『まずは申し込みね』
『申し込み?』 『ほら、ここ、このURLから』 『…これ…電話番号も書くの?』 『うん。私も最初は驚いたんだけど、向こうもある程度の確認が出来ないとね。悪戯じゃないかとか、ちゃんと本人かとか、あと安全面もそれで確保するみたい。密室に二人きりになるわけでしょ? その場合、男とか女とか関係ないしね』 『そっか…』 『お金のトラブルもやっぱりあるみたいだし。ここ、客とホストとのやりとりはSMS限定なの』 『そうなんだ…』 『一応、私も使う前に色々調べたよ。詐欺みたいなところもあるって聞いたから。――――――ほら、ここが私が使ってるホストクラブの母体。二十年以上も全国展開しながら経営続けてる風俗チェーン店ね。ホストの面接もね、かなりハードル高いみたい。だからまあ、信用はあるのかなって判断して』 『逸美…』 大学卒業後、外資系の企業に就職した逸美は年の半分は海外。 彼氏がいた事もあったけれど、離れている時間分ゴタゴタが増える一方で、それに疲れ果てた逸美は、しばらくは仕事に生きる事二して、社会人二年目から後腐れのないホストを利用していたらしい。 『ホルモンバランス、崩れると悲惨だから、私』 捉え方としては、エステのようなものだと逸美はそう説明してくれた。 実際に、オプションでアロママッサージをつけて、セックス自体はその仕上げというパターンが多いらしい。 本当は秘密にしたまま誰にも打ち明けるつもりは無かったようだけど、私の為にその方法を提案し、私を安心させるために、その領域を開いて見せてくれた逸美には、申し訳なさと感謝でいっぱいだ。 "こんにちは。ケイトと申します。ケイと呼んでください。顔写真はサイト内でご確認ください。もし変更を希望される場合は、デート日二日前までは変更が可能です。ただし、変更を希望するホストの予定が既に埋まっている場合は、一回のみデート日の変更が可能です。体調不良、急な生理などはご相談承ります" "コースはセックス付、ラブラブ恋人コースでよろしいでしょうか?" "申込書にはホテルご希望との事でしたので、ホテルの選別、予約等についてはサヤさんに一任します。決まりましたらご連絡ください" "元彼を忘れたいという動機でご連絡くださる女性は多いので、気にしなくても大丈夫です。私が上書きできるように頑張らせていただきます。楽しい時間を過ごしましょう" "サヤさん。ようやく明日お会いできますね。待ち合わせ場所は…" 半月かけて、ケイさんと交わしたのはこんなやり取り。 『あはは、相変わらず定型文からの使いまわし。あのチャラさでこの文面はないよね〜』 『逸美、ケイさん知ってるの?』 『え?』 『あ、もしかして…』 『違う! ないから! ケイトは無かった! 私、指名なしの時もマッサージがオプションでつけられる人だけだったし、ちょっとこのタイプは見た目で却下だし…』 『そ…そんなにチャラい?』 『チャラい。って、え? まさか 『うん』 『なんで?』 『何となく…。メールも、システムか、担当の人が対応してるのかなって思って、きっと事務処理と変わらないんだろうなって、なら私も、ちゃんと事務的に行こうって』 『ま…真面目さがちょっと違う方向にいってる気がするけど…』 『え?』 『ううん。そうね。ま、ここはイケメンが多いし、余程のハズレはないと思うし。変な理想に焦がれるよりは、そっちが正解かも。やっぱり本気になって、ストーカーみたいに付き纏う女もいるんだって』 『好きになってって事?』 『そ。でもそこは気を付けないといけないところ。優しくするのも、丁寧に愛撫するのも、仕事だからでしょ? 愛してくれてるからじゃない』 『うん…』 『これは遊び。本気になっちゃ、駄目なのよ』 そして迎えたデート当日。 やってきたのは、ケイさんではなく、サクさんと名乗る人で、 『え? 別の人が来てたの?』 『うん。今日はサクって呼んでって言ってたけど、ケイさんとは違う人だと思う』 『サク? そんな名前いたかな。――――――メンバー紹介メンバー紹介…はい、これがケイト』 『凄い…ほんとに金髪だね』 『やっぱり違うんだ?』 『うん。サクさんは真っ黒だったよ』 『黒も最近は多いんだよね。待ち合わせの時、いかにもって感じじゃないから人気みたい。黒髪…黒髪…あ、ちなみに、私の馴染みはコレね』 『わ、見せて? ――――――逸美、三位って…』 『マッサージテクが凄いの。指使いが絶妙なの! 予約は大変だけど値段が変わるわけじゃなし! どうせなら上手な人のとこ行くでしょ? ネイルだって、美容院だって』 『うん。そうだね。うん、大丈夫』 『ううう、なんか 『ふふ、――――――ん〜、この中にはいないな、サクさん』 『そっか。だとすると、顔出しNGで、指名無しの客だけ相手にしてるホストなのかも。私の二人目がそんな感じだった』 『私…サクさんがシャワー浴びてる間に出てきちゃって、お金、足りてたのかなって、翌日急に心配になって…』 『十万置いてきたんでしょ? 十分お釣りがくるから大丈夫よ』 『ほんと?』 『ほんと。それに、携帯の解約は一日、ちゃんと待ったんでしょ?』 『うん』 『未払い分があったら速攻で連絡くると思うよ。その辺りは厳しいって聞いてる』 『じゃあ、大丈夫かな』 ――――――別の意味で、大丈夫じゃなかった。 まさか同じ会社にいる人がそのサクさんの正体で、しかもホストを買ったって事を材料に、"再購入"を迫られるなんて…。 連れてこられたシティホテルのエグゼクティブ・ルーム。 そのバスルームの、綺麗な白のタイル壁に両手をついて項垂れながら、頭上から落ちてくるシャワーの熱さで思考を叩く。 どうしよう。 このまま流されたら危険な気がする。 かといって、会社の人達にバレたら絶対に注目されてしまう。 しかも、ミスコンの時とは違ってマイナスでしか働かない内容ともなれば、ただ見られる以上に、もっと悲惨な事にきっとなる筈だ。 出来れば、サクさんとセックスするのは避けたい…。 バラせばいいって、サクさんに啖呵切って逃げ出したい――――――。 でも、 "西脇さんって、友達の彼氏寝取るんだって" "まじで? 準ミスってどんだけ?" "清純そうな顔して、結構スキものだったって事でしょ?" "まあ、目立つの嫌いならミスコンとか出ないか" "騎乗位での腰振りがロデオ張りってどうよ" "それやばい" 相対する敵よりも、怖かったのは遠巻きからのたくさんの視線。 何よりも手に負えなかったのは、塞ぐ事の出来ない他人の口に上る "ごめん、久しぶりだからかな" どんなに痛いと泣いて伝えても、 "ごめんね、ごめん" そう言いながら強引に入ってきた元彼の、あのセリフの意味は、 彼がセックスをするのが久しぶりだから、うまく出来なくてごめんって言う事なんだとずっと思いこんでいたけれど、客観的に考えれば、あれは私に向けた言葉だったのかも知れない。 久しぶりだから痛いのかな? そう纏めれば漸く、全てが終わった後、血に塗れたシーツを見て、汚れた私の太腿を見て、しばらく顔色を悪くしてた彼の様子にも理由がつく。 "ごめん、ホントにごめん、 そう言いながらお風呂で洗ってくれて、ずっと抱き締めてくれたから、都合よく上書きされていたけれど、あの人は噂を真に受けて、私が経験者だと思っていた。 そして、サクさんを知ったから判る。 もしかしたら、アレが彼にとっても初体験…? "彼、こんなの初めてだって言ってた" きっと彼は、騎乗位で自分を翻弄するくらいの恋人を、…そんな相手とのセックスを、ずっと求めていたのかも知れない…。 「…はあ」 ――――――ダメだ。 もう過ぎてしまった、確認のしようもない事なのに、私の頭の中で全てがネガティブに整ってしまう。 嫌な想像が妄想になって、綺麗だった筈の思い出も、あっという間に塗り潰そうとする自分がいた。 「サクさん…」 着いた早々、私をバスルームへと送り出したサクさんからは、ほんのりとボディソープの香りがした。 フロントにも行かず、直接この部屋にきた時点で、チェックインを済ませてから迎えに来たんだと予想がつき、使用済みのタオルが籠に入っているのを見て、既に準備は万端なのだと理解する。 首の後ろに手をやった。 きっともう、消えてしまっただろうサクさんに付けられた印。 これからセックスをして、また、付けられる…? "サヤ" あの人のセックスは、まるで媚薬だ。 ううん。 きっとサクさんの存在自体が、甘く香って私を惑わし食らおうとする、媚薬を超えた官能の毒。 "サヤ" だって、声を聞くだけで、サクさんが私の中に入ってきたあの時の感触が脳内でしっかり再現されて、その指令は瞬時に走り、体が欲求に疼くようになる。 たった一晩の事だったのに、ここまで堕としてしまうのがきっとプロの技。 これからサクさんとセックスをするかもしれないと、そう考えるだけで、不安とは裏腹に、熱をもった潤いが私の中から満ちてくる。 『オレを買うだろ? サヤ』 車内から、私の腕を掴んだサクさんの強さを思い出した。 「サクさん…」 私を抱いた時、サクさんから降ってきたあの香りは、今日も私を女として導いてくれるのか。 あの夜と同じ、嵐のようなセックスを予感してこんなにも期待に塗れてしまう私は既に、あの力強さで、彼の生きる世界へと片足を掴まれているのかも知れなかった。 ベッドのある部屋に戻ると、サクさんは既にベッドのシーツの中に体を埋めていて、隠れているのは腰から下。 肘をつき、手での高枕姿ってこんなに美しいものだったかと胸がドキリと反応する。 白の中に浮かび上がる肌色は、うっすらと筋肉のついた綺麗な胸板、そして筋すらも美しいフォルムとなる上腕筋から肘、そして手首までのしなやかさを強調して、――――――男の人の裸がこんなに官能的に目に映るなんて、まるで自分の世界が変わってしまったみたいだ。 「いい子だ。ちゃんと言う通りにしてきたな」 目を細めたサクさんに、私はタオル一枚の身体を縮こませた。 まだ生乾きの前髪の隙間から、改めてこれから私が向かうべき場所を見る。 手が届く位置のテーブルには、デキャンティングされた赤ワインとフルーツ。 枕元に置かれたスマホ、そして避妊具の箱。 これから何が始まるのか、"期待していない"なんて、悔しいけれど嘘だった。 「サヤ」 心地よく、サクさんの声が私の鼓膜を撫でる。 唇をキュッと結んで、不本意だと示すのは最後の、そして僅かなに残った人としての抵抗。 「そこでタオル落として」 え、と。 唇は開いていたけれど、それを声には出せなかった。 真っすぐに私を見るサクさんの漆黒の目が、あまりにも強すぎて、逆らう事は無駄な抵抗に思えて、 「…」 微かに震える手で、胸の辺りに押し込めたタオルの端を抜き、躊躇いを振り切るように、両手を空にした。 一瞬、サクさんが息を飲んだような気がして、釣られて目を向けると、唇が柔らかく笑みを象った。 「こいよ」 隣をポンポンと叩かれて、私は、操られるようにして無言のままそこに身を寄せる。 「…ッ」 晒された私の身体を真ん中に割るように、その指先が肌に触れれば、 「…ぁ」 「ふ、正直だな」 最後まで残していた"意地"での防波堤が女に負けた。 激しく抱かれた時間の事が一気に脳を浸食して、あの官能へと期待が走る。 胸の間から肩へと指が上がり、再び胸元へと下りてくるサクさんの指先は、まるで私の 腕を引かれ、ベッドへと倒された私のこめかみに、サクさんが唇をあてる。 最初は軽くキス。 次に唇で挟むように ――――――私は、目を閉じてそれに耐えた。 唇が触れる。 肌が咥えられる。 舌がねっとりとそこを食み、皮膚の細胞を刺激する。 「ゃ…」 一か所にこれだけの行程をかけてじっくりと攻められれば、次第に声が抑えきれなくなっていった。 「ん…ふ…、ッ」 顔中が、隙間なく移動するキスに塗れて、 上半身も、そうやって隅々まで唾液に濡らされて、 「ぁ…、ゃ…ッ」 でも、まだ一度も唇へのキスがなく、 刺激を繰り返すその掌も、まだ一度だって胸の先にすら触れていない。 これは、何――――――? この行為は、これがホストとしてのテクニック? 逸美が言っていたマッサージ…、それともただの焦らしプレイなの? キスをされても、始めは何も感じなかった場所が、サクさんの執拗な舌の動きでじわじわと感覚を呼び起こされた。 二の腕の内側、こんなところがどうしようもなく感じてしまうようになり、脇腹なんて、 「駄目、…」 イク…ッ。 声にならない快感が、私の身体を跳ねさせて、おもらしのような感覚があそこに齎される。 同時に、水が噴き出すような音。 嘘――――――… 私、漏らしちゃったの? 愕然として泣きそうになっていると、 「はは、最高」 サクさんが笑いながらそう言って、頬に短くキスをした。 「口を開けろよ、サヤ」 思いのほか、優しい声音が耳に落ちる。 ずっときつく閉じたままだった目の方が、口よりも先に反応していた。 そこには、息がかかる距離にサクさんの顔があって、 「…?」 視界いっぱいのサクさんと目が合ったかと思うと、その唇がニヤリと動く。 いつの間にか手に持っていたグラスから、赤の液体がその口の中に消えた。 そして、 「え…?」 無言のまま再び顔が近づいて来て、 「ッ」 口移しで無理やり注ぎ込まれるそのワインの味と香りが、高まった私の熱の中に溶けてくる。 「んく、…ん」 頭を押さえられて逃げる事も出来ず、反射的に呑み込めば、喉が上下する音がやけに大きくて恥ずかしくて、 「はう、ん、ッ」 そのまま齎された深い口づけに、呼吸が浅くなり思考に霞がかかってきた。 サクさんの舌の肉厚が、口内を味わうように隅々まで探って動き、辿り着いた上あごの窪みを執拗に攻め立ててくる。 「ん、ぅん、んッ」 息が苦しい。 それに加えて、もどかしくて堪らない擽ったさが限界まで引き絞られて、逃げたくても、混乱した私の体は全身でベッドに押さえつけられていて、どこにも向ける事が出来ない。 ダメ、またイカされる。 「んんん、んッ、…っ、ッ」 痙攣としか表せない自分の体の反応に、まるで落ちるように愕然とした。 サクさんのテクニックが前提なのだとしても、こんなに容易く高められてしまう自分が愚かな存在のような気さえする。 「ああ、最高だな」 「ぁ…」 目の前にあるのは、一度は私が口内に迎え入れた事のあるモノ。 その向こうには私に馬乗りになったサクさんが照明をバックに私を見下ろしていて、その満足気な表情に、小さく切なさが疼く。 舐めろ。 そういう事なのかと、無意識の内に唇を開きかけると、何故かサクさんは体を動かして視界から遠ざかった。 「…?」 既に思考能力は果てまで追いやられていて、何をどう判断すればいいのか判らない。 ぼんやりと息を整えようと待つこと数秒、 「ぁ」 足の指が、ぬるりとした感触に包まれた。 「いや、やめて…」 脱力した体をどうにか動かして上身を起こすと、そこには私の足を抱えて舌を出すサクさんがいて、 「余すとこなく、オレの匂いをつけてやるよ、サヤ」 「サクさん、まって、汚いから」 幾らシャワーを浴びた後だとしても、そんな風に舐められていい場所じゃない。 経験のない私は動揺が極まって、 「お願い、サクさん、やめ…、あああぁッ」 私の拒否を封じるように、サクさんの指が突然私の中に入り込んできた。 同時に、はっきりと聞こえてきた、あまりにも濃すぎる水音。 「いや、ぁぁあ」 「ああ、凄いな。ぐちゅぐちゅ」 浅い部分を指でかかれているのがはっきりと判る。 その度に、まるで水をかき回すかのような音が響いていた。 「ゃ、違うの、まって、サクさ」 「何も違わないよ。こうして」 サクさんの口が、私の足の親指を根元から吸い上げて、そしてちゅぽんと弾き出す。 「こんな、普通じゃ有り得ないところをオレにしゃぶられて」 「ひゃあ、ぁ、ッ、いや」 「こうして、クリを潰されて」 「や、ぃや、あ、あ…ッ」 「ここの奥をこうして」 「ひいぃ、やめて、やめてッ」 大きすぎる快楽に、恐怖が勝る。 「サヤ」 溢れ出た涙が、私の目尻から落ちる瞬間、サクさんが覆い被さって来てその涙を音を立てて啜った、 そして――――――、 「いやあああぁッ」 一気に中にねじこまれてきたのは、間違いなくサクさんのモノで、 「は、…ぁ、…」 爆発するような快楽の衝撃に、私の意識は、ここでプツリと途切れてしまった。 |