―――――― ―――― 「――――――え、まだ好きって言ってないの?」 ファストフード店での、あの騒動から1週間。 結局また同じファストフード店ですけどね。 予想もしてなかった美織の打ち明け話に、思わず声を上げたあたし。 その問いに、 「・・・うん」 頬を染めて小さく頷いたのは、あたしの親友、樫崎美織。 アッシュの色合いが光沢として混ざる黒い髪。 少し垂れ目を気にしていて、ビューラーで睫毛を起こす努力は毎朝怠らない。 華奢で、色白で、 困ったような笑顔を浮かべる美織は、まるで生後2週間くらいの子犬のように、とってもと〜〜〜〜〜っても、 ――――――可愛い。 中学で転校してきた時、こんなふわふわ小動物みたいな子が現実にいるんだなって、あたしが男だったら、あの衝撃は"一目ぼれ"と名前が付けられたと思うのよね。 可愛いモノ大好きなあたしにとって、美織は、 キュっとしてギュッとしてムギュっとして、――――――・・・コホン。 ――――――とにかく、大事な大事な親友。 そんな美織が、去年の夏休み。 大木哲っていう大馬鹿野郎に引っ掛かって、未だアツアツのご両親のような恋を夢見ていた美織は、その無垢な乙女心を真っ二つに引き裂かれた。 あの時、声も上げずに、ただ静かに涙を落とした美織の顔を思い出すと、 今でも、そいつの名前聞くだけで虫唾が走るし、嫌悪は湧くし、苛々するし、5秒経ったら殺意まで育っちゃうけど、 笑いながらも、ずっと心の中でヨロヨロしてた美織を見てたから、理不尽な停学処分を言い渡した学校側に怒鳴るだけ怒鳴って、後はそっとしておいた。 だって・・・、あたしがあれ以上騒いだら、きっと美織、立つ瀬が無くなっちゃうかな、と思ったから・・・。 それにしても、 世の女子達が、幸せな時間を過ごしたいと期間限定の彼氏すら探そうとするクリスマスまで、既に2週間を切ったのに、なんたる余裕。 ・・・ん? でも、付き合っているから、そこはいいのか――――――な? まあ、美織が告られてる方だし、形はカレカノだし? でも、 「それじゃあ、藤森レントは、美織と完全に両想いになれたって、まだ知らないって事よね?」 「・・・うん」 「ふぅぅぅぅん?」 長めに返したのは、もちろん理由はあります。 藤森レント。 ――――――不憫なヤツよね。 美織に対して、明らかに悪意をもって騒ぎに騒ぎまくってたエミの背後に、眉間に皺を寄せた、苦しそうな表情で現れたあのイケメン。 誰かと思えば、いつだったか、同じこの場所で、美織のハンドタオルを拾って腕を掴んできたあの痴漢。 そしてあの時も、どこかで見た顔だと、ウズウズ記憶を擽ってたんだけど、 『そんなに前から真剣にオレを見てたなら、当然知ってたよな? オレがずっと美織に惚れてた事、1年以上も、諦められずにいたこと、あいつが幸せならって、オレが身を引いたこと、泣きたくなるくらい、あいつを想ってたこと、やっと・・・、付き合えるようになったこと・・・』 正面に見据えたエミに、真剣な眼差しで告げながらも、その言葉を追うように過去の自分を振り返ったのか、苦しそうだったあの顔――――――、 あ、と思い出した。 長虹橋から、時々うちのマンションを見上げていた、あたしの母親も興味津々であれこれ噂してた男の子だ。 『ここ1年、たまに見るのよね。きっとこのマンションに住む誰かに片思い中なんじゃないかしら。あんなイケメンなのに、・・・違うわね。イケメンだからなおさら哀愁が漂うのね。見てると切なくなっちゃうわ〜』 『1年・・・それってストーカーって 『・・・そうともいうわねぇ。でも、あんたじゃないのは確かよね〜』 『・・・何気に失礼だね、お母さん』 『あんたがイケメンに見初められるなんて、――――――ねぇ?』 『・・・』 『そうねぇ、上のえっちゃんとか、角のりっちゃんとか、――――――あ、もしかして美織ちゃん!?』 『・・・え?』 母の、そのまさかの閃き案が大当たりだったわけだけど。 『――――――あ、』 あの騒動の後、エミに勝利したあたしは、その帰宅途中、長虹橋の遊歩道からマンションへと上がってくる二人を見つけた。 駆け寄って、声をかけようかと思ったけれど、 『・・・』 その時の、あいつが美織を見つめる眼差しは、とてもとても優しくて、 それを受け止める美織は、なんだかあたしと一緒の時とは全然違う顔をしていて、 ・・・ほんのりだけど、幸せそうで――――――・・・。 悔しいけれど、大好きな親友を任せる彼氏としては、 藤森レントは、 ――――――たぶん、合格。 舌打ちたいけどね。 「――――――でもさぁ」 頬杖をついて、あたしは意地悪を含んで美織に言った。 「二人でいる時、そういう雰囲気にならないの? いっつも手ぇ繋いでイチャイチャしてるのに」 あたしの言葉に、白い肌が一気に赤くなる。 「瑠璃ちゃ」 恥ずかしそうに、上目であたしを睨んでくるけれど、 か、 可愛い――――――。 それ、思いっきり反則だから、美織。 せっかく藤森レントに譲ってやろうと一大決心したのに、 鈍るぅぅぅ――――――ッ。 握ったジュースのコップが形を崩しそうになった時、 「・・・あのね」 ふと、美織が切り出した。 「あたしが、気持ちを伝えようとすると、・・・手をギュってされたり、・・・他の話が始まったり・・・、なんだか、タイミングが合わなくて・・・」 ――――――はい? チッ、 「・・・藤森、情けないヤツめ」 ――――――あいつ、完全に怖気づいてるわね。 「瑠璃ちゃん?」 あたしが発した低い声に美織が戸惑ったように首を傾げる。 「ん〜」 公式だって文法だって、自分で覚えて解いて、コツコツ積み上げていく美織は、きっと答えは、自分で見つけると思うから、 「・・・美織さぁ」 「?」 飲みかけたラテのカップをテーブルに戻して、美織があたしを見返してきた。 「・・・どうして藤森と続けようと思ったの? 大木哲の事が分かったからには、あたし、もしかしたら美織は、二の足を踏むかと思ったんだよね。だから、藤森が追いかけた後も、結果は五分五分だと思ってた」 「・・・」 「まぁ五分だから? 付き合う可能性は半分だし、意外ってワケでもないんだけど・・・」 言葉尻を濁して、頬杖をついて目線だけで再び問いかけ。 "どうして、藤森と続けようと思ったの?" すると美織は、ほんのりと頬を染めながら、綺麗な眼差しを真っ直ぐに向けて、口を開く。 「・・・あのね―――――レント君といるとね・・・」 「・・・」 結局、さんざん心配してた親友のあたしは、惚気を聞く羽目になるわけで、 あたしも、好きな人でも探そっかな――――――。 幸せそうな美織の声を聴きながら、今まで想像した事もない、そんな未来を考えてた。 |