小説:虹の橋の向こうに


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主虹の橙

 「美織、あたしに隠し事、ない?」

 睨みを効かせながらの、厳しい口調。

 「瑠璃ちゃん・・・」

 いつものファストフード店。
 珍しく、シート席に向かい合って座って居るあたし達。

 正面からあたしを射抜く瑠璃ちゃんの真っ直ぐな視線は、いつもは頼もしいけれど、こういう時は、容赦ないって、思わず逃げ出したくなる。

 レント君と、ちゃんと付き合い始めてから一か月。
 土曜や日曜にしか会っていないから、回数にしたらやっぱり数回なんだけど、


 「ある、よ・・・。瑠璃ちゃん」

 瑠璃ちゃんの表情が、少し緊張を含んだものになった。
 あたしも、何だか罪を告白するような重苦しい空気に、呼吸が苦しくなってしまう。


 怒る・・・よね・・・?

 今日は水曜日。
 レント君のバイトが休みの日で、そして、冬休み間近の特進科も、最後のテストを終えて小休止の季節を迎えてて、比較的自由が満喫できる放課後。

 瑠璃ちゃんにだけは、ちゃんと紹介したいなって思ってたから、本当は今日、あたしから切り出す予定だったんだけど・・・、


 「あたしね・・・」

 瑠璃ちゃんがくれた話をする切っ掛け、――――――大事にしよう。


 「彼氏・・・できた」

 「美織――――――・・・」

 瑠璃ちゃんの手に力が籠められたのが、その内側にあるコーヒーが入った紙コップが少し変形したその様子で、見て分かる。


 色んな想いが、きっと瑠璃ちゃんの中に駆け抜けていて、



 美織は悪くない――――――ッ

 悪くない――――――ッ!



 あの時、

 何一つ、相談していなかった薄情なあたしの為に、泣いて怒って喚いてくれた瑠璃ちゃんの事が、泣きそうなくらい鮮明に、あたしの胸に蘇って来た。



 どれくらい、見つめ合っていたのか――――――・・・、



 「円工業の人?」



 「・・・うん」


 また、少し沈黙があって、


 「――――――今度は、"事後"じゃないんだよね?」


 ふ、と笑った瑠璃ちゃんの言葉。


 「――――――え?」

 「だってさ、いつもはカウンターとか、テーブルとか、適当なトコに座るのに、今日は、4人掛けのシートを、目的を以て選んだでしょ、美織」

 「・・・」

 「会わせてくれる、――――――って、事なんだよね?」

 「・・・うん」


 頷いたあたしに、

 「そっか」

 と瑠璃ちゃんは笑う。


 「美織の顔、見てれば分かる」

 「・・・瑠璃ちゃん」

 「あんた、中学の時から、ずっと恋愛に憧れていたもんね」



 恋って、虹を見てる気分になるのよ――――――。


 小さい頃、ママに教えてもらった恋のヒント。

 哲君には、貰えなかったけど、レント君は、虹を見ているような幸せを、傍にいるだけであたしにくれる。

 そしてレント君も、

 『すっげぇ幸せ』

 そう言って、目を細めてくれるから・・・。


 「名前、なんていう人?」

 「うん。藤森レント君」

 「レント?」

 「うん。カタカナでね」

 「へぇ? 不思議な名前」

 「ね」


 『本当はお袋、 こい 恋斗 れんと ってつけたかったらしいんだけど、親父が猛反対して、でも他の漢字じゃお袋がだめで、んで、カタカナにしたらしい』


 照れ臭そうに、でも、ちょっと楽しそうに、自分の名前の事を話してくれたレント君。

 彼を思い出すだけで、心があったかい気持ちになって、ふわりと笑顔が口許に浮かぶ。

 今日は瑠璃ちゃんがいるからいいけれど、一人の時、これってすっごく恥ずかしかったりするんだよね。


 「なんだ、良かった。美織、幸せそうで」

 「瑠璃ちゃん」

 「心配してたからさ。まあ、円の生徒ってのが気に食わないけど、その顔なら、ちゃんと大事にされてるんでしょ?」

 「――――――うん」

 「幾つ?」

 「あ、同じ年」

 「・・・え?」

 ふと、瑠璃ちゃんが眉を顰めた。

 あたしは思わずドキッとしてしまう。


 「どうしたの? 瑠璃ちゃ」

 「美織、大丈夫なの?」

 「え?」

 「だって、円で同い年って事は"あいつ"と、」



 少し早口になった瑠璃ちゃんが、あたしへと前のめりになった時だった。



 「あんたなんかが、レント君のカノジョなワケないじゃん!」


 ――――――え?


 突然入って来た第三者の声。
 それも、店内に響き渡るほどの大きな声で、


 「この前、あんたがレント君と歩いてるの見たけど、あんた右側にいたじゃない!」


 あたし達と同じ制服を着た女の子。


 「レント君、女の子と手を繋ぐときは、絶対に指輪してる方の手で繋ぐの。右手で繋いでるのなんか、今まで見た事ないんだから!」


 "白"のスカーフが、言葉を綴る度にひらりと揺れる。


 「レント君の親友のアツシ君だって、彼女が出来たなんて聞いてないって、昨日言ってたし!」


 どこかで見た事があると思ったら、いつか、長虹橋で、あたしを見て笑った子だった。



 「それに、それに!」


 オレンジ色のリップが可愛い唇が、あたしに向かって吐き出す言葉を、止めようとしない。



 「それに!」


 最後は、まるで体から振り絞るみたいに、彼女は言った。



 「レント君、哲君と友達なんだから!」






 「・・・・・・え?」



 グラリ、世界の色が反転した。

 灰色。

 何もかも――――――。




 「1年前のあんたの事、レント君、全部知ってるんだからッ!」





 ――――――嘘・・・


 あたしの信じていた世界に、

 ヒビが入る音を聞いたのは、これで二度目・・・。




 一度目は、


 『お前―――――・・・、面倒くせぇ』


 きっと、これから色んな事を分かち合っていけるんだと、無条件に信じていた哲君にそう言われたあの時・・・、


 そして、


 「美織・・・」

 「レン、トく・・・」


 叫び終えた彼女の背後に姿を現したレント君の、
 いつもは真っ直ぐにあたしを見つめてくれるその焦げ茶色の眼差しが、

 とても悲し気に伏せられて、



 "レント君は哲君の友達で、1年前のあたしの事を、全部知っていたんだ"

 と、


 暗に認められたこの瞬間が、二度目で――――――。




 ――――――嘘だ・・・ッ!



 「ちょ、美織!」


 あたしは、無意識の内にコートと鞄を握りしめ、茫然と立っているレント君の横を、一気に駆け抜けてその場を逃げ出していた。








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