小説:月光は降り積もる


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始まりの日03
 ――――――
 ――――


 ――――――嫌な・・・臭い。


 タバコの臭いだ。
 ファミレスくらいでしか嗅いだことない臭い。

 やだ・・・、頭が痛くなる・・・。

 寝返りを打とうとして、

 「!」

 後ろ手に、両手が縛られている事に気が付いた。


 あれ・・・?

 あたし、どうしたんだっけ?


 いつもの繁華街通って、駅が見えて、

 そこで――――――、


 (・・・!)


 記憶がよみがえって、さらに衝撃的な自分の状況に気づいた。

 口の中に詰め物されて、猿ぐつわがされている。
 制服は、ちゃんと着てるけど、白いブレザーの裾のところがはっきりと黒ずんで汚れていた。

 「・・・」

 ここ・・・、どこ?

 あたりを見回すと、ベッドがあって、クローゼットがあって、他は多分何もない。

 ドアが2つあるけど、1つはトイレが見えてて、お風呂場みたいなとこも見える。


 薄暗い。

 物音も、聞こえない。


 「んん、うぅ、うう」

 怖くなって涙が溢れてきた。
 冷え切った体に、涙だけがあたしの感覚を呼び覚まさせるもので・・・。


 どうして?

 な・・・んで?

 全然・・・わかんないよ・



 あたしに何が起こったの?



 どうしていいか分からずに壁を見ていくと、横幅が広い窓がベッドの上の方にあって、
 それがフィルムが貼られた窓じゃないのなら、もう日は暮れているみたいだった。

 月が・・・高い。

 もう、夜中?

 「・・・、!」

 突然、地鳴りのような爆音が辺りに響いた。
 それは窓の外からで、すぐそこで一段と大きくなって音が溜まったかと思うと、ぴたりと止んだ。

 数分ほど間があって、今度は咆哮。


 どうしよう・・・

 どうしよう・・・・・・


 その咆哮は、間違いなく男の人のもので、

 これから自分の身に何が起こるのか、あたしでもわかる。


 パパ・・・

 ママ・・・

 真由ちゃん・・・


 怖いよ、怖い・・・。



 誰か、


 助けて―――――――




 この部屋のドアが開いたのは、その咆哮が聞こえてから随分な時間が経ってからだった。



 ――――――
 ――――

 お酒の臭いがする男の子が、あたしの腕を強く掴んでいる。

 「ほら、さっさと歩けよ」

 「・・・ッ!」

 グイグイと押されながら、あたしは成す術もなくただヨロヨロと示されるドアに向かって歩き進んだ。

 口の中の布は唾液でパンパンで、
 けれど唾液を取られた喉は痛いほどに乾いていて、

 泣きすぎて顔はぐちゃぐちゃだろうし、

 足は恐怖でガクガク震えて、


 これからどこに連れていかれるのか、真っ暗な感情でいっぱいだった。



 ドアが開けられて、


 「!」

 10人くらいの男の人たちがいることを認識した瞬間に、部屋の中央に体を押し投げられる。


 「んッ!」

 絨毯の上に、あたしは転ぶようにして倒れこんだ。
 痛みがダメ押しで、もう、体勢を整える気力もない・・・。

 「おい、大事な獲物なんだからよ、丁重に扱えよ」


 嫌な、声。

 こんなあたしを見て、笑いを含んでいる、背後からの嫌な声。


 「・・・リョウさん、コレ、どうしたんですか?」

 今度はあたしの正面からだった。

 僅かに目線をあげると、その声の主は驚いたようにあたしを見ていて、ゆっくりと、金髪をかきあげた。

 その周りには、ニタニタする顔と、驚愕している顔が半々で、笑っている人たちの方が、みんな年上に見える。

 「まっつい〜」

 また、背後から嫌な声。

 すると、黒髪に緑色のメッシュをサイドにいれた男が、見覚えのあるスクールバッグを開ける。
 中から取り出したのは、生徒手帳。


 あたしの・・・、

 あたしのだ・・・。


 「スズキユイナちゃん。白邦の1年生、ね?」


 ――――――え?



 ちょっと待って、あたし違う。

 あたしは、スズキユナ。

 ユイナじゃない。

 ただの、この人の漢字の読み間違え?
 確か生徒手帳には、読み仮名は振ってなかったはず・・・

 結奈ってかいてユナだから、読み方を時々間違えられたりするけれど・・・


 もう、なんにだって縋りたいよ。

 ユイナって名前じゃない。
 目当ての子がユイナなら、あたしは違う!

 「うぅ、・・・ぅ」

 猿ぐつわで話せないから、あたしは必死に首を振った。


 「こいつさ――――――」

 背後から、また嫌な声。

 「双月の姫」



 ・・・・・・え?


 もう、完全に人違いだよ!

 双月なんて、名前しか知らないし!


 違う、違うから!


 「ん〜、ん〜」

 あたしは何度も首を振った。


 「双月の姫って・・・」

 銀髪の人が、あたしを訝しげに見下ろしてくる。

 「・・・どうするんですか?」

 「ヤるに決まってんだろ」

 ピクリ、と。

 目の前の金髪の男の人の指が動いた。

 ――――――ううん、動いたのはあたしだったのかも。



 ヤルって、

 ・・・そういうことだよね?








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