小説:クロムの蕾


<クロムの蕾 目次へ>


PINKISH
BE DYED


 「色はベビーピンクからオレンジピンクのその辺りまで、素材はサテンに絞って、オーガンジーを使っているデザインを中心に残して」

 ソファに座り、スマホを耳にあてた体勢で、目の前に並べられた無数のドレスから、先ずは色合いとイメージでの選別をするよう指示を出す。

 「靴も同色から。ストラップ式の方がいいかな。バッグとセットになっているデザインを優先してくれる?」

 「かしこまりました」

 本宮の屋敷を仕切って30年という女中頭の三戸部さんが、僕の要望通りに素早くメイド達に指示を出す
 候補から削られたドレスや靴が、次々に開けられたドアの向こうへと運ばれていき、その先の廊下では、本宮家からの要請でお勧めの品物を意気揚々と運んできていた各百貨店やブティックの販売員達が、選ばれなかったアイテムを右往左往しながら引き取っていた。

 『……し? もっしも〜し? ルビ、お前そこにいる?』

 スマホから届く健斗の声に意識を戻した。

 「ああ、ごめん。なんだっけ?」

 『お前なぁ……、――――まぁ、片手間でいいから話に付き合えっつったのは俺だけど、お前からあれきり連絡無くて、千愛理の堕ちようが見てられないって話』 

 「……」

 "Stella"2号店でディスプレイをしている千愛理を見たのは昨夜で、

 「……そんなに沈んでる?」

 『もう笑いが空元気。あいつらしいっつうか、そういうトコもまあ、健気で可愛いっつうか』

 「……」

 何かを秘めながら、それでも無理に笑う千愛理を思い出す。
 あの屋上で、これまでにも何度か見た。
 僕の胸を痛めつけるのと同時に、僕の事を思って揺れるその儚さは、愛おしい。

 「――――あんまり見ないでよね。僕以外の人が、そんな目で千愛理を見るなんて、想像するだけでも苛々するから」

 『……お前って、ほんと面白い奴』

 「……それを思う要素が今のセリフの中にあった?」

 『なに、お前じか、』

 「あ、ちょっと待って」

 何かを言いかけた健斗を制して、目の前に改めて並べ直された横向きのドレス群を見た。


 カラーバリエーションと素材で選抜されて残った20着ほどのドレスは、少し短めのラインからロングまで、丈が様々で、

 「……、三戸部さん。膝丈より短いのはダメ。あと、そのスレンダーラインとエンパイアは下げて」

 僕の言葉に、三戸部さんがニコリと笑った。

 「かしこまりました。膝からアンクルまでの、Aラインとプリンセスラインのみにいたします」

 それが紡がれるのとほとんど同時進行で、メイド達が候補から外れたドレスを片づけていく。


 『……ルビ、お前、いま何してんの?』

 健斗の素朴な疑問に、思わず笑いが零れる。

 「魔法の、"種と仕掛け"を準備中」

 『魔法?』

 「うん。―――――あ、リボンのモチーフのは要らない」

 「はい」

 「スワロやスパンコールが付いているのも下げて」

 「はい」


 残り、――――6着。


 「正面から見せてくれる?」

 僕の言葉に、三戸部さんが頷いた。
 スタンド式のトルソーに着せられたドレスが、間隔をとって僕の方へと向けられる。
 同じ条件で選り分けられた靴とバッグも2セットだけが残った。

 『あ〜、あれか、明後日のクリスマスパーティのドレス』

 「うん。オーダーメイドは無理なスケジュールだったからね。既製品から選んでるところ」

 『くく』

 「―――――何?」

 少し不愉快な気分で聞いたのに、健斗がしばらく返してきたのは刻むような笑い声で、

 『そこが面白いとこだって話』

 「――――あぁ」

 さっき中断した件だと思い出した。

 『あいつの事、見るなって妬いたり、そうやってあいつの為にドレスをご機嫌で選んでたり』

 「……」

 『好き好きビーム出まくりじゃん? なのに、何で意地張ってあいつの傍から離れてんのかなってさ』

 「……」

 例えば、大輝に同じ質問をされたとしたら、僕は、答えを口にする事は出来なかった気がする。
 そして大抵は、押し黙った僕の心情を大輝が分析してくれて、

 (困った人だね、君は―――――)

 そう言ってオニキスの眼差しが細まるのを、不貞腐れて受け止めるだけだった。


 けれど―――――、


 「……健斗はさ」

 『ん〜?』

 「今まで女の子と付き合った事ある?」


 大輝とも、ルネとも違う、―――――今まで、僕の周りに居た人達の、誰とも違う……、同年という、僕にとっては、初めての距離感を持つ相手――――。

 「……」

 自分の事を、自分の口で話すのは、これまであまり機会が無かったような気がする。


 『あ〜、俺は"彼女"ってラベルにはあんま興味無かったからなぁ〜。強いて言うなら千愛理くらい。まあ、遊んでないとは言わないけど』

 「ふうん」

 健斗は"つまみ食い派"って事か――――。
 意外な気はしたけれど、まさか、と驚愕する程でもない。

 でも、

 それでもきっと、


 「離れてるのは、……」

 傍に居ないのは、


 『うん?』

 「……千愛理が、泣いてくれている方が、次に会った時に、簡単だから」

 『―――――え?』

 たっぷり間をとってから聞こえて来た健斗の声に、思わず、僕の口許から零れてしまう、泣きたいくらいに悲しい笑み。

 あの日、

 『好き……本宮君が好き―――――』

 そう言って、僕を求めた千愛理に夢中でキスをして、

 『ドキドキして、心臓が爆発しちゃうかと思ったの……』

 そんな可愛い事を言う千愛理の心に寄り添いたいと願い、触れようとして、気づいた事――――――。


 どんな言葉を紡げば、千愛理が幸せを思うのか、僕には判断できなかった。
 一瞬の戸惑いは、まるでトラウマのように、それからの僕の行動を制御した。


 『簡単……って』

 だって僕は、


 (僕が慰めてあげる)

 (僕をその人だと思えばいいよ)


 「慰め方しか、知らないから―――――」

 『……あ?』


 (あなたという星をずっと見ていられると思う―――――)

 13歳の時、精一杯の勇気を出して初めて紡いだ愛の言葉は、翌日消えてしまったマリアには届かなくて、
 それからずっと、ケリの面影を求めた、悲しむ女性達の身体を慰める方法しか知らない。
 身体を抱き締める事で、心を温める方法しか知らない。

 だから、


 「最初から、そこに居るだけで幸せそうにする千愛理に、何を言えばいいのか……」

 一緒に、育んでいく愛の仕方を、僕は知らない。
 どんな言葉が正解かなんて、僕は知らない――――。

 「どうすればいいのか……」

 抱いた女性の数が、僕より圧倒的に少ないんだとしても、


 きっと、

 健斗の方が、


 「――――わからなかったんだ……」



 大切な人を、幸せにする言葉を知っている―――――……。








著作権について、下部に明記しておりマス。



イチ香(カ)の書いた物語の著作権は、イチ香(カ)にありマス。ウェブ上に公開しておりマスが、権利は放棄しておりマセン。詳しくは「こちら」をお読みくだサイ。