小説:クロムの蕾


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VIOLETISH BLUE
AGITATION


 「……愛理、千愛理」

 「痛ッ、……え?」

 ギュッと手を握られて、その痛みに我に返ったあたし。

 「千愛理、大丈夫か?」

 そう言いながらあたしの顔を覗き込む健ちゃんと、テーブルの向こうから心配そうに見つめて来る藤倉君。

 「……あ、あは、大丈夫……なんか、ごめん、ね」

 「あ〜、いや、いいんだけどさ、えっと、佐倉、本宮と別れ、たの?」

 チラリと動いた藤倉君の目線の先に、きっと本宮君が居るんだと思う。
 あの、綺麗な人と一緒にいる、本宮君が―――――。

 「……うん」

 「えっと、いつ? だって先週末、デートで水族館行くって――――、え? その時?」

 あたしの表情から色々読み取ったらしい藤倉君が身を乗り出してきた。

 「あ……、――――うん」

 曖昧に笑うしかない。

 ―――――でも、


 どうしよう。

 泣きそうだよ……。




 『無かった、事にしたいの』

 『―――――何を?』

 『あたしと本宮君が付き合っているって事……』



 そこから、1からやり直したいと思った。
 この恋を、精一杯頑張るために、契約じゃなくて、"あたし"をちゃんと見て欲しくて、好きになってもらえるように頑張ろうって、

 「っつうか、別れて三日で他の女って、いくら何でも早すぎだろ?」

 呆れ気味の健ちゃんの声。

 「ああ〜、まあ、モテないワケはないからね〜本宮」

 「それにしてもだよ」

 ……違う。
 あたしは、多分わかってた。


 あたしと付き合っている振りをしてまで校内でカムフラージュしてた沙織先生がいても、

 『エリカ? どこのホテル?』

 そう言って学校を早退した事もある本宮君。

 『セックスは好きだよ?』

 サラリと言ってしまう彼は、きっと、他にも、そういう事を出来る女の人が、他にも居るかもしれなくて―――――、

 少なくとも、あたしが知っているだけでも、沙織先生と、エリカさんと、マリアさんの三人。
 そして、うち二人の容姿から想定すると、本宮君はかなりの確率で、あたしなんか足掻くのも情けないくらいに、女性っぽいヒトが好みなんだって事……。

 「千愛理……」

 あたしの手を握っていてくれた健ちゃんの指に、キュッと力が籠められる。
 その温かさに、思わずポロリと涙が落ちた。

 「あ、……へへ、ごめん、馬鹿だね、あたし」

 「佐倉……」

 「……千愛理」

 眉尻が下がっている二人に、今度は申し訳なさで泣けてきた。

 「あ……」

 こんなのダメ。
 全然ダメ。

 「ふぅ……」

 呼吸を整えて、頑張って笑顔を作る。

 「ねぇ、デザート食べよ。せっかく来たのに、食べ尽くさないと勿体ないよ」

 あたしが弾かれたように言うと、健ちゃんもふと笑った。

 「だな。よし! 食うか。俺が持ってきてやる」

 「え? 健ちゃん?」

 「いいから」

 立ち上がった健ちゃんの手の温もりが消えたかと思うと、その手は、ポン、とあたしの頭の上に置かれた。

 「千愛理は座っとけ」


 あたしを安心させようとする優しい笑顔で言いながら、
 でも、眼差しは厳しいほどに、真剣―――――。

 「あ、……うん」

 そっか――――。

 ケーキを取って、こっちに戻ってくるときに、どうしても本宮君が視界に入っちゃうから、そう言ってくれてるんだ。

 「千愛理の好きそうなモンは全部知ってるから、俺に任せとけ」

 「うん。よろしくね」

 「じゃあオレは飲み物ね。何が良い? 佐倉」

 「じゃあ、ホットカフェオレ」

 「了解しました〜」

 手を上げて、健ちゃんと藤倉君を見送って、

 「……」

 ホッと肩を落とす。

 でも、


 「――――……」

 後ろの、どこかに、いるんだよね……。
 二人が、どんな風にそこに居るのか、想像するだけで、チリチリと、背中が焼けそうになって、なんだか、胃も痛くなってきた……。
 そんな自分がまた情けなくて、涙が出そうになる――――。

 そして、それを飲みこもうとした瞬間、


 「……ぁ」

 さっきの、本宮君が、マリアさんの額にキスをしたシーンが、あたしの頭の中に鮮明に思い返された。

 沙織先生とのキスを目撃した時は、まだ好きだって自覚してなかったから、それなりに戸惑ったけれど、こんなに胸は痛くなかった。
 あの時は、僅かだったけど、自分に生まれた黒い感情に驚いて、嫉妬って、凄く苦しいと思った。

 嫉妬……、出来るだけ、あの時はまだ、あたしは幸せだったんだ。

 だって、今は、―――――心に空いた大きな孔に悲しみしか、無い―――――。

 本宮君と、マリアさんの、二人の姿が、あまりにもお似合いすぎて、身体を寄り添わせる二人のあの姿が、とても、綺麗すぎて……。

 片想いのスタートラインに立ったばかりだったあたしは、もしかしたら見ない振りをしていたのかもしれない本宮君の本来の姿に、

 心が全然、ついていけなかった―――――。








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