"欲求不満の特進の生徒が、"白"のフリして円工業の男子を漁った"―――――― そんな噂は、あっという間に学生の間を駆け巡った。 しかも、丁寧にあたしのフルネーム付で。 『事実確認をしたいだけなの。あなたは、頭もいいし、ね?』 二学期が始まって、校長室に呼び出されたあたしは、 『――――――何も、言う事はありません』 『樫崎さん!』 『知りません』 『・・・』 『解りません』 だって、本当に、あたしには何も判らない。 どうしてこんな事になったのか、 あたしがそんなに、哲君を困らせるような事をしたのか――――――。 何かを、してしまったのか・・・。 『樫崎さん、あなたの処分は――――――』 あたしが"起こした"、前代未聞の特進科の不祥事。 こんな噂が立つ事自体が問題だと、Pと教育委員会からの厳しい突き上げを食らって、どうにも動けなくなった学校サイドは、あたしを1週間の停学処分にした。 『なんでよ! 美織は何もしてないじゃない!』 『瑠璃ちゃん・・・』 『酷いよ! 酷いよ! こんなの無い!!!』 泣きじゃくったのは瑠璃ちゃんで、 『ありがとう、瑠璃ちゃん――――――』 あたしは、ポロリと一つ、涙を落としただけだった。 それ以上、声を上げて泣く事なんか、出来なかった。 『美織』 『――――――ママ』 部屋に閉じこもっていたあたしを訪ねてきたママは、ベッドの上で、枕を抱いて茫然自失の状態に近かったあたしの隣に腰を下ろし、手を伸ばして、髪を優しく撫でてくれた。 『・・・ごめんなさい』 まさかこんな事になって、パパとママに心配をかけてしまうなんて、全然思っていなかった。 居たたまれない気持ちで、ほとんど反射的に謝罪の言葉が出てしまう。 『ふふ、バカね。どうして美織が謝るの』 ママの優しい指が、あたしの髪の一房を、そっと耳にかけてくれた。 『・・・だって、だって――――――・・・』 沁みるような思いやりに、今度は涙が溢れてしまう。 『美織の、初恋、だったんでしょ?』 その問いに、あたしは正直に口を開いた。 『もう・・・わからない。凄く、大事にしたいって思ったのに、何だか、みんなあっという間で、』 甘い哲君の言葉が、 まだ何度も、記憶の中で繰り返される。 でも、 『全然、うまく、いかなか、・・・』 あたしは、突然生まれた淡い恋心の裏で、ただ流されただけだ。 哲君の強引さに、積極さに、そして、 "恋という形"への好奇心に――――――・・・。 『うまくいかないのは当たり前よ』 不意に、情けないあたしの小さな嗚咽に、ママのきっぱりとした言葉が重なった。 『だって、初恋だもの』 『・・・』 思わず、マイナスへ一直線だった思考が停止してしまう。 『――――――え?』 顔を上げたあたしに、ママはニッコリと微笑んだ。 『初めての恋はレベル0。防御力、攻撃力、共にゼロ。――――――パパ風に言うとね』 『・・・』 『・・・美織、・・・体は、平気?』 『え?』 『ちゃんと、避妊はしてもらった?』 『・・・』 あたしを真剣に心配するママの眼差しに、 『うん、・・・うん、・・・ママ、ごめんなさい、ごめんなさい・・・』 とてもとても、深いママの愛情を感じて、 それと同時に、 "避妊、した方がいい?" あの時の、本当はショックだった哲君の言葉が、何故か強く、思い出されて悲しかった。 一体、あたしが何をしたんだろう――――――? 哲君、 スカーフが"赤"だった事は、そんなにも、大変な事だったの・・・? あたしはただ、優しくて、薔薇色に染まるような恋を、 そんな、恋を――――――・・・。 ただ恋を、したかった――――――。 長虹橋の入口であたしを待って立つレント君は、あたしがレント君を視界に入れるのと同時にあたしを見つけてくれて、 傍に来るまで、ずっとずっと、視線を逸らさずに見守ってくれる。 手を繋いだ時、レント君が安心したように微かに笑う瞬間は、あたしをとても幸せにした。 会えるのは土曜か日曜だけ。 宿題が多い週はそれもNG。 『気にすんなって。オレもバイトしてるし、あとは努力で時間を作る!』 レント君は、お母さんが営んでいるクラブの開店前の準備を手伝っているらしい。 鍵を開けて準備して、それを店長さんに引き継いで、終了。 腰にジャラジャラと下がってる鍵の束は、お店にとって重要な鍵で、定位置で音が鳴っていないと、失くしたんじゃないかって、精神的に落ち着かないらしい。 「最近はさ」 「・・・え?」 「――――――ちょっと右手が、ソレっぽいんだよなぁ」 あたしの左手をふにふにと握りながら、レント君が反対の手で鼻の頭をかく。 「?」 首を傾げてレント君を見上げると、困ったように、彼は笑った。 「美織の手の感触、しばらく会えないと、時々恋しかったりする」 「――――――ッ」 キュン、と。 あたしの恋心がないた。 「レント、君・・・」 「ごめん、オレ、かなり美織に重症だから」 「・・・」 「――――――そんな目で見てると、・・・キスするよ?」 ドキン、ドキン、ドキン、 ――――――お前、面倒くせぇ―――――― 違う・・・、 信じる。 信じる。 レント君を、 信じるんだ――――――。 「うん、・・・いいよ」 答えたあたしの喉は、もの凄く、熱かった。 まるで、毒を呑んだ時のようなんじゃないかって、そう、苦しくなるくらいに――――――。 「あ、やべぇ。心臓、壊れそう・・・」 「・・・」 レント君の左腕が、あたしの腰を、キュッと抱いて引き寄せた。 体中に痺れが走って、自然に"好き"って、あたしの中に溢れて来る。 「マジで、好きだから、美織」 「・・・うん」 「ずっと、オレを見てて」 「うん」 「オレを信じて」 「うん――――――」 ゆっくりと近づく二人の距離。 伏せられたレント君の睫は、凄く長くて――――――。 最初のキスは、時間にするとたった1秒、優しく唇が触れただけだった。 目を閉じるタイミングを失ってしまっていたあたしは、 「好きだ、美織」 そう呟いたレント君の瞼が、少しだけ震えるのをはっきりと目にしてしまって、 なんだか、とても泣きたくなって・・・、 少しだけ角度を変えて再び近づいてくるレント君に、 「・・・」 今度こそきちんと、目を閉じた。 唇が重なっている間、レント君の右手は、ずっとあたしの左手を握っていて、 しばらくすると、 上唇、下唇、 まるで鳥が啄み合うようなキスを繰り返しながら、指の握り方を変えていく。 「レント君・・・」 「美織・・・」 キスを終えても、暫く見つめ合ったまま、あたし達はお互いの腰を抱きしめ合って、ずっとずっと、密着してた。 「もっと早く・・・、美織をつかまえたかった・・・」 いつもは、指を揃えたまま握り合っていた二人の手は、 初めてキスをしたこの日から、深く指を絡ませる、恋人繋ぎに定着した。 |