し込んで明るい室内に足を踏み入れると、透かさず、中央にあったソファから立ち上がり、マリアの執事が一礼した。 【おはよう。Mr.ワイズマン】 銀縁の眼鏡の向こうから、涼やかな眼差しで笑顔を向けてくる。 金髪が、陽射しを含んで明るく輝いていた。 マリアの専属執事らしいマシュー・ワイズマン。 どこで見た顔なのかをやっと思い出した。 3年前、マリアに 【よろしければコーヒーをお持ちいたしますが?】 【――――ぜひお願いします】 申し出に、僕が遠慮なく給仕を促すと、透かさずキッチンの方へと歩き出す。 恐らくはウェインが醸し出す空気を読んで席をはずそうとする行為だと想定できた。 その背中を見送って、僕はソファに腰掛ける。 手に持っていた雑誌をテーブルに投げて、ウェインを見た。 「まあ、 告げながら、テーブルの雑誌の名前を見た。 週刊フェイス。 出版社名は……確か前回交渉した企業一覧の中にあった気がする。 「これ、今朝発売?」 「はい。10時から店頭に並んでます」 「昨夜の今日、か。――――この写真のアングルとタイミング的所感からして、"ヤラセ"だね」 「とは、思いますが……」 眉を顰めるウェイン。 ケリを心配しているのが手に取るようにわかる。 「――――ウェイン」 僕に名前を呼ばれて、ウェインは顔を上げた。 期待をしている事は判らないでもないけれど、今、ケリに関して、僕に出来る事はきっとない。 「僕はね、あの二人がこれで壊れても全然構わないよ。ケリと離れる事が僕の人生で選択肢にあるなんて考えてもいなかったし、むしろ僕に依存して一生傍にいてもらっても全く問題ないと思っていたしね。だから日本について来ることも、結構ほんっとうに面倒くさかったけど甘受したわけ。なのに、いざ日本に来たら2ヶ月もしない内にケリは自立心に目覚めて別に暮らそうと言い始めて、挙句君に裏切られた結果、天城アキラに手を出され、なのに前回スクープされた時は、甲斐甲斐しくケリのために動いたわけ」 一気に放った僕に、ウェインが目を丸くしている。 「つまり、」 僕は立ちあがった。 「今回に関しては僕は何もフォローはしない。もちろん、ケリが傷ついたら、慰めるのは僕だけどね。監視と報告よろしく」 「わかりました。……どちらへ?」 マリアが待つ部屋とは逆の方向に足を進めた僕に、ウェインが不思議そうな顔をした。 「シャワー浴びてくる。それまでコーヒーは冷ましといて」 「はい」 ――――さあ、天城アキラ。 これが最初の難関だよ。 正しくクリアできないと、この後も決して、続きはしない。 10年以上、自分を押し殺して我慢する愛を貫いてきたケリ。 それに気づかないまま進めれば、ずれた歯車が、痛く痛く、廻っていく二人になる。 ボロボロになる前に、ケリを助け出す事は可能だけど、もう少しだけ、時間をあげるよ。 天城アキラ。 あなたはどんな答えを、 ケリに、 そして僕たちに、示してくれる―――――? "knocker"is coming "ケリの心をノックする者が現れた" ケリの傍についているトーマから、そんな嬉しいメールが届いたのは、夕方前の事だった。 |