小説:クロムの蕾


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PINKISH
BE DYED



 Invitation  To Chieri Sakura


 部屋のベッドに寝転びながら、花菱のお祖父ちゃんの名前で届いた、真っ白なクリスマスパーティの招待状をジッと見つめる。

 金で粉染めされたあたしの名前。

 去年まではパパに招待状が来て、あたしはそのパートナーとして参加してた。
 でも、今年からは何故か、あたし宛の招待状。
 パパとママに連れられて初めてこのパーティに参加したのは、小1の時。
 ママはまるでお姫様のように綺麗で、パパにエスコートされて、短い時間だったけどダンスを踊って、

 『ママきれーい』

 最初は感動して見つめていたけれど、


 ひらひらひらひら、
 二人が動いて、ママのドレスの裾が舞う度に、まるで蝶々のように見えてきて、だんだんと胸が苦しくなっていったのを覚えてる。

 『あらあら、千愛理。ママにヤキモチ妬いちゃった?』

 あたしが涙を浮かべた理由を、ママは明るくそう言った。

 『ごめんね。パパはママの王子様だから』

 あたしの前髪を指先で撫でつけるようにしながら微笑んだママ。

 『いつか、千愛理にも王子様が来るから』

 『――――うん』


 頷いたあたしに、またママは笑って、

 『少し疲れたから、そろそろお部屋に戻りましょうか』

 『……うん』


 ほんとは、ママは解ってた。
 その後ろで苦笑するパパも、きっと解ってた。


 あたしが、別の意味で泣いていた事。

 ラストダンスをありがとう。
 眠ったフリをするあたしの傍で、ママは掠れた声でそう言った。

 かすみ。

 パパの声がして、いつものチュッとキスをする音。


 哀しい。
 幸せ。
 寂しい。
 幸せ。

 ママが病気になってから、あたしの心はずっとその繰り返し。

 それから一か月もしない内に、ベッドからほとんど動けなくなったママは再び入院して、それきり、お家には帰れなかった。


 ひらひらひらひら、

 ママが何処かへ飛んで行っちゃう……。

 揺れるドレス姿を見つめながら、子供心にそう感じた通り、


 ―――――二度と、帰ってこなかった。


 その直後、パパは打診されていた海外勤務を受諾して、あたしはパパに連れられて3年間、ニューヨークに住んでいた。
 社宅として準備されたマンションには同じ年頃の子も多くて、日本人学校以外はほとんど英語圏の生活。
 華月流にはニューヨーク支部もあったから、お稽古も日本とほぼ同じペースで通う事ができて、充実した3年はあっという間に過ぎて行った。

 そして、帰国したその年に、お祖父ちゃんに招待されたクリスマスパーティに行く途中で、ママの、あのラストダンスの秘密を教えてくれた。

 『病気のママと、そんなママを気遣うパパ。千愛理が見慣れていたそんな私達だけじゃなくて、違う印象でも覚えていて欲しい、そう言って香澄はあのダンスをお前に見せたんだよ。千愛理に好きな人が出来る頃、好きな人といる輝く自分の事を覚えていれば、きっとお前もそういう恋をするだろうからって。そういう輝くような恋に、憧れるだろうからって』

 「……」

 『リアルタイムで道を示せないから、せめて憧憬として、千愛理の恋を応援したかったんじゃないかな』


 ママの想いが胸を打つ。

 『僕のスペシャル。近いうちに紹介する』

 そして、あの言葉が胸を刺す。


 「本宮君―――――」

 あたしが、こうして本宮君を想うのと同じ気持ちで、マリアさんを想っている本宮君。

 名前を呼ばれて、

 抱き締められて、

 キスをして、


 もう、それだけでいいなんて、本当に心から思ってしまったあの瞬間。

 あたしは、ママが夢見ていた、"輝く恋"を、放棄した―――――?


 本宮君を好きだと思う気持ちと、ママを想って泣きたくなる気持ちとが、体中で犇めき合って、爆発してしまいそう。


 「……ママ」

 招待状を胸に抱いて、天井を見つめながら、ぼんやりと呟いた時だった。
 目尻から涙が零れたのと、ほとんど同時。
 コンコン、というノックの音。

 「千愛理、入るぞ?」

 「あ、うん!」

 慌てて起き上がって涙を拭うと、そのタイミングで部屋のドアが開けられた。

 「千愛理?」

 「どうしたの? パパ」

 尋ねながら、壁にかかった時計を見ると20時で、いつもより随分帰りが早い。

 「いや、本当に去年と同じもので良いのか、気になってな」

 「え?」

 何の話題なのか、理解出来ずにフリーズしたあたしに、

 「それ」

 ベッドのシーツに埋もれそうになっていた招待状を指差してパパが苦笑した。

 「行くんだろう?」

 「う……、うん」

 「もう高校生だし、膝丈のドレスだとまずいんじゃないかって、同僚が言うものだから……」

 「……」

 同僚。
 その単語に、ちょっとドキッとした。


 最近、パパの世界に新しい住人が居る。
 パパの仲の良い会社のお友達は、時々、家でご飯も食べたりするから、何人かは知っているけれど、その人については、なかなか名前が出てこない。

 でも、今ので、確定。

 その同僚は、女の人―――――だ。


 ママが亡くなってから8年?


 ―――――8年。


 長い、のかな……?

 それとも、

 「短い……?」

 ポツリ、無意識に呟いてあたしに、

 「やっぱりそうなのか?」

 パパが瞬時に反応した。


 あ、

 罪悪感で胸がドキリとする。


 ―――――パパだって、新しい恋をしていいと、思う。
 ずっと、そんな風に思っていたのに、いざとなると、それを否定する理由を考えていたあたし……。

 「ならほら、新しいドレスを選びに行かないと……」

 いつもの優しい顔で話を進めて来るパパに、心拍数が上がってくる。


 今は、ドレスの話。
 まだ、"その話"じゃないんだから、落ち着いて、千愛理。
 いつかきっと、たくさん考える時は来る。

 パパが、濁さずに、正面からあたしに向かってくる日。
 あたしはその時に、きちんと受け止めて、そして、考えてみればいい。


 「あ、の、――――パパ」

 「ん?」

 二度、深呼吸をして、パパへと顔を上げた。

 「パーティに一緒に行ってくれるパートナーが、ドレスをプレゼントしてくれる、らしくて……」

 「パートナー!?」

 「うん。千早ちゃんに言われたの。招待状を貰ったからには、パートナーはやっぱりパパじゃダメみたいなの」

 「……え、そうなの、か?」

 困惑気味のパパに、

 「そうみたい」

 あたしが笑って返すと、パパも苦笑した。

 「良く、解らないな、あの世界は」

 「――――そうだね」

 あたしが応えると、パパが、「いいか?」と口にしながら、ベッドに腰をかけてきた。

 「―――パパ?」

 首を傾げたあたしに、一つ、小さな咳払いをして、

 「――――そのパートナーは、千愛理の彼氏?」



 ――――え?


 まさかの質問。

 「……えっと」


 そっか。
 そうだよね。
 パートナーって、男の子だし……。

 「健斗君なら、そう言うだろう? 名前が出ないって事は、健斗君以外の人なんだろう?」

 「……うん」

 なんて、応えれば、いいんだろう。
 きっと本宮君は、あたしとのこの「付き合っている」という対外的に知らしめている関係を、学園内に限定しているんだと思う。
 その目的はきっと、最初から変わってない。

 沙織先生を護るため……。

 それに、本命だって別にいるわけだし……。
 パパにその名ばかりの関係を言うには、本宮君にとって、あまり良くない気がする……。

 でも、


 「同じ、学園の人」

 「……」

 「……あたしの、好きな人」

 恥ずかしいけど、やっぱりパパに、嘘はつけないから―――――。

 「あたしの、大好きな、人――――」

 「―――そうか」

 ふと、パパが息をつく仕草。

 「泣きそうな顔をしているから、少し心配したけど、今の顔なら大丈夫かな?」

 「――――え?」

 「ママに似てた」

 「……ッ」

 「だから、千愛理を信じるよ」

 「……」

 「まだ片想いなら、後悔が無いように頑張りなさい」

 「パパ……」

 「残念ながら、全ての恋が実るわけじゃないからね。けれど、どんな結果になっても、最後は泣く事になっても、千愛理がいつか思い出した時、笑顔になれるほどに頑張れる恋なら、きっとママも、天国で応援する筈だよ」

 「……ッ」

 「もちろんパパもだ」


 涙が、じわりと溢れて来て、

 「パパ……」

 幾つも幾つも、雫が落ちて、


 「……千愛理に抱き着かれるなんて、小学校の時以来だな」

 微かな笑いと共に、パパの広い胸から響いたのは、あたしの心をホッと包み込む、とても優しい、声だった―――――。








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