小説:クロムの蕾


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PINKISH
DESIRE




 花菱の跡取りだったママは、本当ならお婿さんを貰って、代々続いてきた花菱の直系という血筋を守るべき存在だったのは、この世界に生きていれば、子供でも判っていた周知の事で、婚約者候補だって小さい頃から常に何人かいたらしい。

 だけどママは、至って普通の家庭に育ったパパと恋に落ちた。
 身分の違いという隔たりで、きっと反対されると思っていた二人は秘密裏に愛を育んで、パパが就職を決めたと同時に駆け落ち同然で結婚。

 ママは一族の恥と言われ、その陰口は、お祖父ちゃんと和解した後も密かに囁き続けられてきた事を、あたしとパパは身をもって知っている。
 だって、こういう公式の場に招待された時、未だにママを貶める、上流階級と呼ばれる大人達の会話が、こそこそと耳に入ってくるから……。

 花菱グループに昔から名を連ねている企業の関係者にとって、あたしとパパは格好の話題(ねた)。

 『パパと千愛理は、彼らの話題コミュニケーションの潤滑油になっているんだよ』

 苦笑しながらパパがそう言っていたのを思い出す。



 「―――――おお、千愛理か、よう来てくれた」

 舞台近くの椅子に座ったまま、会場を真っ直ぐに進んで来たあたしを見つけるなり、笑顔で迎えてくれたお祖父ちゃんは、今ではあたしの大好きな家族の一人。
 貫禄のある大きな身体に、紺色の着物と羽織姿がとても素敵で、ふわふわ白い顎髭が遊ぶ顔も光沢があるように見えるほどピカピカ。
 今年76歳だなんて思えないくらいに若々しい。

 「お祖父ちゃん」

 あたしも笑顔を返すとお祖父ちゃんの目は更に優しく細まって、

 「どれ、ハグさせてくれ」

 杖をつきながら、のっそりと椅子から立ち上った。
 まるでそれが合図だったかのように、あたしの指先を包むように握ってくれていた本宮君の手が、スッと離れる。


 (――――――え?)

 思わず本宮君を見上げると、会場のライトを浴びて輝くトパーズ色の瞳が、行っておいで、と促してくれていた。
 あたしは素直に頷いて、誘われるままお祖父ちゃんの腕の中に進み、背伸びをして、左右の頬にキスを鳴らす。
 キュッと抱きしめられた時、いつものお香の香りがして、何となくホッとした。

 「おお、いい子じゃ。どれ、顔を見せておくれ。――――――ふむ、また綺麗になったかの、千愛理」

 「……お祖父ちゃんたら」

 「女の子は、暫く見ない内に、気付けば磨かれてしまうからの」

 お祖父ちゃんの言葉に、少し離れた場所に立っていた居た中年の男性がクスリと笑ったのが視界の端に見えた。


 "女の子は、気づけば誰かに磨かれる――――――"

 つまり、

 "娘は、気づけば誰かのもの……"


 ……ママとパパの事を、揶揄して笑ったんだと理解して、ズキンと胸が痛んだのはほんの一瞬。

 「おい」

 低く唸るように告げたお祖父ちゃんに、その男性がハッと息を呑んで姿勢を正す。

 「儂は目の前の、今の話をしとる。いちいち過去を振り返ると己の器量を言わずして知らしめるぞ」

 「!」

 身体が縦に跳ねたと同時に、深く頭が下げられる。

 「――――――は、精進いたします。申し訳ございませんでした」

 「――――ったく。すまんの、千愛理。儂が居ない処では嫌な思いをしとるとは考えとったが、想像以上かもしれんなぁ」

 「……」

 お祖父ちゃんの言葉に、無言で耐えてきたパパが報われている気がする。

 「まぁ、お前も、問いたとてどうせ答えはせんじゃろ。……で? 千愛理。――――――あやつはどこの研磨師だ?」

 「え?」

 また別モノへと変わった声音を無防備に受け取って、あたしは大いに戸惑ってしまった。
 顔を上げて目に入ったお祖父ちゃんは、刺すような厳しい眼差しで本宮君を見つめていて、

 「あ……」

 お祖父ちゃんの周りにいる大人達も、それをまた遠巻きに囲む大人達も、それに倣ってみんな同じような態度。
 その中には、現在花菱を支えている千早ちゃんのお父さんもいて、その空気は、まるで伝染するかのように、ドレスで着飾った女の人達にも広がっていって、たくさんの視線が、本宮君に突き刺さっている。


 嘘――――――、

 こんな事になるなんて……、

 胸が、ドキドキと大きく打たれて、あまりの事に、あたしは全く身動きが出来なくなってしまった。


 どうしよう――――――。

 こんな雰囲気、一体どうすれば――――――……、


 「……」

 ゴクリ、と緊張を呑みこむ。

 何か、言わなくちゃ。


 「……、」


 この人は、

 この人は――――――、


 「あ、の」

 声が、震えて、身体が、一つの心臓のように鼓動していた。


 ダメ……、声が、出ない――――――ッ、


 泣きそうになってしまったその時だった。




 「――――――千愛理」


 聞こえた声に、ハッとする。

 優しくて、見目のイメージよりも低い声。
 けど、あたしの名前を呼ぶ甘さは、こんな空気の中でも、全然変わらない。

 濁った世界を、あたし目掛けて突き抜けて来る、たった一つの声――――――。


 「……ルビ君」

 僅かに細められたトパーズの瞳が、真摯にあたしを見つめていた。
 その視線が、まるで可視の糸のように、あたしの中に入ってくる。

 「ぁ……」

 何故だか、温室で抱き締められていた時のルビ君の身体の温もりが明確に思い出されて、あたしの全神経が、その蘇って来た感覚の余韻に震えた。


 ふと、"あたし"を呼び覚ます本宮君の言葉。


 『僕だけを見ていて――――――』


 目を、決して逸らさない本宮君。
 周りがざわついても、その目は、1ミリだって迷わずに、あたしに真っ直ぐに伝えて来る。


 『僕だけを見つめていて』


 ああ、……そっか。


 心音が、鼓膜から遠のいた気がした。


 周りの雑音が消える。
 あたしの思考に騒いでいた不安も消えた。


 大丈夫。

 だって、例え周りの人が全て敵になったとしても、本宮君だけは、

 ――――――ルビ君だけは、何があっても、絶対にあたしの傍にいてくれる。


 ルビ君の眼差しは、あたしがそう思う事を一片だって躊躇わせないほどに、その意志をはっきりとあたしに伝えてくれていた。


 「――――――ルビ君、この方が、あたしのお祖父ちゃん」

 ルビ君と見つめ合ったまま、あたしはどうにか口を開けた。

 喉はカラカラだったけど、もう声は震えていなくて、それを聞いたルビ君が、また優しく微笑んでからコクリと頷く。
 あたしも小さく頷いてそれに応え、そして改めて、お祖父ちゃんの方を見た。


 「お祖父ちゃん、あの方は、本宮ルビ君。あたしの――――――……」

 お祖父ちゃんと、周囲の、好奇心に貪欲な沢山の人の目が、あたしの言葉の続きを待っていた。


 えっと――――――、


 彼氏……?

 恋人……?


 数秒の事だけど、あたしにとっては世界一周分くらいぐるぐると考えて、


 「……――――――あたしの、大切な人です」


 これが、今のあたしにピッタリの応え。
 口にしてしまうと、なんだかホッと息が抜けてしまった。


 「僕にとってもね」

 「え?」

 耳元でルビ君の声が聞こえたかと思うと、頬にちゅ、と唇が寄せられる。

 「ルビく」

 凄く驚いて顔を上げ、きっと意地悪な色を含んだ笑みであたしを見下ろしているんだと思ったルビ君を見ると、



 「――――――花菱会長。初めてお目に掛かります。本宮ルビと申します」




 そこには、王子様とも、王様とも少し違う、あたしと同じ高校生の筈なのに、何故か、貫禄さえも窺える表情をした彼がいた。


 「……本宮……?」

 お祖父ちゃんがそう呟いた傍で、千早ちゃんのお父さんがハッとした顔をして眉根を中央に寄せる。


 「本宮の、現会長――――――」


 その声に、ざわりと周囲が揺れた。

 「なぜ本宮が……?」
 「……こんなに若いのか?」
 「いや、それよりも、問題は香澄さんの娘が……」
 「チッ、腐っても花菱の直系だぞ……」
 「クス、"これ"で香澄さんの汚名を雪ぐ気かしら」


 時間をかけて、たくさんの意味を含んだ視線が、あたしへと向けられてくる。

 解り易い言葉は平気。
 どちらかと言うと、何を考えているのか判らない無言の反応の方が、色々想像し過ぎて怖いから。

 それにしても……、

 大企業のトップにいる花菱の人達をこれほどに騒がせてしまうルビ君って――――――……、

 彼が転校してきた時に、その存在の凄さは何となく感じていたけれど、
 でも、あたしが解っている以上に、きっと本当に、凄い人なんだ――――――。


 何も知らないあたしは、少しだけ不安に駆られて、気づいたらルビ君の腕に触れていた。
 自分がしてしまったその無意識の行動を教えてくれたのは、そんなあたしの手を握り返してくれたルビ君の温かい手で……。


 どうしたんだろう……。

 あたし、こんなに一人で立てないような、弱い性格じゃなかった筈……。

 あの薔薇の温室で、ルビ君の腕の中で甘える事を知ってから、あたしが、まるであたしじゃないみたい――――――。


 「千愛理」

 「ルビ君……」

 人の目なんか、ルビ君は気にしない。
 そうしたいと思ったら、本当に即実行。

 「……」

 額に落ちたルビ君の唇の感触を、あたしは目を閉じて素直に感じる事にした。

 あたしの手を、包んでくれる温もりが心強い。
 同じ年のルビ君に、全てを任せて、頼ってしまいたい気持ちになる。


 ルビ君の顔があたしから離れていく気配がして、ゆっくりと目を開けると、


 大丈夫だよ。

 ルビ君の眼差しがあたしに落ちた。

 彼が伝えて来る眼差しに、ただ頷いて、傍に居たい――――――。

 傍にいたい――――――。



 「恋仲――――――という事かな?」


 お祖父ちゃんの言葉に、ルビ君が少し考えるような仕草をして、

 「……ああ、―――――その単語が、恋をする仲、という意味であれば間違いありません」

 肯定するように頷きながらそう応えると、お祖父ちゃんが眉を顰める。

 ルビ君、"恋仲"という言葉を初めて聞いたんだ。
 確かにあまり耳にしない単語。

 ……そういえば、普通に日本語を話すから忘れていたけれど、ルビ君はLA育ちだった……。


 「本宮の孫――――――」

 顎髭を撫でながら、記憶を手繰るようにお祖父ちゃんが言った。

 「香織さんと称ったかな。確かずっとアメリカじゃったな」

 「母をご存知ですか?」

 「小さい頃はパーティで会った。最近は、香織さんが経営しとる店でな、儂のイロが何人か世話になっとる」

 「……」

 押し黙るルビ君。
 きっと、あたしと同じで脳内辞書を捲りまくってると思う。


 いろ、色、……なんだろう?


 困惑するあたし達を他所に、周りの男の人達は苦笑でざわめき、女の人達は呆れ顔に変わる。
 そこへ、ルビ君の背後にスッと女性のシルエットが入り込んだ。

 「社長、……・」

 亜里さんがルビ君の背後から小声で耳打ちをして、きっとその答えを伝えているんだと思う。
 次第に、彼のトパーズの瞳が開かれていき、――――――そして、とても綺麗な王子様用の天使の笑顔が、ふわりと降臨した。

 きゃ、と女の人達が顔を真っ赤にして小さく歓声を上げ、男性陣も少し呑まれた様子で頬を染めている。

 あたしの心臓も、また刺激されて、ドキドキと早鐘を打ち始めた。
 せっかく落ち着いてきてたのに……。

 本当に、どうして彼は、こんなにも人を魅了する存在感があるんだろう――――――。

 そんなルビ君は、光る粒子を体から放出しながら、ゆっくりとお祖父ちゃんに近づき、その右手を差し出した。


 「会長。いつまでも、女性を幸せに出来るあなたを、男として、僕はとても尊敬します」

 「――――――ふ、さすが、伸次郎のひ孫じゃ」

 お祖父ちゃんも手を出してくれて、


 「個人的には、気は合いそうじゃの」

 その言葉に、本当に解りやすく、周囲に張りつめていた無数の糸がパツンと音を立てて切れた気がした。





 お祖父ちゃんから親しみの籠もった笑みを引き出したルビ君は、周りの雰囲気をあっという間に掴んでしまった。
 それまでの態度をすっかりと裏側に隠してしまった花菱の男の人達は、お祖父ちゃんと並ぶルビ君を取り囲みながらの自己紹介に余念がない。

 『10分くらいで切り上げるから、少しだけ待ってて』

 あたしの耳元でそう囁いて、通りかかったウェイターさんの持つトレイからオレンジジュースの入ったグラスを取り、それを手渡しながら頬にキスをくれたルビ君はその時、王子様というより、まるで魔法使いみたいで……、
 そしてそのマジックは、彼を取り囲む一回り以上の年上の人達にも効果があるみたいで、どう見ても会話を引っ張っているのはルビ君だった。
 話を始めるのも、それを終えるのも、すべての合図はルビ君から――――――。

 微笑みながら次々と、流れるように大人達をあしらっていくルビ君から目が離せなかった。

 すごい……。
 これで同じ年だなんて、信じられない……。

 オレンジの甘さを少量ずつ口に含みながら、そんなルビ君の横顔を見ながら動けなくなっていたあたしの視界の端に、ふと、人影が入り込んできた。

 「あ……」

 顔を上げるとそこに立っていたのは、真っ青なドレスに身を包んだ千早ちゃん。
 アップにした髪型もあってかいつもより凄く大人っぽくて、

 「綺麗……」

 挨拶よりも先にそんな言葉を発したあたしに、千早ちゃんが「あら」と笑った。

 「ほんと? ありがと。千愛理も可愛いわよ」

 「ありがとう……」

 「上から下までプロ仕様ね。彼が準備してくれたの?」

 チラリとルビ君に視線を向けた千早ちゃん。

 「――――――うん」

 応えながら、やっぱり、分かるものなんだなぁと感心しちゃう。

 「凄く千愛理に合ってるわ。センス良いわね、彼」

 「……うん」


 ――――――あれ?


 「それにしても、うちのおじ様方もうまく丸め込まれてるわね」


 棘の無い柔らかな口調。


 「見てよ。お祖父様なんかニコニコしちゃって、とてもご機嫌じゃない。これなら彼との交際に反対する人はいなさそうね」


 なんだか、


 「天は二物を与えないって言うけど」


 以前の千早ちゃんみたいで……、


 「彼を見る限り、それは幻想だって思っちゃうわね」


 胸に、もしかしたら、って――――――、小さな期待が生まれてしまう。



 「……ちは」

 あたしが、その名前を呼びかけた時だった。



 「なんか胡散くさ〜い」


 不意に、千早ちゃんの声音が変わる。


 「――――――え?」

 ドキリと、胸が痛くなった。

 目を合わせた千早ちゃんは、意味を含んだ眼差しであたしを見つめていて、


 「ホントは千愛理、彼に好い様に騙されちゃってるんじゃないのかな?」

 「……ッ」




 ……―――――、一瞬だけ、

 以前の千早ちゃんに会えたような錯覚を感じたのは、気のせいだったみたいだ。


 "どうして急にあたしが目障りになったの?"


 これまで、何度か尋ねてみたけれど、一度だって明確な答えをくれなかった千早ちゃん。
 きっと何か嫌われるような事をあたしがしちゃったのかもしれないけど、


 「見た目が王子様だからって、中身まで王子様とは限らないものね」

 ふふ、と笑いを含む千早ちゃんのセリフ。

 「もしかしたら花菱の何かを狙って千愛理を利用しようとしているのかも?」



 ――――――千早ちゃん……、それは、ダメ。



 「……――――――ルビ君は、そんな人じゃない」


 「――――――え?」

 千早ちゃんの目が、一瞬だけ見開かれたけれど、あたしは構わずに、胸を潰そうとする言葉を吐き出した。

 「あたしがされる事は、千早ちゃんに嫌われてるんなら仕方ないと思う」

 何が切っ掛けだかなんて、もうどうでもいい。

 「……でも、ルビ君の事は」


 視界の隅に映るトパーズの彼の存在に、勇気を奮い立たせた。


 「ルビ君の事は、」


 それだけは絶対に、自分の事のように我慢なんか出来ない――――――。



 「千早ちゃんの想像で、そんな風に悪く話して欲しくない」

 「千愛理……」

 驚いた様子の千早ちゃんの顔から、あたしは決して目を逸らさなかった。
 声は抑えたつもりだったけど、やっぱり穏やかな空気じゃない事は確かで、周囲にいた何人かが、この雰囲気を察知して興味深げにヒソヒソと会話を始めている。


 「……」

 「……」


 無言のままぶつけ合う視線。


 どうしよう、引き下がるべきなのかな?

 でも、あたしと関わった事で、ルビ君がこんな風に言われるのは、凄くすごく、我慢出来なくて、


 ドン、ドン、と――――――・

 心臓の音が強くなってきた。


 ゴクリ、と。
 あたしの喉が緊張で鳴った時、



 「――――――ごめん」


 ふと、そう口にした千早ちゃんの肩が、はっきりと下がった。


 「……え?」

 気構えていた分、眉をハの字にした千早ちゃんになんだか拍子抜けしてしまう。


 「素直になるって難しいね……」


 呟かれたその言葉に、

 「……千早ちゃん?」



 『君も、素直になったら――――――?』


 ふと、蘇ってきた、学校の階段下でのルビ君のあのセリフ――――――。

 あの時も、全然意味が分からなかったけれど、今はますます展開が読み込めない。


 「ごめんね」

 キュっと口元を結んで微笑んだ千早ちゃんに、

 「え……、あの……」

 混乱は究極に走って行った。

 「3年の時に委員で一緒になって、好きになっちゃったの」


 ……?


 「高等部で、千愛理と同じクラスになったから紹介してもらいたいって相談する前に、千愛理に幼馴染だって言われちゃうし、それだけでも凄く驚いてたのに、短い間だけど付き合ってたって聞いて」


 「――――――え?」


 俯き加減で、頬を染めている千早ちゃんは、何だか凄く可愛くて、



 "健ちゃんだとダメなの?"

 "あ……、当たり前じゃない"



 「………………え?」


 やっと思い当たって、あたしは思わず目を見開いてしまった。

 「え? え? 千早ちゃんて、え?」


 あたふたするあたしを、真っ赤な顔で睨むようにしながら、千早ちゃんは言った。

 「最初は、ヤキモチ」


 ――――――嘘。

 あれって、そうだったんだ――――――。


 「でも、南君、いつだって千愛理を大事にしてるんだもん。千愛理も、普通にそれを受け止めてて、だから苛々しちゃって……」

 「……それは……、幼馴染、……だから」

 「度を、超えてると思う」

 「……そう、かな?」

 千早ちゃんに釣られて、あたしの声も小さくなってしまった。

 確かに健ちゃんは、小さい頃はずっと一緒だったし、ニューヨークから帰ってからは数少ない話し相手だったから、あたしの顔色を読むのは上手いかもしれない。
 それにプラスして、健ちゃんも海外で生活経験があるからか、ボディタッチも多いと思う。
 でも、それはあたしの事に限らずで、近くに寄って来た女の子には、結構同じような扱いをしてるんだけど――――――、

 「本宮さんは何も言わないの?」

 「……えッ?」


 急に話を振られて、あたしは目を瞬かせた。

 「あたしは、凄く不愉快だった」

 「千早ちゃん……」

 「片想いでも、あんな風に醜くなるのに……。彼女があんな風に触られていても、本当に本宮さんは、不愉快じゃないのかしら?」


 それは、意地悪な感じじゃなくて、昔からあたしが知っている千早ちゃんらしく、素朴な疑問を口にした、ただそれだけの、ストレートな投げかけだった。








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