サクヤが指定した駐車場へは、最後は警備員に見守られ…というよりは、うっすら愛想笑いを浮かべた顔の裏から監視されて見送られる、という表現が正しい雰囲気の中をどうにか歩き切って電子ドアを通過してから、漸く辿り着けるとうい道程。
実はここは、我が社の上層部もしくは事前申請されたV.I.Pのお客様の為の駐車場で、決して平社員が気軽に利用できる場所じゃない。 ならなぜサクヤが? ――――――という疑問に答えを得るのは、私にとって決して歓迎すべき事柄ではない気がする。 "特別契約" ホストという副業が、就業規定に抵触するのではと反撃した私に、サクヤはそう言ってひらりと躱した。 その特別契約にこの駐車場の使用権利が含まれているのだとすると、ますます扱い方が分からなくなってしまう。 「…はぁ」 肩に提げたバックのストラップに何度か指を滑らせながら溜息を吐いた時だ。 まるで「おい」とでも呼ぶように、クラクションが短く鳴った。 音のした方へと顔を上げると、花壇に開き始めた椿の花々の向こうから、見知ったフォルムの車が乗降スペースである目の前まで緩やかな徐行で走り込んできた。 「 助手席の窓が半分まで下りて、中からサクヤが顔を覗かせる。 深緑の縁の中に見える彼の笑みは、少し横目になる事でまた違う色香を出している。 「来たな」 来ないという選択肢なんか、ある筈も無いし、あってもどうせ選ばせてもくれないクセに。 …そう考えると、胸の奥に反骨精神が芽吹いて来たけれど、 「早く乗れ。時間がかかって困るのはお前だろう?」 「え?」 言われて、反射的に背後を振り返ると、さっき通過したばかりの電子錠の前で、係の警備員がジッとこちらを見つめているのが見えた。 内心焦った私は、急ぎ足で車に駆け寄って助手席を自ら開ける羽目になる。 「お疲れ」 「…お疲れ様です」 私の身体がシートに収まってドアが閉まると、サクヤの操作によって窓が上がり、隔離された密室が作られる。 ほんの数秒のドアの開閉で逃げ出した冷気は、居並ぶ高級車を横目に見つつ駐車場を出る頃には、もうすっかりと補填されていた。 音楽も無く、呼吸一つにすら気を遣う車内には時々、ウィンカーの音がカチカチと鳴るだけで、 「飯は?」 まるで不意打ちのように口を開いたと思ったら、何の脈絡もない切り出し。 「…家に帰って食べるのでご心配なく」 「何か作る予定か?」 「いえ。昨日の残り物があるので」 本当は、駅前のイタリアンレストランでパスタを食べてから帰る予定だったけれど、その答えは首を絞める気がして敢えて避けた。 一緒に行くなんて便乗されたら、それこそ逃げ場がない。 ――――――というより、正直、 …逃げられる気がしない。 「ふうん?」 そう語尾を上げたサクヤは暫く無言で。 それから幾つか左折右折と進んだ先の、少し広くなった路肩へと寄って、何故か車は停車した。 外の景色はまだ夜に沈んではいない。 夕闇すら、訪れてはいないのに、右側から漂って来る気配が、日常ではない独特の香りを発してくる。 サクヤが私に刷り込んだ、セックスという名の大人の遊び、 ――――――その兆し。 「 「…え?」 「例の支払い。一日一個」 「あ」 左足でサイドブレーキをかけたらしいサクヤが、ゆっくりと私の方を向いて来て、目が合った。 唇の両端が僅かに上がっている。 心なしか、楽しそうな表情に見えるのは、絶対に気のせいじゃない筈だ。 「…それ、は…」 間違いなく、私の反応を見て楽しんでいる。 「じゅ…19、番」 意を決してそう告げると、サクヤが僅かに首を傾げた。 「19?」 一応、聞かれた時の答えは幾つか選択済みだった。 19番は、車でキス、1分間。 これなら、多分、ハードルとして高くはない…筈。 "相手が何枚も上手じゃない" 逸美の声が鐘のように響くけれど、どっちにしてもやるしかないってところまで状況は進んでしまっている。 最初だけならともかく、既に二度も関係を持ってしまっている今となれば、なんていうか、変なゴタゴタに巻き込まれずに、私とサクヤの間だけで穏便に終われればいいのかなとも考えた。 …それこそ、サクヤの観る目通りって感じで悔しい気はするけれど――――――。 「19番…さて、何だったかな」 口ではそう言いながら、ちょっと舌先が下唇を舐めたのが見えた。 「 この、あくまでも表面上は私に問いかけているかのような語尾上げが、無性に私を苛立たせる。 「…車で、1分間のキス」 19番が何なのか、サクヤはきっと覚えていて、その上で敢えて私に言わせているのだと確信が持てた。 「キス、ね」 ガチャ、と。 サクヤが、シートベルトを外す音が、どうしてか檻の鍵が壊された音に聞こえた気がする。 目線だけじゃなく、体も私の方を向いたサクヤという存在が、ゆっくりと近づいて来た。 色気が…目に見えてしまいそうな程の、強いフェロモン。 悔しいけれど、女の本能として、自然と胸は高鳴ってしまう。 「タ…タイマー」 私は慌ててスマホを取り出し、動揺を隠せていない手で、どうにかアプリを起動した。 ストップウォッチをアクティブにして、後はスタートをタップするだけ。 「…い、いいわ」 準備が出来た事を前面に頷いて見せたけれど、強がりはサクヤの余裕の笑みの前では脆くて情けない。 「 「そのままで、いい」 「そうか」 フッと鼻で笑ったサクヤの指が、私の髪の毛を絡め取った。 一括りにした髪は、背中でシートに押し潰していた筈なのに、首筋の辺りから痛みも感じさせずに掬い上げるテクニックは流石というところ。 いよいよだと覚悟を決めれば、いつでも来いと、スマホを持った左手にも力が入る。 「…」 その距離は三十センチくらい。 サクヤの左腕が助手席のヘッドレストの横に乗せられて、その指先は私の髪を弄び続けている。 そして目は、 ――――――その、女なら傍から見るだけでも蕩けそうな程に、しっとりとした甘さを含んだ男の眼は、私をジッと見つめている。 「ど…どうしたの?」 「何が?」 「…なにがって…」 自分の声が、言葉を紡ぐ度に弱くなっていくのが分かった。 それよりも、鼓動が強い。 騒ぐ、胸の痛みの方が激しい。 「…」 ただ、見つめられているだけなのに、酸素を奪われたように息が出来ない。 中身の無い浅い息は、ただ私の肩を上下に揺らすだけだ。 「…ッ」 全神経が、サクヤに触れられている髪の先に向かっていた。 指先から弾けるように髪の毛が逃げる度に、まるで繋がっているかのように、首筋が擽られる錯覚が襲う。 ――――――会社では外していたピアスは、いつの間につけたんだろう。 副業へと、仕事を変えた狭間で? それとも、私を車で待つ間――――――? してはいけないと、言い聞かせてきた女としての期待を、容易く誘う笑みだ。 このサクヤの微笑みは。 「可愛いおねだりで、オレをその気にさせてみろよ、 息が、かかる。 知っている温もりが、私を強く呼びつける。 「――――――キス…」 一分。 堕ちずに、耐えきれる…? 「して…?」 じわり。 何だかとても泣きたくなって、私の目には涙が膨らむように浮かんでいた。 「 満足気に、サクヤが笑う。 開かれたままだった私の唇に短いキスをして、 「ほら、タイマー」 そう告げたかと思うと、表示されたスタートボタンをサクヤの指がタップする。 動き始めた数字を視界の隅に見留めながら、私は、スマホに逸らされたサクヤの視線が戻って来るのを無意識の内に待っていた。 目が合えば、また、サクヤが嬉しそうに笑う。 「舌、出して、 言いながら、チュッと音を立てながら私の唇を啄んで、 「…ん」 言われた通り差し出した舌の先を、サクヤの口が吸いだして行く。 「ぁ、ん、んく」 私が思わず鼻から出す声に比例するように、サクヤからは唾液をかき回す音がした。 それからは、ただ熱に冷静さを押し上げられるだけのキスの時間。 ねっとりと根元から舌を吸い上げられたかと思えば、先を小刻みに攻められ、まるで赤ちゃんが哺乳瓶を吸うような強さでリズムを強調してきたかと思うと、横から啜るような舐めまわしのキス。 時間…、 薄目でスマホを見ようとして、後悔した。 タイマー。 サクヤはそう言った。 でも私が準備していたのはストップウォッチで、これじゃあ、自分で時間を見なくちゃいけない。 どうして一分のタイマーにしなかったのか。 泣きたい気分で自分を責めても後の祭り。 それでも、どうにかして見たストップウォッチの表示する時間は、 まだ、三十秒…? 「ん、…ん」 もうダメ。 あまりの熱に、舌が溶け出していしまいそう。 あと、二十秒――――――、 数字が、41を示した瞬間、それはきた。 「ッ」 あまりにも強すぎる、左の胸の先を襲った快感。 乳首が、左右に擦られているのが解る。 「ゃ、…って、ん、ちょ、サクヤ!」 両肩を押し退けて、どうにかサクヤと距離をおく。 それでも、やっぱり三十センチ程度の間。 「…どうしたんだ?」 濡れた唇は、平然と自分に非が無いような口調でそう尋ねてきた。 「む、胸は違うでしょ?」 「胸?」 「どさくさに紛れて触るなんて、ひひひ卑怯じゃない」 刺激を与えられた胸の先が、ジンジンと血を集めて次の快楽を待っているのが自分の事ながらよくわかる。 「これじゃあ、」 これじゃあ危うく――――――、 本音が出てきそうになって、思わず口を噤んでいた。 「オレは何もしてない」 「…は?」 「左はここ」 サクヤの視線を追えば、左手は私の髪を掴んでいて、 「右手はここだ」 下がった視線に釣られれば、そこには、シートベルトの根元を掴む右手…。 「え…?」 それじゃあ、あの痛いくらいの快感は…? 今もまだ、胸の先に残っている快楽の片鱗は一体どうやって――――――? 一瞬、混乱で頭の中が真っ白になったけれど、 「――――――ああ、でも」 そう言ったサクヤの右手がシートベルトを操ると、 「あッ」 胸の先がその動きに引っ掛かって倒された。 「気持ち好いんだ? 「…ッ、あ、ゃめて」 わざと激しくベルトを揺らし始めたサクヤに、こんな事で感じている自分に動揺し過ぎて、成す術が思いつかない。 「もうあそこ、濡れてぐちゃぐちゃ?」 「…ゃ、違ッ」 言葉での浸食に、最後まで、強気の否定は出来なくて、 「キスって、なんで唇だけって考えるわけ?」 サクヤの目が、悪戯っぽく細められる。 「乳首にキスしてって言えば、二十秒で、きっちりイカせてやるけど?」 私は小さく、けれど激しく首を左右に振った。 こんな、いつ人が覗き込むか分からない場所でそんな事をされるなんて、絶対に嫌だ。 「じゃあ、どうする? 残り二十秒、どこにして欲しい? オレのキス」 楽しそうなサクヤの問いに、色んな思いが溢れ出て、思わず涙が零れてしまう。 「…唇に、――――――唇に、して?」 「…」 「キス、唇に、して…?」 吐き出した言葉が、まるで解き放たれた欲望のようだと自分でも思った。 サクヤの背中に、回したくなった両腕を、必死で抱き締めて抑え込む。 ルールを超えたら、他の項目も全部なし崩しになってしまう。 そうなったら、何一つ、私の手に負えなくなる。 「…ほんと、お前のそういうトコ、くらくらするわ」 その言葉が、どんな顔で吐き出されたものだったのか、自分の現実を隠すように眼鏡のこちら側で目を閉じた私にはそれを見る事は出来なかった。 ―――――― ―――― 一分って、思っていたよりも凄く長い…。 昨日の会議室での十分は、それなりに長いだろうと覚悟があった分、開き直ってキスそのものに夢中になれた。 でも、この車の中の一分は、狭い密室で、空気の濃度が良く分かって、 そこに立ち籠めるサクヤのエロス的な雰囲気は猛毒でしかなく。 気をしっかり持ってないと、流されてキス以外も受け入れてしまいそうになる。 唇にキスして。 それは、他の場所だと困るからという建前よりも、他の場所にキスして欲しいと渦巻いた欲望を戒める為の言葉。 サクヤにそうして欲しいと強請る事で、セックスがしたいと疼く自分を抑えこんだ。 キスを終えて、目を細めるサクヤの笑みの理由は、そんな私を見透かしているからだと容易く想定出来る。 「次はオレね」 「…次…?」 言い出されたそれに、私は固まった。 ずれた眼鏡の位置を直す指先の感覚が乏しい。 「お互いに一日一つ」 「…ぁ」 「――――――だろ?」 サクヤの視線が、私の目から、唇、胸の辺り、そして膝の方まで舐るように流れる。 キスで高ぶった体が、その目線から過去の愛撫を思い出して、ぞくりと神経を震わせた。 「その様子なら、充分に濡れてそうだし」 指摘された事に思い当って、思わず両足を擦り合わせてしまう。 そんな事をすればサクヤの思う壺なのに、上手く制御が効かず、スキニーパンツの生地が擦れる感触すら、微妙に敵。 「71番、かな」 「なな…じゅう…」 いち? って何だった? スマホを操作して、クラウドからPDF化したファイルを読み込み、テキスト検索で71をかける。 「どっちにする? オレの家? お前の家?」 サクヤが愉しそうに口にするその質問の意味は、ヒットした内容を見れば当然で、 「…ホ、ホテルッ」 「ホテル? 今から? その設備を条件にすると郊外になるんじゃないのか? 休憩じゃなくて一泊か。まあオレはいいけど」 「え、あ、ちょっ」 一泊なんて、明日からせっかくの連休なのに、初日から悲惨過ぎる。 「サクヤの家!」 「オレの家?」 「うん!」 家に来られるよりは絶対そっちの方が良い。 行って、済ませて、さっさとタクシーで帰ろう。 「――――――まあいいけど。そう言えば、冷蔵庫が空だったな。酒とかつまみとか、買って帰るか」 「…う、うん…?」 お酒…アルコール入れば、車にも乗れないから、色々口実つけて帰り易くなるかも…。 「うん。そうだね」 「メシも買ってくか。腹減っただろ?」 「うん…?」 シートベルトをしたサクヤが、サイドミラーを見ながら車を発進させる。 流れる車窓の向こうは、いつの間にか薄暗くなっている。 71 キッチンでバックから即ハメ。 まだ何も始まっていないのに、後ろから入って来るサクヤの熱を知っている私の身体は、確かに、それが出来る程に潤っていた。 ―――――― ――――― 「…ぅ、ん、ん、ぁッ」 後ろから突かれる度に、足の長さの分だけ距離がある床の模様が上下に揺れる。 視界の両端では、サクヤに解かれた私の髪の毛がクルクルと踊っていた。 太腿の辺りまで下ろされたスキニーパンツの拘束がもどかしい。 履いたままのショーツがどんな風にずらされて、そしてそれを見下ろすサクヤにどんな風に映っているのか、考えるだけで羞恥心が増す。 「… 私のウエストを両側から掴んでいたサクヤの手が、ブラの下から入って来て胸を強く揉みしだいた。 指の間に挟まれた乳首が、腰の動きに合わせて引っ張られ、快感への引鉄が増える。 「あ、あッ、ぁ」 突き続けられた中のエクスタシー。 敏感にサクヤの指の動きを捉える胸の先。 その甘さを現実に還すような床の景色。 手にはシンクのステンレスの触り。 サクヤの激しさにどうにか立っていられるのは、この強固なシステムキッチンのお陰だ。 「 流石に息を弾ませているサクヤは、余りにも凄すぎるマンションの造形に戸惑う私を強引にこの部屋まで 本当なら、先に運ばれるべき買い物袋が玄関に放置されているのを、僅かな抵抗の中で見たような気がする。 展開の速さに狼狽する私を他所に、気が付けばスキニーパンツのホックは外されてお尻を出され、温かい塊が当たったかと思うと、そのまま的確に奥まで入り込んできた。 まだ解されていなかった私のソコは、怖いくらいサクヤの形を認識していて、抜いて、再び挿さる時の先の丸みの想像まで、考えるまでもなく容易だった。 こんな性急な行為の、たった三往復目で、私は軽く あれからどれくらい揺らされているのか。 コンビニでサクヤが手に取った、マカダミアナッツのアイスクリームが溶けてしまっているのではないか。 経過したのは、そんな不安が過る程の時間だと思う。 「ああ、あッ、ぃや、イク」 「 「――――――ぅッ」 後ろから、強く抱き締められたかと思うと、首の後ろに歯が立てられた。 肌を焼くような感触。 オレが抱いた女だと、サクヤに印をつけられている――――――。 「いくッ、ゃ、」 膝が、崩れ、 ――――――倒れる…ッ。 反射的な身体の構えに思考が強張った瞬間、 「…え?」 生暖かいモノが、私の顔に向かって飛んできた。 「あ〜あ」 私の腰を、低い位置で抱き留めてくれていたサクヤの手が、解かれて遠ざかる。 その支えを失って、半ば床に横たわった姿勢に落ちた私を、サクヤは何故か嬉しそうな表情で見下ろしていた。 「よく飛ぶ」 伸びてきた手が、私の顔から眼鏡を取り去っていく。 「…ぁ」 ただ境界がガラス一枚分無くなっただけで、何の変わりも無い視界の真ん中には、シャツの裾から覗くサクヤの欲望がまだ猛っていた。 それは、ついさっきまで私の中に入っていたもので、考えてみれば、ゴムを着けるタイミングなんか無かった。 表面を汚しているのは私の愛液もあるのだと、そんな現実に恥ずかしさが天井を突き抜けて、思わず目を逸らした私の背後で、シンクに眼鏡が転がされる音がする。 それと同じ瞬間、額から何かが垂れるような感触があって手をやると、 「悪ぃ、髪の毛にも付いたな」 「な…、」 指先に纏わりついてきたのは、ぬるりとした精液。 茫然とその色を見ていると、いつか口の中に感じた匂いがふわりと私を囲んできた。 "可愛がってみろよ。お前のだ" そう 「…」 自分の手から目線を上げると、そこには十分に知っているサクヤのモノがあって、先を濡らす透明な残滓が、まるで密のように香ってくるから不思議だった。 「どうだ?」 不意に問いかけられて、私はハッと我に返る。 声をかけられなかったら、信じたくないけれど、今頃は自らサクヤを含みに行っていた――――――かも知れない。 何かに、惑わされている気さえする。 サクヤからの熱…? 色気…? そこから漂って来る、危険だと分かっていても、身を焦がしたくなる食中花の毒の香り…。 「どうって…何、が…?」 「オレの匂いを纏った感想」 「…」 「すっかり慣れて、あまり違和感は無いって感じだな」 「ち、ちが」 「最初の夜から相性は悪くなかった。知ってるか? 男女の匂いってのはフェロモンの一部。セックスの相性が良くっても、匂いや味まで抜群ってのはあまりない」 ふと、元彼の事を思い出す。 すっかりサクヤに上書きされた経験値は、忘れたいと願った元彼とのセックスどころか、その匂いさえ、とても些末なものになってしまった。 サクヤの何もかもが、上手く私の中に入り込んで馴染んでいる。 自ら、その蜜を欲しがる程に…。 「 まるで私の心を見透かしたかのようなその言葉に、開かれた唇は次の動きを失くしてしまった。 この複雑な想いの、どの辺りをどう紡げばいいのか分からない。 「――――――まあいいさ」 鼻で笑ったサクヤは、手を引いて私を立ち上がらせた。 「シャワー浴びて来いよ」 「え?」 「服にも少し付いたな」 胸元にサクヤの視線が下りた事に釣られて、私は自分の乱された格好に改めて気づき、ブラのカップだけでもと元の位置に戻した。 染みのように色を濃くしているのがサクヤの言うその痕で、視止めればそこから香りが上って来ているような気がする。 「シャワールームの隣に洗濯機がある。乾燥機能付きだ。3時間もあればちゃんと乾く。酒を飲むから送ってはやれないが、終電には間に合うし、何ならタクシーを呼べばいい」 「今…」 辺りを見回して壁に時計を探し出し、確認した時間は十九時前。 何にしても、この匂いを纏ったま、人前に出る事は絶対に避けたい。 「…シャワー、借り、ます」 「ああ。あっちだ。タオルは棚から自由に使っていい」 顎と視線でシャワールームの位置を示したサクヤは、色々と汚れたままの、今は大きさを戻した自分のソレを履き直したズボンの中に流れるような動作で仕舞い、両の指先で黒髪をかきあげて、一瞥した私へと甘い笑みを向け、それから玄関へと歩いて行った。 シャワールームに直ぐ向かう気にもなれず、ジッと耳を澄ましながら窺っていると、袋を触る音がして、鍵を拾い上げる様子も聞こえてくる。 恐らくは、サクヤに突然抱えられた衝撃で玄関に落とした私のバッグも、同じように拾われている筈だ。 ぽたりと、鼻の頭に何かが小さく垂れた。 糸を引くようなそれの滴は、私の視界で縦に揺れ、そしてゆっくりと形を変えながら、重力に奪われて胸に垂れた。 香る、サクヤの匂い。 私の女としての官能を甘やかす魅惑の香り――――――。 「サクヤは…」 思わず声に出て、自制する。 "サクヤからも私の香りがするのだろうか" それは、 その言葉は、 『彼はホスト。本気になっちゃ、ダメなのよ』 「逸美…」 とても危険な呪文のように、この時の私には感じられた。 |