小説:クロムの蕾


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PINKISH
EMBRACE




 僕が掴む様に撫でる度に、編み込まれた髪が、一つ、また一つと零れて乱れ、
 キスをする度に、僕の唾液で濡れた千愛理の唇が開かれていく。

 額に、頬に、音を立ててキスをしながら、首の後ろのボタンを外し、ホルターに指をかけて滑らせると、千愛理の胸元が開けて、コンクパールだけが中央に輝く眺めになった。

 その状態を、肌に触れる空気で確認したのか、ますます顔を赤くして呼吸を弾ませた千愛理が、握った拳の第二関節を唇に当てて何かに耐えている。

 白い肌を、羞恥で桃色に染めていくさま――――――、
 時々漏れ聞こえる吐息すらも、まるで色を持っているようだ。

 「千愛理……」

 「ん……、ぅ」

 僕の愛撫に応えながら、黒のシーツの上に色香を放って身を捩る千愛理はとても綺麗で、


 ――――――ふと、初めて彼女を教室で見たときの事を思い出す。



 ケリとの関係の呪縛が解き放たれた事で、今の僕が失ってしまった"視姦"に反応していた千愛理は、あの頃はまだ、"官能"なんて単語すらも知らない少女だった。

 僕の視線から逃げ出した時の、あの気まずそうな表情に、とてもじゃないけど"女性"以前、まるで"子供"だと思ったほどだ。


 それが、


 「千愛理」

 首筋から胸元まで、啄むようにキスを落としながら、ドレスに線がでないように工夫されて作られたシルクのブラの上から、柔らかい膨らみに手を添えて、円を描くようにゆっくりと撫でる。

 顔を真っ赤にした千愛理はずっと目を閉じたままで、

 「ん……ぅ」

 漏れる声を殺そうと、花の咲いた手は口許を押さえ、反対の手は節が白くなるほどにシーツを握りしめていた。

 背中に手を廻してホックを外し、ブラが緩んだ瞬間、

 「ぁ」

 驚いたように千愛理が目を開く。


 「ルビ、く」

 潤んだ眼差しで、僕に縋るような視線を向けてくる千愛理はもう、きっと誰も否めない程に"女"の表情かおをしていて、

 でも、


 何もかもが、

 まだつぼみ――――――。



 「一つ目は君の唇」

 身体の位置を上に戻して、千愛理の愛らしくふっくらとした唇に、チュ、とキスをする。

 「……?」

 眉尻を下げた弱々しい千愛理の顔が、少し斜めに傾いた。

 その仕草が可愛くて、襲うようにしてまた深く唇を合わせる。
 舌を絡めるたびに湧き出てくる千愛理の唾液は、まるで花の蜜のように甘くて、

 「……はぁ、ん……ふ……、」

 肩で息をする千愛理から、名残惜しく唇を離してその密に酔わされた顔を見下ろし、僕は嬉々とした笑みを放つ。


 「二つ目の蕾は、――――――」

 「ぇ? ……――――、ぁ」






 ルビ君の手が背中に廻って、気づいた時にはブラのホックは外されていた。
 その締め付けが緩んだ瞬間、まだドレスは着ているのに、何もかもが彼に見透かされたような気がして、

 さっきの、心のストッパーが外れた時の感覚とは違う。

 まるで、あたしを包む最後のヴェールを取り払われたような、得体の知れない恥ずかしさと、そして、なんだか開放感と呼べるようなものもあって――――――……、


 深く深く唇を割ってくる激しいキスも、
 首筋や胸元に音を立てながら落とされる優しいキスも、

 まるで魔法のように、

 ルビ君の唇の跡には見えないキャンドルが立てられて、あたしの体に炎を灯していくようだった。


 「ゃ、……ルビ君、……ぁ」

 ルビ君の柔らかな舌が、鎖骨の形を表した肌に添って自身の唾液を塗りつけるように、ねっとりと動いている。
 時々、尖らせた舌先で線を引くのは、あたしに、次はここだよ、と合図をくれているようで、

 「……ん」

 その度に、火照りとは別の、チリチリとした小さな疼きの種が、あたしの身体に植えられていくような気がした。

 「ぁッ!」

 ルビ君の、骨格が綺麗な細長い手が、自分でも滅多に触る事の無かった胸の膨らみを包んできて、

 「……ゃ」

 しかも、形を変えるほどに大きく動かしている。

 それに戸惑っている数秒のうちに、

 「!」

 身体が、思わず飛び跳ねた。

 緩んだブラの中に直接入り込んで来た掌の感触。
 引きずられようとしていた、恐怖をも感じさせてくる未知の世界観から、ハッと我に返るように現実に戻された。

 最初はやんわりと包んでいただけだったその手が、次第に、胸の先へと集中して撫でつけられていくのが解る――――――。


 「ぁ、やめ」

 思わず、ルビ君の手を制したくなって、その腕を掴もうとしたけれど、

 「千愛理」

 手の動きは止めず、あたしの身体にゾワゾワとした感覚を生み出しながら、ルビ君は言った。

 「僕がどこを触っているか判る?」

 「……え? ぁあッ」

 ギュッと掴まれた衝撃に、思わず目を閉じてしまう。

 「ダメだよ、千愛理。目を開けて、僕を見て」

 優しい声音、けれど、逆らうコトなんて出来そうにもないその命令に、あたしは躊躇いながらも、ゆっくりと瞼を上げた。

 「……」

 潤んだ視界のその先には、一際大きく開いた黄色いヒマワリの輝きがあって、

 「僕が、どこを触っているか、わかる?」

 同じ問いを繰り返したルビ君の口許は、何故か綻んでいるように見えた。


 ルビ君の心中を代弁するかのように、クスクスと、そんなリズムで擽られるそこに、

 「ぁッ」

 また、キュッと抓まれるような感覚が痛いほどに走り、


 いや……、


 ――――――恥ずかしい。


 「ん、ぁ……」


 こんな声を出してしまう自分も、


 「や、……ルビく」

 気持ち良いと、感じてしまう自分も、


 「言って、千愛理。僕の指が、今、千愛理のどこに触れているか」

 「……ッ」


 ルビ君の問いに、恥ずかしさも極限に達して、思わず泣きたくなってしまう。


 「ど……して……どうしてそん、な、意地わ……る、言……ぁ」

 途切れる息の間に震えるように絞り出したのは、いつもより高くなった自分の声で、

 「だって」

 それに応えるように口を開いた筈のルビ君は、次に舌の先でコンクパールの位置ずらして、その下に付けていたキスマークに、少し長めのキスを落とした。

 ちゅ、とリップ音を出し、それからあたしの方へと視線を上げて、目を細める。

 「僕にくれるんだよね? 僕しか知らない千愛理を、……誰も知らない、知れるはずも無い、僕だけの千愛理を」

 「……」

 言われて、軽い混乱があたしを襲った。


 そんな――――――、


 こんなに、ハードルが高いなんて、あたしは想像もしていなくて、

 ただ、身を任せればいいと、思っていたから……。


 「ああッ、……ぁ、やめ、……ルビく」

 指の動きは止めないまま、あたしの言葉を待っているらしいルビ君に、もうどうしていいのか判らなくなる。

 「一度だけでいいから、千愛理」

 「や、……あッ」

 「その唇で、一度だけ」

 「ん、……ぁ」

 「千愛理」


 執拗に、その部分だけを意図的に刺激してくるルビ君は、それを言わない事を許してくれそうには決してなくて、


 「僕だけに、聞かせて」

 「ああッ、……ぁあ……」


 だめ、

 上手に考える事が出来ない。


 「僕の指が触れているのは、千愛理のどこ?」


 何かが、身体の何処かで、

 多分、ルビ君が、見えない糸で、


 あたしを――――――、



 「――――――」


 操られるように、
 惑わされたように、

 その恥ずかしすぎる単語を、あたしの唇が刻んだ途端、


 あたしの存在そのものが、

 存在する”この時間そのもの”が、


 まるでパズルのピースみたいに、何処かに格納されていくような現象を、錯覚していた――――――。






 「僕の指が触れているのは、千愛理のどこ?」

 僕の掌の中で次第に固さを変えていく胸の先の名を、あえて口にするように強要する。

 まだ触感でしか知らない千愛理の胸の形の輪郭を包むように揉むと、僕の中の欲望が、その先へ先へと、迸るものを促すけれど、

 「一度だけでいいから、千愛理の唇で、聞かせて」

 指先で摘まんだその先の弾力に、別の指の腹をあててじっくりと撫で擦る。

 「ん、……ぁ、」

 「僕だけに、聞かせて」

 「……ふ」

 「千愛理」

 少しだけ、催促に力を込めると、


 「――――――」

 観念したように、

 僕が求めるその単語を紡ぐ3つの音を、千愛理の無垢な唇が刻んだ刹那――――――、

 「ぁッ、ぁ……」

 千愛理の身体が、燃えるように赤く染まる。

 同時に、

 「千愛理――――――」

 愛しさが、どこからともなく濃く湧き上がって、僕の身体を震わせた。


 きっと、千愛理がこれだけの羞恥心を感じるのは、この世に生まれてきて初めての経験だった筈だ。

 誰も知らない千愛理を知る"歓び"とは別の愉悦。

 つまり、

 千愛理は今、恥辱というタグを以て、この出来事をその脳内に長期記憶、――――――永久記憶としてインプットしたという事。

 この辱めのインパクトで記憶を整理した千愛理は、これから僕らが営むSEXの事を、身体すら燃やしそうなほどに感じたこの恥ずかしさを切っ掛けに、どんなに年月が経とうとも、鮮明に記憶から引き出せるようになった筈……。

 幸せな初体験は、大抵が幸福感で支配されて、およそぼんやりとした記憶でしか蘇らない確率が高いのが普通だけど、千愛理の脳は、この思い出を決して褪色させる事は無いだろう。

 「千愛理」

 息を乱した千愛理の姿に、僕も理性を保つのに精一杯。

 けれどどうしてもこの記憶だけは、これから身体に刻む僕の印と同じくらい、脳内の襞にも刻みたかった。


 首を横に振りながら、泣き出しそうになっている、――――――もしかしたら、もう泣いている千愛理の頬に、僕の頬を当てる。

 時々、艶付いた声が小さく漏れ混ざるお互いの呼吸をお互いの耳元に聞きながら、
 僕は千愛理の背中に手を回し、その細い身体を腕の中に閉じ込めるように抱きしめた。

 「ルビ……君」

 掠れた千愛理の声が、僕の背筋に鳥肌を立たせて、
 その快感にまどろんでいる内に、千愛理の両腕が僕の背に乗せられた。

 しっかりと抱き合った僕達の身体。
 不思議と、挿入して一つになった時よりも密着度が高い気がしたのは何故だろう――――――?

 「酷いよ……恥ずかしくて、……死んじゃいそう……」

 僕の首筋に、それを綴った千愛理の息がかかって、またゾクリと官能が刺激される。

 「うん、ごめんね。でも、―――――ここからは」

 「――――――え?」


 肘で支えるようにして身体を起こした僕は、

 きっとこの瞬間から、もう既に、



 ――――――本能でしか息をしていなかった。





 初めてルビ君を見たのは、転校してきたあの日。

 『本宮ルビです』

 第一声の自己紹介は、鼓膜を擽るような甘い声で齎され、

 クリーム色に近い、透き通るような金色の髪と、日差しを映したかのような明るい黄金色の瞳。
 彼の動き一つ一つに、その光の片鱗がキラキラと周囲に振り撒かれて、誰の目をも惹きつけていた。

 藍色の刺繍でラインの美しさを強調した白邦学園の象徴である白いブレザーを着こなし、その美しい立ち居振る舞いの後、クラス中を魅了した微笑みを象ったその唇。


 これまで過ごしてきた当たり前の日常に、天使か、王子様がやってきたと、あたしだって浮き足立った。


 そんなルビ君が、


 「千愛理……」

 微かに息を弾ませて、あたしの名前を呼びながら、たくさんのキスを繰り返している。

 唇に、頬に、

 「ルビ君……」

 首筋に、鎖骨から、濡れた舌先が更に下へと滑らされて、

 「ぁ……」

 今までブラのワイヤーが当たっていたラインに沿うように、あたしの肌に、胸の膨らみに、音を立てて吸い付いてくる。

 「……ッ、ルビく」

 恥ずかしくて、そんなルビ君の顔を見ていられないのに、

 ……それなのに、新しい感覚が肌に齎される度に、何をしているのか確かめたくて、思わず目が開いてしまう。


 「や、……ぁ」

 さっき、名前を言うように強要されたその胸の先に、

 「やめ、……ん」

 ルビ君の舌が這わされた瞬間、まるで小さな稲妻がそこに落ちた気がした。
 もう一つの先には、ルビ君の指が中てられていて、引っ掻くように動いている。


 信じられない。

 こんな恥ずかしさ。


 「ルビく……ルビくん……」


 どうしたらいいのか判らなかった。

 ルビ君とあたしは本物なのに、その行為は、想像を遥かに超えていて、


 「ぁあ、……ふ」


 胸に、お腹の辺りに、上がったり下がったり、

 「千愛理……」

 何度も名前を呼んで、音を立てながら、無数のキスをするルビ君の唇。
 時々、その間から割って出る舌が、大きく、小さく、あたしの身体に波を起こす。


 「ふ……、んぁ」

 身体が絞られるような、

 今まで、あたし自身が知らなかった声が、自分でも戸惑う程に勝手に漏れた。


 恥ずかしい――――――。

 こんな自分が、なんだか自分じゃないみたいで、


 凄く凄く、泣きたくなる……。


 「――――――千愛理」

 逃げ出したくなって目を閉じかけた時、ルビ君の指があたしの髪に触れて、頬に触れた。
 現実にしっかりと焦点をあてると、目の前にはルビ君の顔があって、


 「混乱してる?」

 とても優しい声に、

 「……」

 あたしは思わず、震えるように頷いてしまう。
 するとルビ君は、眉尻を下げた珍しい表情で、複雑な微笑みを浮かべていた。


 「僕も、凄く戸惑ってる」


 「……え?」

 思いもしなかった言葉に、あたしは、あまりにも近くに在り過ぎる、いつもとは違うアングルになっているルビ君の顔を、ただ、ジッと見つめていた。








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