小説:月光は降り積もる


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目覚めた日02

 あたしが必死に思考を動かしていると、


 「ユナ姫、起きたのか?」

 また、ドアから別の声が聞こえた。


 ドアにもたれて立っているカズイの隣に姿を現したのは、黒髪の綺麗な男の人。
 軽くウェーブしているその濡れたような漆黒の髪をかきあげながら、フェロモンをむき出しに微笑んでいる。

 「どうした? 起きてるなら早く来いよ」

 「え? ユナっち起きてんの? 早く来たらいいのに」


 それを追うように、また新たな男の、子。
 艶々のダークブラウンの髪が、サラサラ揺れて、すごく可愛い顔立ち。

 「巫琴(みこと)もミサオもうるさいって。結奈ちゃん、一応怪我人なんだからさ〜」

 そう言いながら、カイがあたしの頭に手を乗せようと、した。


 「やッ!」

 ビクッと体が反応する。
 ぴたりと、カイの動きが止まった。

 「え・・・、―――――結奈ちゃん?」

 カイの表情が、みるみるうちに暗くなった。

 「――――あ、ごめ、な」


 どうしよう、機嫌、良さそうだったのに、これで怒らせたら、もしかして、また―――――、

 蘇ってくるどうしようもない怖さに、唇の震えが隠せなかった。


 「ご、め・・・さ」

 謝罪が、うまく言葉にできない。

 「え? ちょ、結奈ちゃん、どうし」


 カイの手が、再びあたしに伸びてくる。


 (・・・やだ!)


 あたしはギュッと、強く目を閉じた。



 「触るな、戒!」


 (え・・・?)


 それは、カズイの声で。

 「それは俺のだ。触るんじゃねぇ」

 低い声で、通告するようにはっきりと綴られたその言葉。


 それは、俺の。

 ソレ、

 ――――――ソレって、


 ・・・あたしはモノじゃないのに。

 胸が、苦しくなるほどの悲しみが湧き上がってくる。

 「ちょっとちょっと〜、なに今更そんなわかりきったこと言って、」

 「戒」

 お道化たカイを制するように、また新たな声。
 そっとドアの方を見ると、銀髪の、全体の雰囲気が透明な人がいた。

 あの人の、顔は知ってる。
 あたしが連れてこられたあの日、リョウって人に、一番食って掛かってた人だ・・・。

 確か―――――、

 「聖」

 あたしが思い出すよりも先に、カズイが呼んだ。

 そう。

 ヒジリだ。


 「・・・わかってるよ、和以」

 ヒジリが、そう応えながら、しばらくの間あたしに向けていた視線を、ゆっくりとカズイにやった。
 そして、神妙に告げる。

 「あの時と、同じ顔してる」

 「・・・ああ」

 俯くカズイ。


 ―――――――"あの時"?

 疑問に思いながらも、聞き返すこともできないあたしは、ただ静かに、事の成り行きを見守っていた。

 ヒジリが、何か考えるような表情をして、ふと顔をあげる。

 「戒、こっちに来て」

 「え、でも、聖・・・?」

 「戒?」

 「・・・うん」

 行動を促すように命令調で名を呼ばれて、カイはベッドから、・・・つまりあたしから、ゆっくりと離れていく。

 部屋から出されることを呑み込んだカイが、不意に振り返ってあたしに言った。

 「パイ、ちゃんと残しておくからね?」


 ―――――なんで?


 どうして?

 あたしにあんな事したカズイの仲間なのに、なんでそんな普通の態度をとれるの?

 無神経なのか、罪悪感がないのか、

 それとも・・・大した事じゃないって、そう思ってるの?



 ぐるぐると考えている内に、そのドアが閉められ、不気味な沈黙が部屋を漂う。


 ということは、

 「・・・あ」

 弾かれたように、ドアの方を見た。

 やっぱり・・・、

 カズイが、まっすぐにあたしを見つめている。

 この部屋に、この人と2人きり・・・。


 逃げたい・・・。

 体を起こそうと、身を捩った途端、

 「痛(つ)ぅ」

 激痛が、あちこちから堰を切ったように走り出した。


 「ユナ」

 名前を呼ばれて、ドクンと心臓が鳴った。

 「いま、どこまで理解してる?」

 「・・・え?」

 なんて答えていいのかわからずに茫然としていると、カズイが舌打ちをした。
 危険回避の本能なのか、慌てたあたしの口がペラペラと語りだす。

 「あ、が、学校の帰りに誰かに攫われて、そ、それから、この部屋で、あの、あ、あなたと、あの、」

 カズイから、深いため息が漏れた。

 「めんどくせぇ」

 「え?」

 「ユナ」

 カズイが、ゆっくりとあたしに近づいてきた。

 「体に訊く」

 「あ・・・」

 ベッドに身を乗せてきたカズイ。
 四つん這いであたしの体に乗りかかって、

 「手、かせ」

 あたしの両手首が、頭の上で、カズイの片手に楽々と固定された。








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