"もしかしてさ、そのサクヤって人、――――――昔どこかで会った事があるんじゃない?"
逸美にそう言われた時、突拍子も無い事だとただ驚くばかりで、どこか本気には捉えていなかったけれど、 夜に咲く――――――なんて。 同じ会社に、同じ漢字を使った名前の人がいる事すら、驚きの確率だと思うのに、 "サクって呼べ" 夕暮れの中、不安に満ちた雑踏から、清々しい程の強引さで溺れそうだった私を引き上げてくれたホストが同僚で、更に同じ漢字を名前に持つ人だなんて、そんな偶然、本当にあるの? 「…」 耳を出して、綺麗に後ろに流された艶やかな黒髪から、微かにイランイランの香りが漂う。 かけた薄茶のサングラスからの光が当たり、綺麗な顔立ちがキラキラと輝いて、 …その見た目だけを描写するなら、まるで時代が違えば中世の貴公子のような品さえ窺えてしまう、不思議な美しさがある人――――――…。 この室瀬咲夜という人が、 私がたまたまフリーで そしてたまたま同じ職場で、 更にたまたま、同じ漢字を名前に使った人だった…? ――――――絶対に、 違う気がする。 「ホットで良かったのか?」 ドライブのお供にと、通りかかったファストフードのドライブスルーに寄って購入したカフェを示してそう言ったサクヤ…改め、 「うん。大丈夫。…ありがと」 「どういたしまして」 チラリと助手席にいる私を流し目で見て、ふっと笑ったその表情は、誰がどう見てもきっとカッコいい。 大学で一度でも顔を見たのなら絶対に印象に残る筈だし、それ以上に、うちの大学の彼女達が噂にもせずに放っておくなんて有り得る筈もない。 なら大学とは別の場所…? どこだろう。 あの頃の私の行動範囲はそう広くなかった。 大学、マンション、下のコンビニ、バイト先――――――バイト先…就活が始まるまで三年近くお世話になった駅前の書店? 確かに、不特定多数の人と刹那に出会う事を考えれば、従業員ですらフロアが違えば顔すら知らないという巨大さも含めて、その可能性は一番濃厚だ。 でも、 出没すれば話題にはなりそうだし、女子力よりもインドア力が強かった女性スタッフが多かったけれど、なおさらに、観賞用としての需要は高かったんじゃないかと思う。 そうなると、三年もいて はい、振り出し。 やっぱり、本人に真正面から訊くのが一番早いとは思うけれど…、 「…あの」 勇気を振り絞って声を出せば、 「ん?」 思いのほか、優しい声音で返されて、聞きたかったことは呑み込んでしまった。 「お休み…よく、とれましたね…?」 「ああ、 「そうなんですか?」 「部長がかなりの愛妻家で、年間スケジュールが明快だ。清々しいくらいだよ」 愉快そうな笑みに、私も釣られてしまう。 確か、うちの部署のマネージャーである皆藤さんと同期の人だ。 最年少で部門長になったのに、そのポジションをとても気に入って、後輩を何人か上司に押し上げた変わり者。 「奥さんがイベント好きの旅行好きで、世間のカレンダー通りに楽しむのがデフォらしい。ホテルなんか、来年の分まで予約は完了しているとか」 「え、それって、来年はどこに行くか、もう決まってるって事?」 「ああ。春夏秋冬、全部な」 「凄い…」 情報に感化されやすい私には絶対に無理だ。 旅行の予定が来る前に、行きたい場所はきっと変わってる。 「オレには無理だな。旅行は成り行きと気分もあるだろ? 来年はあそこに行ってみたいとか、その程度の漠然さならいいけどな」 「…」 そう言われれば、今はどこに向かっているんだろうと、ふと疑問が湧いて来る。 「今は…どこに向かってるの?」 「さあ。ドライブだろ? とりあえず、アクアラインを目指してるくらいかな」 「アクアライン…」 「これだけ天気が良けりゃ、富士山も綺麗に見える筈だ」 「富士山…」 「前に 本気なのか、負け惜しみから出ているセリフなのか。 「今日は、 「…」 うまい事を言うものだと、心の底から感心した。 この雰囲気に押され続けて、この関係性の中で、自分の立ち位置を見失いそうになる私がいる。 「ねぇ、――――――私は一回で、あなたは六回よね?」 これは、支払いという名の契約の形なんだという事を、ちゃんと認識しなければ。 そんな私の必死さとは裏腹に、 「…何?」 応える 機嫌が悪くなったと、空気からそれらしき何かが伝わって来る。 「あの、…例の、支払いの項目。お互い一日一つって話だったけれど…」 「前倒しの消化はお前も許可した筈だ」 「分かってる。でも、先に 「特には」 ぴしゃりと会話を閉められた気がして、次の言葉を失ってしまう。 思わず 「――――――それと、訂正だ。オレが五回。お前が二回な」 そんな事を言われて、頭を叩かれたように一気に思考が巡った。 「待って、」 十分間のキスが最初。 その後の、直ぐに挿入したいという要望を避ける形で引き受けたバードキス、それからキッチンと、手錠…私はあまり覚えていないけれど、二人でお風呂に入った事と、現在進行形のこのドライブ。 「六個よ。私は車でのキスだけだもん」 「風呂」 「え?」 「あれは、前倒しでどうだってオレの提案をお前が受けた形だろう? お前の方にカウントすべき項目だ」 「ええ? ちょ、」 反論しかけた私に、チラリと 「なら、――――――オレの方にもっと軽いヤツがカウントされればいいのか?」 「へ?」 また、変な方向に話が流れ出したような気がして、思わず身が引き締まった。 「38番」 「…さん、じゅうは、ち…」 それを言われた途端、無意識に数字を反芻していた私の頭は、また思考を停止した。 「実は、これが一番楽しみだった」 随分と、違うんだな――――――と。 「海ほたるで何か食うか」 「え?」 景色が途切れる合間のやり取りよりも、ずっと気になっている事があって上の空でそんな事を考えていた私に、 「海ほたるだよ」 海ほたる…? あの、海の上の――――――、 「有名な食い物、何かあったろ」 「あ、どう…かな」 「ん?」 「あの、私、海ほたる、初めて…」 思わず呟いたその答えに、 「…――――――だろうな」 「え?」 「いや。何でもない」 素っ気なく言い返して来た そして、私とは随分と違うんだなと、繋がれてからついさっきまで、ずっと意識が釘付けだった。 男の人の手…。 何だかんだと言いながら、ベッドの中の けれどこうして重なると、また別の意味で違う大きさを感じてしまう。 私の手の甲なんか完全に包まれてしまう、指の関節の三角の形が、女子にはない存在感を醸し出し、そこまで続く浮かび上がった血管の逞しさが男の人の手の魅力を伝えてくる 「…」 それは、"手を繋ぐ(常時)"事――――――。 言い出してから三十分は経った。 あれからずっと、私達は手を繋いだまま。 右手だけで行っている 安全運転よりそれが勝るなんて、それを受け入れている私もどうかしていると、つくづく本気で考えた。 自分で思っている以上に、私は 「コートで食い倒れるか」 「食い倒れ…」 「結構手軽なフードが多いから色々食べられるし、パノラマで海を見ながら足湯なんかも出来る」 「足湯…」 …楽しそう。 「上手く時間を潰せれば、帰りは夜景が見られるな」 「夜景…?」 高鳴った胸に、少し冷静になるように言い聞かせながらも、こんなにキラキラと目に映る会話が、学生の時以来だと気づいて、私自身に愕然とした。 人との関係だけじゃない。 私は――――――、 「せっかく遠出してるんだ。楽しまないとだろ?」 少し声を弾ませた口調の 「――――――うん」 私は、心から素直に頷く事が出来ていた。 しばらく走ると、僅かに開けていた運転席側の窓から潮の香りが届き始め、とても官能的な道路の絡み合いの先には、一見、船のような建物が見えてきた。 「凄い…まるで軍艦…」 「ああ、なるほど。そうだな。確かにそう見える」 微かに笑いを含んだ 思わず目線をやりかけて、そこはぐっと我慢する。 「今日は混んでない方か」 「平日だし、水曜日だし…」 「そうだったな」 三階の、エントランスに近い位置に空きスペースを見つけて、私の手を握ったまま、器用にシフトレバーをバックに入れた。 周囲への警告音が鳴る中、サイドミラーだけでピタリと枠内に寄せる事が出来たらしい 見た目が良くて、頭も良くて、セックスも上手くて、運転までなんて。 「どうかしてる…」 「ん?」 「…何でもない」 何故か、自分でも驚く程に拗ねた私の態度に、 「ああ」 何かを閃いたように、 「もしかして、胸キュンポイントが足りなかったって苦情か?」 「え?」 私の手を持ちあげて、 「ほら、運転でバックする時に助手席の方に腕を廻して――――――ってヤツ」 「…えっと…、すみません。何を言っているのか全く分からないんだけど」 「…そこからかよ、お前」 「え、ちょっと!」 ねっとりと、はっきりと甲に感じた舌の感触。 サングラスを避けるように、上目遣いで私を見てくる 「バードキスからマイナス1」 「え?」 「残り79回」 「い…今?」 思わず周囲を見回した私に、「ふ」と短い笑いが聞こえてくる。 「待ってろ」 「あ…」 車を出て、前方から回り込んできた 「…」 サングラスの薄茶の向こうで目を細めた 「何か食うか?」 「ううん。まだお腹はあまり空いてない」 「ならドリンクと、――――――デザート…その前にトイレか」 「…ッ、…うん」 反論しかけて、生理現象には勝てないんだからと言葉を呑み込む。 「行こう」 手を引かれて、車の間を歩き出した。 根元まで絡まる私と 「出たらここで待ってるから。もしオレがいなくても、勝手に動いて迷子になるなよ」 「…なりません」 口を少しだけ尖らせて私が応えたのを合図に、せっかく一つになっていた手がゆっくりと放された。 「じゃあな」 長い足を、男子トイレに向けて踏み出した まるで自分のものじゃないくらい体温を変えていた左手が、用を足して鏡に向かう頃にはすっかりと常温に戻っていて、 「…脅威的」 完全に、馴らされている私がいる。 抱き合っている間は香りで縛り付け、まるで食らうように私を貪り、 ただ傍に居る間も、物理的に掴まえておきたいなんて、見た目で惹き付けるだけじゃなく、その後も徹底しようとする管理能力が賞賛に値する。 鏡の中に映る私は、ここ数年付き合いのある会社の同僚にはわからない私だ。 手櫛だけで垂らした髪、何の隔たりもなく晒された瞳、…不可解ではあるけれど、男としての 香りも――――――すっかり それに…、 "楽しい" 元カレとだって、楽しいデートが無かったわけじゃない。 でも、とにかく外に出る事が少なかったから、過去を巡って蘇る思い出は多くなくて、今思えば、逸美の機嫌を窺うように何とか彼にお願いをして、最低限こなした幾つかのイベントの写真が少し残っているだけ。 異性との時間の共有がプライベートで楽しいだなんて、ミスコンに出る前の私みたいだ。 元カレと付き合い始めた頃は既に、バイトや仕事以外に私の世界は扉を開けなかった。 友人と呼べる人はいたけれど、その中で特別なのは、逸美と、社会人になってから出会った未希子だけ。 変わりたくないと。 関わりたくないと。 他人から頑なに守ってきた自分の世界が、 元カレと別れて、道を失くしたかのように蹲っていた私が、再び立てる切っ掛けになった 今度は、私の何かを壊そうとしている。 …何かを、変えようとしている。 それは――――――…、 ―――――― ―――― 「―――――― トイレから出た私を出迎えたのはサングラスを頭にかけた 綺麗な顔立ちに。それは僅かに可愛さをトッピングする最強のアイテムでしかなくて、 …なるほど。 それで釣り上げたんだろうスタイルの良さを強調した露出の多い服装の、二十歳くらいの女子が左右に二人。 素敵な男の人を前にして、この手のタイプが敵と認定した女に対して一体何を考えるか、大学の頃に嫌というほど味わわされた。 過去からの苦い思い出が心の底に波紋のように広がり、無意識の身構えで歩幅が物凄く小さくなる。 でも、 「遅かったな」 「その人?」 「ほんとだ、可愛いね〜、お姉さん」 声高くはしゃぐ、後を追ってきた彼女達を他所に、 「フードコートのおすすめを教えて貰ってた」 「そう、なんだ」 曖昧に頷いた私に、二人が突然声をあげて笑い出す。 「あはは、彼女さん超クール。彼氏と比べて凄い温度差なんだけど」 「これは、もうちょっと真剣に頑張んないと駄目だね、お兄さん」 「うるさい。ガキが諭すな」 「ふはは、うける。んじゃああたしらはこれで」 「お幸せに〜」 大袈裟に手を振りながら、何度も肩越しにこちらを振り返る二人は、ただただ無邪気に元気いっぱいな感じで、なんだか拍子抜けだった。 背中から力が抜けたところに、 「あれであいつら、国立大の二年らしい」 「え」 「若さはそれだけで武器だな」 真面目な顔でそんな事をいう 「…何だよ」 「ううん。 ピクリと。 見た目には何の反応もないように見えたけれど、私の手を握って繋がっていた 「――――――まあ、それなりには」 「ミスターとか、出たりしてたんじゃない? そう言うのあった?」 時代錯誤だと言われても、ミスミスターコンテストはうちをはじめ、周囲の大学でもスタンダードだった。 風潮に合わせて名前を変えても、趣旨は変わらずなんて学祭もあった。 きっと 「出てればよかったと、思った事は一度だけあったな」 出ていれば良かった…? 私の問いに対する答えとしては、妙に角度が違う気がする。 それを疑問に 「 「…ぇ、えッ!?」 突然の展開に頭が真っ白になった私の反応を、 「79回」 「ぅ…ぁ、その」 辺りを見渡せば、それなりの人の行き来があって、特に女性の目線が 「い…今?」 「今」 頷いた 抱き寄せられて密着した肩の部分から、反対の繋がった手の辺りまで、何かが伝導して、体が徐々に熱くなってきた。 「 見つめ合う事に、息すら熱を持ち始める。 その熱さを逃そうと、唇が開いてしまったのは不可抗力。 そして、そんな私を見て満足そうに笑った チュ。 まだ合意していない私の唇を、素早い動きで一瞬だけ啄んだ。 思考を止めた私の目と、悪戯っぽい笑いを含む 「――――――ちょ…」 「腹減ったな。外のモニュメントを見るのは後でな。飯が先」 反論しかけた私の手を引いて歩き出したその背中に、 「もう…」 言葉ではそう返しながらも、 「…」 もっと欲しかった――――――。 私は、物足りなさをはっきりと感じている自分の心を見つけていて、 "本気になっちゃだめ" これは、性的欲求――――――? 「…もう、遅いのかも」 " 名前を呼んで、彼が振り向くのを期待する私は、 "ねぇ、 そう言って、背中に抱き着いて甘えて見たいと考える私は、 もしかしたらもう既に、何かの扉を開かれた後なのかもしれない――――――。 ―――――― ―――― 「 切ない声で名前を呼ばれる度に、素肌の背中に添える指先に力が入った。 体を打ち付けられて、押し上げられる快楽の先にいつも私を待ち構える、額に汗をかいて満足そうに微笑みかける 「は、はぁ、…いくぞ、 「ぁ、ぁあ、ゃ」 ベッドに押さえつけられる掌が、痛いくらいに掴まれた。 「これ、で、三回…ッ」 眉間を狭めて、苦しそうにすら見える表情で長い射精をした その重みをどこか心地よく抱き留めて、私もまた、息を整えようと深呼吸を繰り返した。 58番。 抜かずの三発。 海ほたるから帰るなり、最初にそれを言われて目を丸くした私は、まさか本当に 逸美に正面から聞く事も出来ず、ネットで調べて何となく内容を理解してはいたけれど、本当に一度も私の中から出ないまま、 「やばいな。心臓がいきそうだ」 小刻みな笑いが、肩に響いて来る。 密着するお互いの濡れた肌がしっとりと馴染みよく感じられた。 「本当に出来るなんて…思わなかった…」 「オレもだ」 「…え?」 腕を立てて身体を起こした 「お前だからだな」 目を細めた …それは、私以外の人とのセックスを匂わせる言葉だ――――――。 背中を向けた ――――――綺麗な背中…。 ほんのりと、赤く入った複数の線は、私が夢中になっていた時のその名残。 思わず手を伸ばしかけて、その痕をなぞりたいような気になった時、 「次は 僅かに肩越しに振り返った 「――――――66番」 「66…、公園で散歩か。健全」 笑いを含んだその言葉を引き取るように、私は透かさず口を開く。 「あの、その前に着替えとか、一度家に帰ってもいい?」 「家に?」 「駄目…?」 窺うように訊いた私に、 「…もう夜中だ。とりあえずシャワーを浴びて、ひと眠りして、それから考えよう」 あ、機嫌が降下した。 「…わかった」 一見変わりはないけれど、怒ると、言葉を音にする前に視線が斜め下を向く癖に気付いてしまえば、分析は簡単。 交渉の余地は無さそうだなと、何故か分かってしまった私の 66番。 公園を散歩。 平日の筈の今日、人が多いのは、GWを目前にしているからなのか。 それとも人口密度の割合からしてこれが通常なのか。 「ほんと…健全…」 陽差しの眩しさ。 緑の優しさ。 どこもかしこも、日常の暖かさが漂っている。 そしてその中を私と でもこれも、とても居心地が良いような、悪いような…。 ずっとセックスだけをしているような、そんな後ろめたさがあって、この健全さが責めにも思える。 「…」 私の左手をしっかりと握った 今日の見た目もサク仕様。 会社仕様の室瀬さんは、あれからずっと出番無し。 それどころか――――――、 私は、自分の姿を見下ろして、また反射的に息を吐く。 襟の付いた薄青のワンピース。 ストラップの付いた白のサンダル。 寝起きの頭に、 『 『着替え。何セットか届いている。これでしばらくは大丈夫だろ?』 『…ねぇ、あの、買ってきた…、の?』 ずっと私を抱き締めて眠っていた 『いや、知り合いの店に頼んだ』 『…あ』 何かを言おうとしたのに、何も言葉にならなくて、 『別に数日帰らなくても問題はないだろ?』 至極当然といった、躊躇する私を不思議そうに見る 『え、…』 いや――――――…いやいやいやいや。 結構大変な事だよ? 冷蔵庫の中にレタスあるし、モヤシも、あ、残り半分の豆腐とか、ヨーグルトだって…。 それに、お休みに入るからって気を抜いて、二日分くらい洗濯物を溜めていたし、それから、火曜に朝食で使ったお皿やカップがまだシンクに入ったまま。 戸締りはしてあるけど、かえってそれが、匂いが充満した部屋に仕上げる要素になりそうで、ただただ不安が募るんですけど…。 一瞬で室内で起こり得る色んな事を想定して、心の中では全力で首を振ってお断りしている私がいたけれど、 『ないよな?』 言葉だけ聞けば、まるで従う事しか許されないような口調ではあるけれど、別に、その瞳に凄まれているわけじゃない。 強要だとも感じられない。 どちらかというと…、 『…うん』 私を見つめる目も、指先を掴まえてくる手も、 甘えているように感じられたから、 「似合ってるな、それ」 「え?」 「 これまでと変わらない同じ顔、同じ髪型の筈なのに、身に着けた青と白のサマーニットとダメージカラーのデニム姿が功を奏しているのか、健全な公園の景色以上に、何故か私には、目の前の 「…ありがと」 素直にお礼を返せば、嬉しそうで、 「のんびり歩くか」 「…うん」 どうしよう。 「…ぁ、 部屋に戻るなり、番号を宣言して私をソファに押し倒した 最初は瞼にキスをされて、それから目尻、頬、首筋を下って行く あまりの素早さに呆然とする私を、舌なめずりをしながら見下ろしてくる、少し細くなった 「66番。これから 「え…」 見せた舌先を尖らせたり丸めたり、言葉の合間に見せつけてくるのは挑発の類だ。 「あ…ちょ、ま」 状況を覆す言葉を探す間に、 「待って、まだシャワー、…ぁ」 何かが、私の 何かが――――――なんて、もう今更だ。 肌とは違うデリケートな部分で、火傷しそうな程に熱く感じる 後ろから前にかけて右側の溝をなぞり、それから左側を通って、 その合間に、漏れる 「あぁ…、ぁ、」 行ったり来たりと、丁寧にその蕾の形を浮き彫りにされて、 「ぃや…、ん、ぁ」 腰が、自然と揺れてしまって、 恥ずかしい――――――、 そこじゃない――――――、 期待する快楽と、理性の抑制が、複雑に左右から重なって、私から人としてあるべき姿を奪っていく。 「やめて…」 言葉とは裏腹に、 「ん、ぁ…、 思わず掴んだ そんな私をいつも通りに見越した 全ての指を根元から掴まえられた力の強さに、痛みではなく、激しさを思う。 それは知っているけれど、何処かに飛ばされそうな程、極限まで攻め立てられる怖さはあった。 「 「きゃ」 体を畳まれた体勢になったのは、 途端、ワンピースの柄が私の目の前を覆うようにして降って来る。 「ぃや、 叫んだ瞬間、僅かな風が私の薄い茂みを揺らした。 「――――――やばいな。相当卑猥だ、これ」 「 「顔が隠れて表情が見えないから、なおさら想像をかきたてられて興奮する。ねぇ、オレの視界いっぱいに 短い笑いの後、 チュ、 「ああッ…、ぁ」 音を立てて強く刺激されたのは私のクリトリス。 まるで吸い出されるような感覚が、思考の全てを奪っていく。 かと思えば、後ろの信じられない部分まで丁寧に舐めあげられた後、また前の茂みへと戻ってきた。 「ん、…ぅ、さく、…ぅあ、…ん、ぁ、」 小さな波は何度も私の全身を震わせた。 それに呼応するように掴み合った手が強く握られて、私がいるべき世界を思い出させてくれる。 引き戻されている、とも言うのかも知れない。 実際、イキきれていないと残念に思う瞬間もあった。 安心させるような行為をしながら、実はイカせないという非道。 根拠はないけれど、セックスの最中にだけ発揮される 「ふ…舌が溺れそう。中へ中へと引き摺られるよ」 「…さ、く、ゃ…めて、言わな…はぅ」 言葉を封じられるようにまたクリトリスを含まれて、指先まで小さな痙攣が駆け抜ける。 「…ぁ、ぁ」 顔が、視られていないのが救いだった。 自分がどんな顔をしているのか、それを映す 「 でも本当は、指摘される前から気づいていた。 異物と捉えきれない舌の感触はずっと入口の浅い部分だけを愛撫していて、それに物足りなさを感じた自分の中が、飲み込む獲物がないと、収縮する度に内側から暴れている。 これまでの経験から、ここで それを期待する欲望が、私の思考を支配している。 「――――――ああ、十分経ったな」 ――――――え? ピタリと止まった愛撫に、頭の中が真っ白になった。 この疼きを、 「…どう」 どうすればいいのか、と。 無意識の内に口から零れそうになって、寸でのところで飲み込んだ。 冷静になれと、西脇 懇願しろと、西脇 「抑え込めば抑え込むほど、蜜が溢れてくるのはなんでだと思う?」 「…痛ッ」 腿の付け根を舐められたかと思うと、突然の痛みが私を襲った。 「 強く吸われる感覚。 他の誰にも、私自身にすら確認出来ない場所に痕をつけられているのだと、その行為自体になぜか泣きたい気持ちになる。 「…女ってのは元来から強欲なんだ。一度覚えた男の形は自分のものだと体が主張する」 「ん…ッ」 今度は反対側の付け根が、さっきよりも強く吸われた。 「男もこうして――――――、他の男に主張する」 「 「セックスにおいて、お互いを求めあうのは当然の事だ。お前のメスの匂いは、間違いなくオスのオレを誘ってる」 優しいように聞こえて、巧みに誘導しようとする 入って来て欲しい。 イカせて欲しい。 「お前の中がオレを求めるのは当然の事なんだ」 「……て」 「そして、それがお前の女としての本能の欲なら」 「ぃれて…」 「――――――そのおねだりは、オレにとっては可愛くて仕方ない」 耳元で囁かれたその言葉に、私の何かが瓦解した。 「…挿れて、 「ん?」 わざとらしい、その返し。 剥がれる――――――。 防御で纏っていた心のヴェールが、 「挿れて」 「それから?」 「――――――イカせて、 再び、顔がスカートに覆われて、 布越しに唇が重ねられる。 恐らくは、ボトムを脱ごうとして動いている 「可愛く言えたご褒美だ、 「…あッ」 ソファの背もたれに足の甲が触れ、同時に、私の中に熱い塊が押し込められる。 「ああ…ッ、ん」 じっくりと確かめるように埋められている 「これが欲しかったんだろ?」 「…ん、欲しかった」 「… 掠れた声が私の名前を呼んだかと思うと、またスカートが除けられた。 目の前にあるのは、 濡れた黒が、綺麗な光を宿す宝石のように美しい眼差し――――――。 ああ、 好きだわ。 そう言葉にして刻むだけで、胸がキュンと痛む。 ずっとずっと、ブレーキをかけて、 …でも、ブレーキをかけるという事は、つまり自覚があったという事。 初めて、ホストと客として会ったあの夜。 心が繋がっていなくても、セックスで泣きたくなる程に埋まるものがあると、私は知った。 そして今、心が繋がっていなければ、埋まらないものもあると、私はまた知る。 「…好きだ、 初めてのあの夜とはまた違う、嬉しくて、寂しい、私の心。 「私も…」 この人は、ホストだ。 だから、私達は始まった。 それがなければ、たとえ同じ会社でも、きっと接点は無かっただろう。 「私も、好き――――――」 初めての夜と、変わっていない振りで私は告げる。 この人が、次の 「1番――――――だからね、 私が、支払い項目から拾ってそう告げた時、 ちゃんと目にしていたのなら、これから起こる事に、もう少し覚悟が決められたのかも知れない。 |