小説:月光は降り積もる


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始まりの日02
 「結奈ちゃん、まわってきたよ」

 前の席に座る紗世さんが後ろ手に結び文を渡してくれた。

 「ありがと」

 こそっとお礼を言って、先生に見られないようにそれを開く。


 とぅ、ゆな
 あたしと緋雨でHな妄想してる??
 顔、赤いよ〜

 まゆ


 「!!!」

 驚いて真由ちゃんの方を見ると、肩越しに振り返った真由ちゃんが悪戯っぽい笑顔でこちらを見ていた。

 ぶんぶん、と首を振ってこたえるけれど、真由ちゃんはただ意味深に笑うだけ。

 「・・・」


 ・・・もういいよ。

 白邦学園の制服は、高潔な白のブレザー。
 中に来ている白いシャツの襟元には両端をピンで留めるタイプの赤いリボン。
 グリーンのタータンチェックのプリーツスカートがお嬢様っぽい。
 その制服を完璧に着こなして微笑む真由ちゃん。

 ――――――ますます綺麗になったかも。

 そうだよね。

 家に決められた婚約者だけど、

 「あたしは緋雨にちゃんと恋してる」

 中学の時に一度だけ、そう正直に教えてくれた。


 大好きな人に、ずっとギュッてしてもらって、きっと、幸せだったんだな〜って、真由ちゃん見てるとほんとに思う。

 大好きな人が、誰よりも、誰よりも、一番近くになったんだ。

 想像すると恥ずかしいけど、絶対幸せなんだろうな・・・。

 あたしにも、そんな日がくるのかなあ・・・


 いや、まずは何よりも、

 "好きな人"

 から、探さなきゃだからね。


 ふふ。


 思わず笑いが零れてしまう。


 ――――――先は長いや。


 「結奈ちゃん、明日の放課後、私服に着替えてみんなでカラオケ行くんだ。結奈ちゃんもいかない?」

 4月いっぱいは短縮授業で、3時になる前には帰宅時間。
 紗世さんが振り返って誘ってきた。

 「あ〜、明日の放課後は学生課に行くんだ」

 「え、中等部に行くの?」

 「うん。入学の時の手続きに不備があったみたいで、いろいろ確認しながら新しく登録しなおすんだって」

 「資料送ってくれればいいのにね」

 「だよね〜」

 「じゃあまた誘うね」

 「うん。ありがと」


 手を振って教室を出ていく紗世さん。
 そこへ、入れ替わるように真由ちゃんがやってきた。

 「結奈、今日はまっすぐ帰るの?」

 「うん。月曜だからね」

 「ああ、お手伝いさんが補充してくれる日だね」

 「うん。三宅さんのお料理、凄く助かってるんだけど、小分けの量が多くて微妙に処理が大変なんだよね。だから、凍っちゃう前に分け直し」

 「1週間分じゃあかなりの量だよね。今日は緋雨が迎えくるの。家まで送るわよ?」


 すっごく魅力的なお誘いだけど・・・

 「きょ・・・今日は遠慮しとくね」

 「ふふん。やっぱり想像してるんでしょ。あたしと緋雨のそういうとこ」

 「真由ちゃん!」


 もう!

 どれだけオープンなんですか。


 顔を火照らせながらも軽く睨み付けていると、真由ちゃんが持っていた携帯を見た。

 「あ、来たみたい。じゃあ帰るわね?」

 「うん。真由ちゃん、また明日ね」


 蝶々のように軽やかに歩いていく真由ちゃんにひらひらと手を振って見送って、

 あたしは窓の外を見た。


 帰宅部の女の子たちが同じようなグループで毎日帰っていく放課後の景色。
 入学式の時より、影が少し濃くなったような気がする。


 次第に静まり返る教室。
 女の子たちの高い声が響く校庭。

 しばらくすると、真由ちゃんの姿が見えた。
 いつもなら、あたしが隣に並んでいる光景。

 真由ちゃんが、僅かにこちらを向いて笑ったような気がするのは多分気のせいじゃない。

 あたしも、笑顔で手をあげた。?



 ――――――
 ――――

 いつもの帰り道は学園から駅までの繁華街。

 ここは、このあたりでも一番大きい街らしい。


 治安は、良いわけじゃない。

 この街は2つの暴走族が縄張り争いをしてるって、イケメン好きの加奈子ちゃんが言ってたっけ。

 ブラックホークスっていうチームだけが蔓延ってた数年前までは結構荒れてたみたいだけど、
 双月そうげつっていう隣街の新しいチームが進出してきたおかげで、ちょっとずつ改善されたらしい。

 「おお〜、可愛い〜、白邦の子じゃ〜ん」

 「ボクたちと遊ばない?」


 あ〜もう!

 真由ちゃんと一緒の時は、たいていの男の子は頬を染めて真由ちゃんを見つめるだけで、ほとんど声なんかかけられないのに・・・。

 あたしって、よっぽど引っ掛かりそうに見えるのかな〜。


 「ねぇねぇ」

 「きゃ」


 腕をつかまれた。
 じゃなくて、掴まれそうになったところでMAX早足にしてどうにか逃げ出せた。

 やばかったよ〜。

 もう心臓に悪い・・・。


 ちょっと泣きそうになりながら、姿を現した駅にほっと息をついた時だった。


 キィィィィィィィ、


 けたたましいブレーキの音。


 「――――え?」

 振り返りざまそうつぶやいた時には、あたしの口はすでに布で抑えられていて、

 「ボケっとしてんな」
 「早く車乗せろ!」

 そんな声が、遠くなる意識の中で、ぼんやりと聞こえた。








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