小説:虹の橋の向こうに


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副虹の赤

 赤。


 心に燻る赤。




 過去の恋と、



 それを上書きしそうな存在の赤。




 あの頃、


 情熱と孤独。


 うまく、織り合っていたと思う。





 そんな時、


 突然オレに舞い降りた、



 美織という名の、



 強い赤――――――。







 あの日――――――




 眩しいほどに白いスカーフが、 長虹橋 ながにじばし に舞い降りた。






 オレが住む円工業エリアの端から、大宮女子高校がある街へと続く長虹橋は、片側二車線、歩道は石畳(しかも自転車二台が並んで通れるほどの幅)の結構大きな橋だ。

 橋の下に流れる、魚も生息している川は、大回りして遊歩道におりてからでないと綺麗に眺める事が出来なくて、正直、こうして歩きながら見るだけだと、橋じゃなくて、虹色に塗られた手摺がちょっとお洒落な、ただのでっかい迂回道路にしか見えない。


 紫・藍・青・緑・黄・橙・赤――――――。


 円工業の方向から右側の歩道を歩くオレから見ると、紫から始まる虹の色。

 けれど、左の歩道を見ると、


 赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の逆順。


 デザインした人は、きっと主虹と副虹をイメージしたんだろうなと、この橋は渡るだけで結構テンションが上がる。


 夏休みのはじめ。

 その日は、


 太陽はご機嫌で、薄い雲は良く流れて、空は青くて、絵に描いたような夏日だった。



 さぁぁぁぁ・・・


 強い風が熱を薙ぐように吹き抜けて、


 「嘘」


 少し高めの女の子の声が、どこからか聞こえたような気がした。

 それは、赤の手摺を過ぎて、左手にあるマンションに行くために、横断歩道の信号が青になるのを待っていた時の事。



 「え?」

 樹木の間から、突然姿を現した白い浮遊物。


 鳥――――――・・・じゃなくて、


 「うわ、なんだコレ」


 向こう側の歩道、紫の手摺の前で、一人の男が手に掴まえたのは、白いスカーフだった。

 困ったように辺りを見回しているそいつは、見覚えがある奴で、


 ―――――オレと同じ1年の奴だ。名前・・・出て来ねぇ。


 別に話しかける気も無かったし、ただ、

 信号が長いな・・・、


 そんな事を暑さにやられながらボーっと考えている正面に、


 ひらり、


 ――――――また別の光が舞い降りたような気がした。





 ピンクとワインの花模様が入った、首周りと袖周りについた小さいフリルのデザインが可愛いノースリーブ。
 白のショーパン。

 陽に焼けるのが心配になるくらい、真っ白で細い脚の先に引っ掛けた茶色のデカいサンダルがアンバランスで、それがツボってまた可愛い。


 アッシュがかった黒に近い髪は真っ直ぐなストレート。
 どんなに風に靡いても、毛先が綺麗に纏まって見えるくらい、すっげぇツヤツヤ。


 ちょっとたれ目なトコとか、


 ――――――やばい。


 そう危機感を思うくらい、オレの好み、ど真ん中。



 信号が青になって、オレは、白いスカーフを持ったあいつと、そして、不安そうにそいつを見つめる彼女の方へと歩き出す。

 徐々に聞こえて来る会話。


 「凄く可愛いね。俺さ、大木哲」


 ああ、そんな名前だっけ。


 「オオキ、テツ・・・君?」


 声も、耳に心地よくて、このまま横から掻っ攫っていきたい衝動を思わせる。


 ・・・けど、それはいくらなんでも、後先を考えなさすぎだ。


 自重、自重。




 「そ。君は?」

 「・・・樫崎、美織」


 ミオリ・・・。

 かなりイメージに合う名前で、思わず反芻してしまう。


 「ミオリちゃんかぁ。俺さ、今、彼女募集中なんだよね」


 ・・・早ッ。


 「――――――え?」

 「こうしてスカーフ落として出会うとか、運命感じない?」

 「・・・う・・・、うん」

 「だろ? 試しにさ、付き合ってみようぜ?」


 そして、軽い・・・。

 ――――――で、返事は?



 「――――――うん」


 マジか。


 ちょっとガッカリしたってのが本音。
 久々にグッとくる女の子を見つけたと思ったけど、見た目だけか・・・。

 オレは完全パスだな。


  あつし がいたら、さすが"大宮の白ちゃん"、なんて喜んだかも。

 マンションの方へと階段を下りて、敷地内に入ろうとした時だ。

 「お、レント」

 名前を呼ばれて振り向くと、

 「親父、何してんだ?」

 買い物袋を引っさげた、現在はお袋と離婚して、お付き合い2年目の彼女と同棲中の親父が立っていた。

 「・・・なんだそれ、アロハ?」

 「ちが〜う、かりゆしウェアだよ。沖縄の。美香ちゃんがご近所の奥さんから紹介してもらったショップで買ってくれたんだよ〜ん」

 「へぇ、イイじゃん」

 「だろ?」

 40にもなって、こういう恰好がサマになる親父は現在、バーを2軒経営している。
 元々は5軒持ってたけど、離婚する時、お袋に一番儲けが出ている1軒を渡して、残り2軒は知り合いに経営権を譲渡した。

 離婚の原因の一つにもあげられるくらい、お袋と一緒に居る事よりも夢中になって広げた商売だったのに、別居を始めて、お店に働くために面接に来た美香さんと出会ってから、親父はすっかり家庭人(まだ入籍はしてないけど)。

 手塩に掛けたお店に、未練も見せず、即断即決即実行。


 そんな親父の姿を観て、

 「人生とは・・・、」

 ――――――と、初めて考えさせられた。



 「お、ありゃ、樫崎さんチの美織ちゃんじゃないですか」

 オレの背後、その遠くに視線を向けて呟いた親父。

 「なんだなんだ? 男か、ありゃ」

 「下世話。ほら、行くよ、親父」

 「へぇへぇ。――――――ま、お勉強ばっかじゃねぇ。しかし、これでますます可愛くなっちゃうだろうなぁ、美織ちゃん」


 勉強?

 円付近に来る大宮の女子から、勉強なんて単語、聞いた事ねぇぞ。


 「何言ってんだか」


 ――――・・・まあ、可愛いのは認めるけど。





 「きゃあ、レント君、いらっしゃい〜」

 マンションの角部屋、その玄関を開けると、親父の彼女の美香さんが満面の笑みで出迎えてくれた。

 「美香ちゃ〜ん、そこはダーリンのボクが先じゃない〜?」

 情けない声を出す親父に、美香さんは豪快に笑いながら、

 「はいはい、お帰りなさい、ダーリン」

 オレが居るにもかかわらず、遠慮ないキスの音が辺りに届く。

 「あ〜、もう勝手にお邪魔しま〜す」

 親父のラブシーンとか見たくないし、半ば呆れモードで二人をおいてリビングまで進んで、テーブルに用意されていたグラスに、アイスペールから氷を入れて、アイスコーヒーを注いだ。


 「あらあら、ごめんね〜、レント君」

 ショートカットがよく似合う美香さんが、頬を染めて小走りにやってきた。

 「いえいえ」

 いつもの事だし。

 「なんだったら、1時間後に出直すけど」

 「やぁねぇ、レント君ったら」

 「お〜、レント、それいいな。そうしよう」

 「馬鹿なコト言わないの。はい、あなたは冷素麺の準備でしょ」

 美香さんに背中を押されて、キッチンへと姿を消した親父。


 「お、そう言えば、樫崎さんチの美織ちゃんに、彼氏が出来たらしいぞ」

 「あら、そうなの? きっと美冬さん喜ぶわ〜。勉強ばかりで心配だって言ってたから」


 ――――――だから、なんで"白"に勉強の話が出る?


 「けどなぁ、ずっと首位守ってんだろ? これで成績落ちたら、また別の心配が増えちまうな」


 ――――――首位?

 何の話なのか、突っ込みを入れたかったけど、


 「ん〜、あの夫婦は気にしない気がするわ。それより、恋愛の経験や思い出がないまま、美織ちゃんの高校生活が終わってしまわないか、そっちの方が心配みたいだし」

 「へぇ〜、親のくだんねぇ欲目が無くて結構じゃねぇか」

 「ふふ、そうねぇ」


 お互い、姿を見ないままに続けられた会話は、美香さんの笑い声を最後に、やっと終止符を打つタイミングになったらしい。

 何となく気が抜けていたところへ、


 「レント君は?」

 突然、美香さんの深い眼差しがオレに向かって落ちてきた。


 「――――――え?」

 カラン、と。

 溶けた氷がグラスの中で回転する音が響く。


 「萌奈ちゃんと別れて、もうすぐ半年よね」

 「あ〜、・・・うん」


 そっか・・・。

 あれから、もう半年も経ったのか――――――。



 意識すると、まだ記憶に鮮明に蘇ってくる、別れを切り出してきた、萌奈の泣き顔。

 『レント、ほんとにごめんね――――――』


 震える小さな声は、まだオレの胸をチリチリと焼いて来る。



 「――――――そろそろ、新しい恋、してもいいんじゃない?」

 「うん、――――――そうだね・・・」


 美香さんの気遣いに応えられるように、オレは口の端を、努力で笑みに象った。








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