三戸部さんに見送られて乗り込んだ本宮家の車は、本宮君に似合いすぎる真っ白なメルセデスのリムジン。 内装も上品なベージュで仕上げられていて、何もかもがトパーズ色をした彼仕様だと思った。 白馬じゃなくて、白リムジンの王子様――――――。 例えば健ちゃんなら幼馴染特権で笑っちゃうようなネーミングも、本宮君なら、誰だって頬が染まってしまう。 恐る恐る車内を確かめるようにしながらシートを進んだあたしの直ぐ後から、慣れた様子で乗り込んで来た本宮君。 身体をシートに落ち着けた途端、まるで自然にあたしの手を取って、するりと指を深く絡めてきた。 合わさった指の間の感覚が、なんだかおかしくなってしまいそう……。 きっと、本宮君にとっては"こんな事"、くらいで……、 けれどあたしにとっては、息が出来なくなるキスと同じくらいの行為。 緊張で、浅い呼吸を繰り返す中、寡黙なウェインさんが乗って来た。 茶色の髪と、本宮君のよりも少し濃い色のヘーゼルの瞳。 本宮君とはまた違う大人の魅力で、タキシード姿が似合っている。 ―――――やっぱり、何処かで会ったことがあるんだけど……。 もう、記憶があやふやで思い起こす事がなおさら難しくなっている。 「……愛理」 「……」 「千愛理、……見過ぎ」 「えっ?」 ハッと意識を戻すと、いつの間にかリムジンは走り出していて、 「見過ぎだから」 「―――え?」 首を傾げたあたしの視界を、本宮君の手が覆うように塞ぐ。 「そんな目で僕以外の人を見るのは禁止ね」 「……」 ……そんな目って、あたしはただ、 「……」 「……」 お互いに無言が続いて、ゆっくりと手が離されると、そこには本宮君の顔があった。 「分かった?」 真剣に念を押してくる本宮君がなんだか可愛くて、 「―――――はい」 気が付けば、あたしはコクリと頷いていた。 今のは、……妬きモチをやいたって事で、いいのかな――――――? だとしたら、なんだか、あたしと本宮君がちゃんと同じ位置に立っているような気がして、凄く凄く嬉しくなった。 胸の奥がくすぐったくなって、逃げるように窓の外へと視線を移す。 暫くすると、手の甲にキスをされた感触で再び視線を呼び戻されて、 「……」 見つめ合って微笑みを交わしたその行為に、さっきの"I Love you"が蘇ってきて、あたしの口許はますます幸せに緩む一方だった。 そして、 「……僕の名前、呼んでみて?」 本宮君が突然に告げたそのオーダー。 名前……、 名前――――――? る……、ルビ、――――――? 「え……?」 応えを促すように、頬に触れられ、顎を持たれて、そんな甘い声で言われたら、あたしの心臓は壊れてしまう。 口を開いたら、鼓動の音が向かいのシートの端に座るウェインさんにも聞こえてしまいそうで、身体を固めたまま動けなかったあたしに、 「早く呼ばないと、今すぐここで、キスするよ?」 本宮君の指が、唇をスッと撫でてくる。 「……ぁ」 近づいてくる、本宮君の形の良い唇をジッと見つめながら、 え……? キス……? 嘘、 うそ、 だって、 だってウェインさんがそこに居るのに――――――! 「待っ、」 だから、 「……ッ、ルビ君ッ!」 勇気を出して呼んだのに、 ちゅ、 ――――――え? 結局、ウェインさんの前でキスをされてしまって、 「……」 睨み付けても、本宮君には全然効いてないらしい。 「次に"本宮君"って呼んだら、またキスするから」 そう言って、額にキスをされている間も、あたしはただ、少し不機嫌な振りをしながら、本宮君のコートの袖をグッと掴み返す事しか出来なかった。 ―――――― ―――― そうこうしている内に、辿り着いたパーティ会場。 毎年恒例の、花菱のお祖父ちゃん主催のこのクリスマスパーティは、花菱の親族をはじめとした、各関連企業の人達との懇親会も兼ねているのだと、まだ仲が良かった頃に千早ちゃんが教えてくれた。 「懇親会、――――ね」 ウェインさんに続いてリムジンを降りた本宮君が、その直前に鼻で笑ったような気がする……、けど……、 「……あ、―――――ありがとう」 スッと伸ばされた本宮君の手に、ドキドキしながらエスコートされた途端、その疑問は真っ白になって消えていく。 「さ、行こうか」 ライトの反射のせいか、いつもより金色に見える髪をかきあげ、優しい微笑みをあたしに落としてくる本宮君。 眼差しの中の黄金色のヒマワリが、光を含んで回るように花開いた。 「――――はい」 頷いたあたしの腰に手を添えて、促すように歩き出した本宮君はさすがに慣れている感じ。 周りを歩く、ドレスアップした紳士淑女の集団に怯む気配は全然無い。 あたしは、足が震えてます……。 パパと一緒の時とは、なんでだろう……? 全然違う――――――。 「コートをお預かりいたします」 招待状を確認するスタッフの横から、別のスタッフが声をかけてきた。 「ありがとう。―――千愛理も」 「あ、はい」 自分のコートを先に預けた後、あたしの背後に廻って、そっとコートを脱がせてくれた本宮君の所作に、周囲にいた女の人達が、顔を赤くして口を開けている。 わかります。 だって、見るからに王子様以外のナニモノでもない本宮君。 彼が動くと、まるで光も一緒に踊るようで――――――、 その空気は、 その世界は、 絵本の中でしか見れない筈の、夢の具現化だもん。 女の子なら、一度は夢に見た、王子様――――――。 「可愛い、千愛理」 そんな彼から、あたしの頬に落とされる優しいキス。 「……ありがとう、もと、……ルビ君」 「……」 あ、今、絶対に内心で舌を打ってそう……。 危なかった――――。 こんな場所で唇にキスなんかされたら、もう顔を上げられないよ……。 それにしても……、 『ああ、そうだ、千愛理』 『え?』 『パーティの間は、……パーティの間も、だけど。絶対僕だけを見つめていてね?』 『―――――え?』 『名前と、"これ"だけは絶対に守る事。いい?』 『……?』 『もし守らなかったら……』 バッグの中のグロス、今日で使い切っちゃうかも知れないよ――――――? 耳元で囁かれたあの言葉を思い出して、カアアッと顔が火照るのが分かる。 「……ッ」 恥ずかしい。 もう! こんなに恋愛モードなあたし、大丈夫なのかな? 本宮君、呆れてない……? でも、本宮君も、いつも以上に甘い気がするし……、いいの、かな――――――……。 「……」 本宮君を見上げると、同時に彼もあたしを見下ろしてきて、 「ねぇ、千愛理」 「……?」 「恋人同士になって初めてのデート、"僕達なりに"楽しもうね」 「……」 その言葉に、じわじわ、と……。 本当に、本宮君と両想いになったんだって、そんな喜びが湧き上がって来た。 「……ぅん、――――うん!」 クス、と優しい笑顔であたしの返事を受け止めてくれた本宮君は、スッと肘を出してくる。 「お手をどうぞ?」 「――――はい」 あたしは頷いて、掴まるように本宮君の腕に手を絡めた。 そして、その先で思わず握りしめた指先を、本宮君の右手がそっと包んでくる。 温かい……。 ふと見ると、温室で視界の端に見えた時と同じように、重なったあたし達の手には、爪の先に咲く花の彩が添えられて、 「……」 本宮君を見上げると、やっぱり彼は、あたしを見て微笑んでいた。 じんわりと、また心が温かくなる。 「ありがとう……」 思わず、お礼が口を出た。 この花は、二人の間に、今日咲いた花なんだ――――――と。 彼はもしかして、そういう意味で、あたしの爪に花を付けてくれたような気がして、 そんなあたしの想いを肯定するように、 「大事にしようね」 本宮君が紡いだその言葉に、 「……ッ!」 やっぱりそうなんだって、泣きたいくらいに嬉しくなった。 そんなふうに、幸せいっぱいだったこの時のあたしは、 "僕達なりに" 本宮君が発していたそんな言葉の意味を、何も、解っていなかった――――――。 |