橙。 心に灯る橙。 泣きそうになっても、 見る人の心を守ろうとする橙。 あの時、 必死で笑った君に、 どうしようもなく胸が痛んだ。 恋に躊躇していたオレに、 突然降りかかった、 美織という名の、 輝く橙――――――。 「あ、あたしコレ食べたぁい」 「あたしはコレぇ」 ファミレスで、土曜だというのに珍しく篤が飯食おうって連絡してきて、その電話越しの真面目な声に、何か相談ごとでもあるのかと、寝起きで頑張って出てきたら、 「ねぇねぇ、レント君は、何食べる?」 さりげなくオレの右腕に指を触れて話しかけて来る、私服だけど、多分"大宮の白ちゃん"。 ――――――っていうか、偏差値低くて不良が多いって事で有名な円工業の男目当てでここら辺に出入りする女なんて、大宮の"白"以外はほとんどないけど。 「あ〜、オレは用事があるか、」 「あ、レントはねぇ、いっつもこのセットなんだよ」 立ち上がりかけたオレを先読みして、篤が、女が持っていたメニューに「コレコレ」と示す。 「そうなんだ! じゃあ注文しちゃうね」 篤の隣に座ってた女が透かさずボタンを押して店員を呼び、場を仕切るように注文を終えた途端、 「ドリンクバー行ってくる。レント君は何飲む? あたし取ってきてあげる」 「・・・ホットコーヒー」 「俺はコーラね」 「了解〜、じゃあ行ってきま〜す」 騒がしく立ち上がった二人は、こちらをチラチラ振り返って何やらクスクスと話しながら、ドリンクバーの方へと遠ざかって行った。 「――――――篤、テメェ・・・」 向いに座る、小学校ン時からの幼馴染を本気で睨み付けると、 「悪ぃ悪ぃ。けどさ、いいセンいってる子達でしょ? とりあえずさ、数会っときゃ、一人くらいはレントの好みに合う子、いるんじゃないかってさ」 「余計なお世話」 「そう言うなよ。萌奈と別れてもう半年じゃん。そろそろ身体が寂しいんじゃないの?」 「・・・なんでお前はいっつも、体の欲望の話が先なんだよ」 「だってぇ、俺っち健全な男子高校生だしぃ」 「手でヌいてろ」 「え〜、でもさ、女の子のあのギュッと抱きしめた時の柔らかさとか、温かさとか、思い出したら胸がキュンキュンしない?」 「・・・キュンキュンねぇ――――――」 こんな話をする篤だけど、実は本命以外とは絶対寝たりしない。 まあ、付き合って別れるまで最短二ヶ月という、明らかに短いこれまでのサイクルは気になる所だけど、その期間は浮気もせず、ちゃんと本気で恋を楽しんでいるらしいのは傍から見て判るから、オレもそこには口は出さない。 それに、相手は大宮女子の子だけじゃないから、据え膳をいただきまくっている他の奴等とは違う。 「せっかくさ、選り取り見取りで 「意味違うし」 会話の上だけの 「よお、哲、ほんとに来るのかよ?」 「来るって。絶対」 「ブラフだったら笑ってやろうぜ」 「だな」 離れたテーブルから聞こえてきた会話に、篤がチッ、と舌を鳴らした。 「ヤ〜な顔ブレ」 その、普段は適当にニコニコしてる篤が、珍しく嫌悪を浮かべている。 「何?」 オレが真面目に聞き返すと、篤がそいつらから顔を背けるように頬杖をついた。 「あ〜、あいつら、ヤルのが目的の奴等。ヤルだけやって、飽きたり、次にめぼしいの見つけたら、即別れるらしい」 顎がカクンカクン言いながらの説明だけど、正直、オレには1%も理解不能。 同情も無し。 「まぁ、・・・お互いさまじゃん」 「ん?」 「篤のいう"白ちゃん"もさ、円の男とヤるのが目的でしょ?」 オレの言葉に、篤はクッと笑った。 「何言っちゃってんの、レント君。そういう女ばっかじゃないのよん?」 「そうか? ・・・なんか、オレに寄ってくる女って、直ぐにエッチしようって誘ってくるのばっかだし」 「まぁ、レントは俺っちよりちょっとフェロモン出てるからな。それに、昔からある変な、・・・セオリー? みたいのから、なんとなく、誰も抜けられないんだろうねぇ」 達観した目つきで語る篤に、オレは眉を顰めた。 「セオリー?」 「そ。―――――"白ちゃん"は、円の男が大好きな"尻軽ちゃん"で、円の男は、そんな尻軽な"白ちゃん"が大好きさ! という昔からの図式」 「・・・」 「でもねぇ、ちゃんと真面目な子もいるんだよ? 「・・・でも結局、お前がいただいちゃったんだろ?」 「うん。ちゃんとお互い好きで付き合ってからの、"とっても自然な"成り行きで」 「・・・胡散臭ぇ。その判断って、傍から見たら誰も区別できねぇし」 「はは、確かに」 篤が肩を揺らして笑った時だった。 来店を告げるチャイムが鳴り、釣られて顔をあげたオレの正面向こうに見える出入り口で、不安気な顔をしながら、きょろきょろと店内を見回している一人の女の子。 「・・・美織?」 ふと、覚えていた名前を口ずさんでしまう。 まさか1週間足らずでまた顔を見る事になるなんて思ってなかったから、かなり不意打ちを食らったカンがあって、 ――――――やばい。 なに、あの可愛さ。 思わず、時間を止められたみたいに魅入ってしまっていたオレだったけど、 「あ、ミオリ」 眉尻を下げて、まるで迷子の子供みたいにレストラン内を見回していた美織にそう声をかけたのは、さっき篤が話していた奴らの一人だった。 ――――――ああ、そっか、この前の・・・、 「テツ君」 美織のホッとした顔を見て、何故だかズキン、と胸が痛む。 ―――――"見た目だけが好み"ってくらいなのにこの反応。 なんだかなぁ・・・。 やば。 相当、恋愛に飢えてるかも、オレ・・・。 「――――――ふぅん? なに、あの、純情そうな乙女ちゃん、知り合い?」 興味津々といった目で、篤が美織を見つめている。 「知らね。―――――"白ちゃん"だろ?」 応えたオレに、 「・・・へぇ」 篤が、微妙な表情でそう返してくる。 「・・・何だよ」 「い〜や? ただ、レントのそういう顔、久しぶりに見たな〜と思ってさ」 「あ?」 「いいっていいって、やっぱ青春っていいよね〜」 うんうん、と意味不明なくらいに何度も頷く篤に、オレはため息だけを聞かせて窓の外を見る。 「篤、言っとくけど、―――――機嫌悪いぞ、オレ」 「いいけど、相手の女の子は壊さないでね」 「・・・マジでお前のそういう冗談嫌い」 冷やかな目線を向けて捨てるように低く返したのに、クスクスと、篤の笑い声が小刻みに聞こえる中、 「おまたせ〜、やだ、何笑ってんの? アツシくぅん」 「いやいや、レント君が可愛くてね〜」 「やだぁ、二人ともそういう系ぇ? あ、レント君、コーヒーどうぞぉ」 「――――――どうも」 一言返して、再び窓の外に目を向けると、無意識に、また深いため息が体中から絞り出された。 「・・・」 オレの隣に座った大宮の女子に話かけられて顔を向けると、どうしても、その向こうに座る美織の体半分が目に入る。 ・・・なんか、触りすぎじゃね? 付き合い始めて1週間であんなに近くなるもんだっけ? しかも、1週間前の土曜が初対面だろ? 萌奈とは・・・、まあ、中1の時だから、高1の今とじゃ比べる方がおかしいのか。 同じシートに並んで座り、テツって奴に距離を縮められるたび、通路側に逃げ腰になっている美織は、耳に何かを囁かれては顔を赤くしていて、 ――――――なんか、・・・そそる。 胸にギュッとくる感じがする。 同時に、モヤモヤした感じがあって、 ――――――そいつが美織の頬にキスをし始めてからは、もう見ていられなくなった。 「・・・んだよ」 正面を見ると、篤が微妙に顔をニヤけさせていて、 「べっつにぃ?」 「・・・」 こいつからの電話に出るんじゃなかったと心底後悔。 今日はバイトの時間まで寝溜めする気だったのに――――――。 「ねぇねぇ、レントくんはぁ、今、彼女いないんでしょ?」 「・・・まあ」 「あたしなんか、どうかなぁ?」 「・・・」 丁寧に毛先を巻かれた栗色の髪。 化粧も濃くは無いし、テーブルにおかれた指の先もぴかぴか。 ここに来る男好きな大宮の女子を"白ちゃん"と呼ぶ篤のメガネに適っただけあって、結構イイ線いってる子だと思う。 ――――――けど、 「どうだろ、今日初めて会ったから、ね?」 濁せればと、そんな曖昧な返事にすると、 「付き合って知り合えばいいじゃない? あたし、いい"彼女"するよ」 自信に満ちた目を真っ直ぐにオレに向けてくる彼女に、 「ん〜」 わざとらしく間をおいてから、苦笑して告げた。 「オレは、好きになった子しか彼女にしない。――――――篤、バイトの時間だ、帰るわ」 立ち上がったオレに、 「はいはい、りょ〜かい」 篤が、呆れ笑いを浮かべながらもヒラヒラと手を振ってオレを送り出す。 「「ええ〜ッ??」」 声を重ねた内の一人に、ごめん、と手振りをして通れるように席を立ってもらい、オレはファミレスを後にした。 道を渡って直ぐの駅構内に入ろうとして、通り沿いに並ぶショップが目に入り、うち一つの看板に、予約していたCDが届いたと連絡がきていた事を思い出す。 ショップに入って、メールを見せて商品を受け取り、精算を済ませて再び外へ。 「・・・暑ぃ」 クーラーが効いた室内と、外の温度差があり過ぎて、一気に汗が噴き出してきた。 「あ〜、店行く前にシャワー浴びてぇ」 Tシャツの襟ぐりをパタパタと仰ぎながら歩き出すと、腰に下げた鍵の束がジャリジャリと鳴って、すれ違う人が時々煩わしげにオレを見る。 お袋が経営している そういえば・・・、 ふと、右手をニギニギと動かしてみる。 ――――――萌奈がいない右側にも、結構慣れたかもな。 自然に、肩を落とすようなため息が出た時だった。 「レント君!」 右腕に絡みついて来た誰かの両手。 ハッとして見ると、さっきの大宮の女子だった。 「あたしも帰るんだ。駅まで一緒に行こ?」 「あのさ」 「ミナミはぁ、アツシ君とデートするんだってぇ」 「おい」 「駅なんか直ぐそこじゃん! ね? そこまででいいから、友達でも別に送るくらい普通でしょ?」 腕を絡めて、擦りつけるように胸を寄せて来る。 「友達はこういう事しねぇだろ」 「え〜? そうだっけぇ?」 「おい、いい加減に腕、・・・」 女を横目で軽く睨んで、口を開きかけたオレの視界に、 ――――――美織。 駅構内の隅っこで、テツって奴の腕の中にいる美織を見た。 艶々サラサラと動く美織の黒い髪の中に、自分だけの特権だと言わんばかりの乱暴な手つきで何本か指を挿し入れて、真っ赤になった美織の顔をあげさせ、その耳元に、熱心に何かを囁いている。 "見た目の割に、レント君ってカタいよね" 円に入学してから、寄ってくる女達に似たような事を何度か言われた。 「うわぁ、あのカップル、キスしてるぅ」 絶対、初めてだろ、――――――美織。 戸惑いながらも、美織の指が、テツのシャツを掴んでいて、 その表情を見る限り、・・・まぁ、幸せそうだから、問題はないんだろうけど。 なんだろう・・・。 とっておきの、―――――オレなりの拘りで並べていた宝物を、勝手に整理整頓された時のような不快感。 「大胆〜、でもエミも、ああいうの、レント君とならしてみたいなぁ・・・?」 見上げてくる眼の上下には、着け足した睫毛。 ナチュラルメイクでも、それは着けんだな・・・。 冷静に観察した結果、それをバサバサと瞬かせて期待する表情からは、この場でバイバイなんか納得するようには思えなくて、 「・・・とりあえず、左にきて」 「え?」 「・・・右側に立たれるの、好きじゃない」 「あ、そうだったんだ、ごめぇん。じゃあ、左ね」 嬉しそうに声を上げて、オレの左腕に手を絡める。 「暑いから」 身体を離して、左手を出す。 「手、繋いでいいの?」 歓びに表情を明るく咲かせる、・・・エミ、だっけ? 「まぁ」 オレからしたら、腕にへばりつかれるよりはマシ。 「レント君のぉ、この指輪、エミもお揃い欲しいなぁ」 「・・・これ、親からもらった特注品だから」 「えぇ〜? そうなんだぁ」 周りが見えていないのか、何度もキスを繰り返すテツと美織の傍を、オレはエミの手を強く引いて、出来るだけ早足で通り過ぎた。 |