小説:クロムの蕾


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PINKISH
DESIRE


 花菱家主催のクリスマス・パーティの会場となっているスノウアロウズホテルの敷地内に入ると、そこは見目優しい白のLEDライトがまるで星のように視界に溢れるクリスマスイルミネーションに包まれた、とても幻想的な世界だった。

 横に座る千愛理を見ると、車窓の景色に目を奪われていて、僕の事を完全に視界から消している状態。
 けれど、左手はしっかりと僕の右手と繋がっていて、触れ合ったそこは、溶け合ったように同じ温度になっていた。

 煌めくイルミネーションの間を、本宮のリムジンでゆっくりと進み、本館横を抜けて、敷地奥にある別館へと進む。

 向かい合ったシートの端に、僕達から離れて座るボディガードのウェインも今日は正装で、久しぶりに見たその姿は、パーティが多かったロス時代を思い出させる。
 その懐に銃が入っていない事が、ここが日本だという証。

 そして、


 ケリ――――――。


 今日の正午過ぎ。
 突然に齎されたケリからの電話。

 『ルビ? これからロスに向かうわ』

 『何かあった?』

 『"Aroma"で問題が発生したの。――――向き合ってくるわね』

 向き合ってくる――――――。

 つまり、本当は見たくも無い状況がそこにはあるという事。

 『……大丈夫?』

 『大丈夫よ』

 それは、いつもより元気は無かったけれど、


 "大丈夫よ―――――"

 そうやって、これまで泣き笑って口にしてきたものとは違うように聞こえて、


 『……天城アキラはなんだって?』

 『―――――ルビったら』

 笑ったのは、フルネームで呼ぶ僕に対して。


 『……早く、帰って来いって』

 『……そう』

 ケリの、その弾みを抑える努力をした嬉しそうな声音に、もう、僕が応えられるのは一言だけ。


 『……気をつけて』

 『ありがとう。行ってくるわね』

 『うん』


 電話を切った後、かつて見た、シンと穏やかな時間を過ごしていたケリの顔を思い出した。
 いつだって、あんな風に幸せに過ごして欲しいと思っていた僕の願いは、きっと天城アキラによって叶えられていくんだろう。

 今頃、ケリは飛行機の中。
 これまでは、僕がその手を握って、誰よりも近いところで支えてきたつもりだったけれど、

 もう本当に、息子という名の騎士ナイトは、不要になったみたいだ。


 「……」

 隣に座る千愛理の横顔を、改めて見つめた。
 並木の影と一緒に車内に飛び込んでくるライトの光。
 流れるモノクロに近い色彩の中、まるでフィルムのように浮き上がっては溶ける彼女の姿。

 白いファーコートを羽織った彼女は、内側から滲むその純朴さが引き立って、なおさらに僕の頬を緩ませる。

 これから、僕が護って生く存在は、ここに在る――――――。


 握っていた千愛理の手を口許に運び、その甲に唇を押しつけると、驚いたように千愛理が振り向いた。
 わざと音を立ててもう一度キスをすると、目を細めて、僕の目を見て微笑み返してくる。

 きっと、その頬はピンク色に上気しているんだろう。


 守ってみせるよ。

 そんな意志を籠めて見つめ返すと、勘のいい千愛理は、ふと心配そうに首を傾げた。


 「――――本宮君?」

 「……」

 押し黙った僕に、千愛理の眼差しが不安気に揺れる。

 「……あの、もとみ、」

 「ルビ」

 「――――え?」

 「ルビ」


 親指を、千愛理の唇に這わせた。
 さっき三戸部さんにメイクを直してもらった時、グロスまでは気が回らなかったな……。

 反省の意味を込めて考える。

 グロスを舐め取る感触は少し苦手だから、本当は思いっきり指で拭いたいけれど、色が落ちると千愛理も気にしてしまうかもしれない。

 「僕の名前、呼んでみて?」

 「……ッ」

 俯いた千愛理の顎に手を添えると、触れた場所から急激に熱が上がって来たのが感じられた。
 同じ速度で僕の胸も熱くなって、

 「千愛理」

 ゆっくりと顔を上げさせると、潤んだ千愛理の眼差しと視線が絡む。



 「早く呼ばないと、今すぐここで、キスするよ?」

 「……えっ?」

 千愛理の視線が弾かれたように動いた先は、同じ空間に居るウェインの存在で、巻き込まれた当の本人は少し呆れ顔になりながらも、特に動じる気配も無い。

 「あ、あのッ」

 「早く」

 下唇を僅かに引っ張り、少し開かせた唇へと、僕の唇を近づけていく。

 「あ、」

 「……」


 15cm。


 「る、」

 「……」


 千愛理の手が、僕を制御しようと、コートの袖を掴んで来た。

 10cm。


 「……ル、……くん」


 あと、5cm―――――、



 「ルビ君!」

 全身から絞り出すように僕のファーストネームを呼んだ千愛理に、


 「……」


 0cm。



 ちゅ。



 「――――――え?」


 触れるだけの、キス。


 しばらく呆気に取られていた千愛理が、

 「も、も、本宮君!」


 震える手で僕の手首を掴まえながら、首まで真っ赤になって睨み付けて来るその仕草は、怒っている筈なのに、何故か僕の幸せを誘発する。

 「……ねぇ、千愛理」

 囁くように切り出した僕に、

 「……え?」

 千愛理は、怒りモードから一気に狼狽&警戒モード。
 迫る僕の影から逃げるように、ドアの方へと身体が後ずさっていく。

 「次に"本宮君"って呼んだら、またキスするから。例え誰の前でもね」

 「……」

 困ったように上目で見つめてくる千愛理。
 その額に、僕は悪戯っぽく笑って、もう一度、唇を寄せた。








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